38(終) 決意したのだった

 というわけで、特にお客も来ないのだし一時休業してお隣に向かう。魔鏡を起動してリモコンで4を押す。日テレ系列が映るのか(もっと秋田県民ぽく言うと「入るのか」になる)と思ったら帝都中央放送という放送局の映像が映った。


 なにやらワイドショーみたいなのをやっていて、そのスタジオがなにやらざわついている。カメラが映したのはイオンだった。放送に乱入したらしい。


「すみません! あの、帝都に住まわれていたさまざまな種族のみなさんに、心からおわびさせてください! あたしのせいで圧政が始まり、みなさんは出ていかざるを得なくなったのは知っています!」

 イオンが頭を下げた。


「いま、帝都はとても安全な都市になりました! お風呂屋さんもどんどん開いてますし、たぬき湯も営業を再開しました! 帰ってきても迫害されることはありません!」

 イオンは涙目で、

「ですからどうぞ帰ってきてください! あたしは罪を償おうと思います!」

 と、真面目な口調で言った。


 なんというか、心を掴まれる内容だった。


 イオンがなにをして罪を償うのかは知らないが、それがいちばんいいのだと思う。


 魔鏡を停めてたぬき湯に戻ってくると、ちらほらお客さんが待っていた。急いで開けて、どうぞごゆっくりと通す。


 みんな券売機の使い方がうまくなった。レプタ銅貨の戻ってくるロッカーもすっかりおなじみになったようだ。


 イオンの魔鏡ジャックはなかなかの反響があり、来るお客さんたちはその話題をよく口にした。

「どうやって罪を償うつもりなんだろうねえ」


「分からんけど皇帝を洗脳したっつったら大変な大罪になるんじゃないか?」


「むち打ち百に市中引き回しと十字架刑とか?」

 そんな、キリストみたいな死に方をされたら困る。意外と普通の人だと分かったのだから。


 イオン、矢立イオンは憎むべき敵ではないのだ。

 むしろいまでは味方ですらある。肉料理が大好物であることが分かったし、ちゃんと自分が悪いことをしたと理解している。


 なにか重くない刑で済めばいいのだが。


「オータキ、イオンが重い刑でないといいと思ってるだろ」


「うん……本当は悪い人でないって分かったからね」

 ニュートは難しい表情をして、

「皇帝陛下に目くらましの術をかけたんだから相当重い刑になるんじゃないか」

 と答えた。


 まあそれがそうなっても素直に受け入れるほかないのだろう。その日は夕方で営業を終了することにした。「ねこの(略)」が閉まっているので、街の屋台から食べものを買う。


 屋台で汁なし麺を四人前買って帰る途中、新聞の号外が配られていたのでもらってきた。帰って広げてみると、

「闇の転移者イオン・ヤタテ サトゥルニア辺境伯領に流罪」


 と書いてあった。よかった、命までは取られないで済んだ。しかも流刑の先はサトゥルニア卿の領地だ。


 ちゃんとこの帝都にも司法のシステムがあるのがすごいなあと思う。思ったより進んだ文明なのかもしれない。


 みんなで汁なし麺――焼きビーフンっぽい――をすする。うまい。そろそろ寝るか、と思っていると、サトゥルニア卿がやってきた。


「もう店じまいをしたあとだったか」


「いえ、お気になさらずどうぞ」


「新聞は読んだか? イオンが私の領地に流罪となるという」


「ええ、号外が配られてたのでもらってきました」


「流罪になったついでに、学校の創立を手伝ってもらうことにしたんだ。オータキくんには帝都で、イオンには領地で、それぞれ相談に乗ってもらおうと思っている」


「いや、イオンのほうが圧倒的にいい学校出てるんで、わたしよりイオンに頼ったほうがいいと思います」


「いい学校って、学校はみないいものではないのか?」


 そうだった、この世界においては学校というものは基本的にすべていいのであった。


「あっちの世界、『彼方』だと学校っていうのは頭のいい人が行くところからバカでも入れるところから、グレードがいろいろあるんですよ。出た後の学歴は一緒ですけど、いいとこ出てると学校の名前で箔が付くというか」


「すごいところだな、『彼方』というのは」


「そうですかね」


「すごいところだよ。オータキくんのような人材が育つのだから」


「いやぜんぜんわたしすごくないです」

 サトゥルニア卿は微笑んだ。


「自分の立場より周りのためを思って行動できる人というのは、素晴らしいものだと思うよ。オータキくんは自分の立場が危うくなってもその力を発揮して、周りのために行動した」


「周りのためになにかした記憶はあんまりないんですが」


「帝都におけるさまざまな種族の暮らしを守ろうとしたじゃないか」


「だっていろんな種族がいないとおまんまの食い上げですからねえ」


「はっはっは。さすが素晴らしいヒーローだ。自分の利益が公共の利益と一致してほぼ無私の状態になっている」


 なんだかこそばゆい。褒めるのはほどほどにお風呂をどうぞ、と勧めると、サトゥルニア卿は風呂に入りに行った。


 それと同じタイミングで、窓から大八車を引っ張るギンザンさんとアタミさんが見えた。ニュートがすっ飛んでいく。


「オヤジ! お袋! おかえり!」


「お父さんは帰りたくないってごねたけどね、あんたが心配してるって言ったら帰ることにしたよ」


「アタミ、そういうことバラさない」

 ギンザンさんはフレーメン反応みたいな顔をした。


「なんていうか、大八車ってこの世界にもあったんですね……モンハンのアイルーを思い出しました。乙したときキャンプ地までガラガラーって運ぶやつ……」


「もんはん? あいるー?」


「いえこっちの話です」


「まあ、食堂の再開まではしばらくかかるかもわからんが、頑張ってみるさ。オータキさんがこんなに頑張ってるんだから」


「そうだよ、オータキさんが種族関係なく入れる風呂屋をやってくれてるから、ヒューム以外の種族でも頑張ろうって思えるんだ」

 嬉しいことであった。


 次の朝、律儀にヤマトさん(仮名)が牛乳とビールを運んできた。まだ在庫があるので、在庫のほうはお隣の「ねこの(略)」に譲った。牛乳寒天を試作するらしい。寒天は秋田県民の大好物なので、ちょっと期待しつつたぬき湯を開けた。


 きょうもサトゥルニア卿に依頼されてニュートとイカホとゲロがやってきた。掃除をしたりゴミ箱の中身を片付けたりしてせっせと働く。


 きょうも元気で働けることに感謝する。ポン太はいつも通りガラスケースに収まって、このたぬき湯を守っている。


 イカホが「いままでの稼ぎを計算してみたらどうですか?」と提案してきた。


 それもそうだな、と、やたらかさばるレプタ銅貨を数えてみようとしたが、ちょっと数え切れない量だった。


 まあたくさん儲けたところで使い道なんてそんなにない。魔鏡はちょっと欲しいが、せっかくスマホのしがらみから解放されたのにまた似たようなものを買うのも馬鹿らしい。もっと貯まったらギルドに白いコメを探してもらおうと考えたが、別にいいか、と思い直した。


 中古の受像魔鏡でも買うかな、と考えていると、さっそく仕事終わりの冒険者がぞろぞろとやってきた。きょうも帝都の衛生を守るために地下水路でオオゴキブリや毒ネズミやフタマタヘビと戦っていたらしい。コボルトとゴブリンの二人組だ。


 イカホが洗濯を担当し、その分のお代も頂戴する。


 コボルトとゴブリンの二人組は女湯に吸い込まれていった。女の人だったんだ……ヒューム以外の種族はあんまり性別が分からない。


 なんにせよいろいろな種族が、このたぬき湯を使ってくれるのはありがたいことだ。しばらくしてアタミさんとギンザンさんがやってきた。厨房の掃除や牛乳寒天の試作がひと段落して、ひとっ風呂浴びようということらしい。


 試作品の牛乳寒天を置いていったので、みんなでつつく。砂糖があまり入っていないのでとても素朴な味だ。果物も入っているが秋田県民の作る缶詰ミカンの入った牛乳寒天とはぜんぜん違う。


 夕方になった。小雨がぱらつきはじめ、そろそろ雨の季節だね、とお客さんは口々に言う。

 帝都は地下水路が発達しているので大雨が降っても洪水にはならないとニュートが教えてくれた。この小雨が大雨になるのだろうか。


 小雨がほんの数分止んで、スケルトンの二人組がやってきた。女性のほうが小さい真っ黒なハーピィをおんぶしている。ああ、アンデッドの村で常連だった人たちだ!


 懐かしくて思わず涙目になってしまった。


「帝都は相変わらずの都会だね。スカユには都会でいろいろなことを知ってほしいんだ」


「おとーたん、どうしたの?」

 ハーピィの子供は名前を呼ばれて目を覚ましたらしい。スカユってすごい名前だ。


「なんでもないよ。お風呂だからそろそろ起きな」


「あーい」

 家族はそれぞれ男湯と女湯に消えていった。


 これこそわたしが理想だと思ったものではないか。そのあとハーピィとケットシーの家族もやってきた。みんな元気そうだ。


 お風呂に入って清潔である、というのは大事なことだ。子供が家族とお風呂に入るのも、家族の関係を良くするのに必要なことなのかもしれない。


 温泉はいいぞ。たぬき湯で踏ん張っていこう、と決意したのだった。(了)

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異世界温泉たぬき湯 温泉施設もろとも異世界に飛ばされたのでどんな種族でも入れる温泉として頑張ってみる 金澤流都 @kanezya

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