第23話 激る

○激る

 

 「なあ、ミク〜?」

 「うん〜?なあに〜?トライくん?」


 ミクは弥太郎のそばに寄る。


 「ネエさんとヤマトさんってさあ・・・?」

 「うん・・・?」

 「付き合ってるのかなあ・・・?」

 「う〜ん・・・どうだろう・・・?」

 「何も聞いて無いのか?」

 「うん・・・」

 「そうか・・・そんなもんか・・・」

 弥太郎はミクの腰に抱きついた。


 「ミクは・・・いい匂いだあ〜・・・」

 弥太郎は”ギュッ”と両腕に力を込める。


 ミクは弥太郎の髪の毛を優しく撫でる。


 「トライくん・・・?寂しくなっちゃったの・・・?」

 「えっ・・・?」

 「エリさんのこと・・・離れて行っちゃいそうだから・・・?」

 弥太郎はミクの膝に顔を埋める。


 「そ、そんなんじゃ・・・ない・・・た、多分・・・」

 「エリさんもトライくんのこと大切に想ってる筈だよ・・・」

 「う、うん・・・」

 ミクは弥太郎を落ち着かせるようにして頭を撫で下ろす。


 「ネエさんにも幸せに成って欲しいしさ・・・いつまでも死んだ奴ばっかり追いかけても・・・」

 「トライくん・・・」

 「俺もそうなんだよなあ〜?」

 弥太郎は顔を上げる。


 「なあに?トライくん・・・?」

 「俺もそうだってこと・・・いつまでも兄貴の後ろ姿ばっかり追いかけても無駄になる・・・」

 「それって・・・いま、やろうとしている研究のこと・・・?」

 「ああ、うん・・・それもあるし・・・」

 弥太郎は体を起こして胡座をかいた。


 「もう一度、俺のテーマで探してみようかなって・・・」

 「論文のこと?卒業制作のこと・・・?」

 「ああ・・・うん」

 弥太郎は頷く。


 「3年次ももう残り半分だしな。4年次なんて、あっという間だろうしさ・・・」

 「うん・・・」

 ミクは頷く。


 「ミクは?どうすんだよ?社会人コースって1年限りなんだろう?」

 「うん、もうすぐだね・・・」

 「4月になったら、また、ヤマトさんの会社に戻るのか?ミクは?」

 「私が何もアクションしなかったら・・・自然とそうなるわ・・・」

 ミクは黙って笑う。


 (そうなんだよなあ・・・ミクは何もしなければ・・・出会う前に戻ってしまう・・・やっと、殻を抜け出して・・・自由に動き出したところだったのに・・・ミクはまた・・・ヤマトさんに気を遣って・・・家とか・・・因習とか・・・空回りして行くんだろうか・・・?)


 弥太郎は”ボウ〜”っと天井を見上げる。


 「トライくんは・・・?」

 「ん〜?」

 「わ、私が・・・大学を終えたら・・・どうするの?」

 「ど、どうするって・・・?」

 弥太郎はミクの顔を覗き込む。


 「わ、私は・・・どうしたら・・・いい?トライくん・・・?」

 ミクは哀しそうな微妙な顔をして弥太郎に視線を送る。


 「俺は・・・」


 弥太郎が返事をするよりも早く、広い畳の間にエリの声が響いて来た。


 「二人ともー!」

 エリは勢いよく畳の間に上がり込む。


 「何してるのよ〜?二人して〜?」

 エリは明るい声で言う。


 「な、何って・・・ネエさん・・・は、話だよ、話・・・」

 弥太郎は胡座をかいた足を組み直す。


 「なあ〜によお〜?二人して〜?深刻な顔してるじゃなあ〜い?」

 「そ、そんなこと・・・」

 「な、ないですよ〜、エリさん?」

 ミクは、笑顔を見せてエリに言う。


 「なあ〜んか、怪しいわねえ〜?」

 「あ、怪しくなんか・・・ねえよ・・・」

 弥太郎は”クルッ”とエリに背中を向ける。


 「ほお〜らあ〜。ん、まあ〜、いいわあ・・・。それよりも、さあ、お料理がまだこんなに残ってるじゃなあ〜い?二人ともまだ食べられるでしょう?深夜遅くか明け方にはヤマトさんも休憩と夜食を兼ねてまた食べに寄るって言ってるから、さあ、私たちも残りを食べられるだけ食べましょう〜?もったいないでしょう〜?」

 エリは弥太郎たちに催促するように言う。


 「なあ・・・?ネエさん・・・?」

 「なあに〜?弥太郎〜?また、深刻な話〜?」

 「いや・・・深刻と言うか・・・素朴な疑問って言うか・・・?」

 「なによ〜?気になるから言いなさいよ〜?」

 エリは弥太郎に体を向ける。


 「ヤ、ヤマトさんって・・・ネエさんとどう言う関係なのかなって・・・?」

 「え〜?ヤマトさん〜?」

 「そ、そう・・・ヤマトさん?」

 弥太郎は”ゴクリ”っと唾を飲む。


 「う、う〜ん・・・そうねえ〜・・・?」

 エリは考えるようにして言う。


 「未来候補・・・?かしら・・・?」

 「未来候補〜?」

 弥太郎とミクは顔を見合わせる。


 「そうねえ〜。いますぐにでは無いけれど・・・、一緒に未来を見たい・・・候補かなあ〜?」

 「それって・・・?」

 「うん、まあ、実際にどうなるかは分からないけど・・・現時点では、前向きに・・・同じ未来を見ていこうって・・・お互いに意識し出したところかしらね〜」

 「ふ、ふ〜ん・・・」

 弥太郎は分かるような分からないような曖昧な理解で返事をする。


 「私のことなんて、どうでも良いのよ〜、あなたたちは〜?」

 エリは笑いながら言う。


 「あなたたちこそ、どうなの〜?弥太郎は〜?ちゃんとミクちゃんとのこと考えているの〜?」

 エリは弥太郎にハッパをかけるように言う。


 「お、俺・・・?俺は・・・」

 弥太郎は”チラリ”とミクに視線を送る。


 「お、俺は・・・」


 (俺は・・・ミクとずっと一緒にいたい・・・でも、正直・・・いまの俺には何も無いしなあ・・・せめて、就職・・・いや、卒業か・・・でも、そんな曖昧なこと言ってちゃあ・・・ミクは不安になるだけだよなあ・・・う〜ん・・・どうしたらいいんだか・・・?)


 弥太郎は難しい顔をして立ち上がる。


 「俺・・・しばらく一人で考えてみるわ・・・」

 「弥太郎〜?」

 エリは立ち上がって弥太郎を追いかける。


 「どうしたのよ〜?弥太郎〜?何だか、らしくないわねえ〜?」

 「べ、別に・・・そんなんじゃ・・・」

 弥太郎は居場所が無いように縁側に座り込む。


 「トライくん・・・?」

 ミクは弥太郎の隣に腰を下ろす。


 「トライくんばっかりで決めないで・・・?」

 「えっ?」

 「一人だけで決めようとしないで・・・?」

 「ミク・・・」

 「ね?」

 ミクは弥太郎の瞳を見つめる。


 「そうよお〜。いまどき、男の俺が全部決めてやらなきゃ〜みたいなの、流行らないわよ〜?」

 エリが茶化すように言う。


 「一人じゃないでしょう?ミクちゃんとの未来なんだから〜?ねえ?そうでしょう?」

 エリは二人を縁側に残して料理の並んだ座卓へと戻る。


 「トライくんの好きにして大丈夫だよ〜?」

 「ミ、ミク・・・?」

 「私は、待ちたいから・・・トライくんのこと・・・いつまでも・・・ずっと・・・」

 ミクは立ち上がって縁側から外を眺める。


 「私はもう・・・トライくんと出会う前の私とは違うから・・・」

 「ミク・・・?」

 「信じて待てる人が出来たから・・・。だからもう、大丈夫よ?」

 ミクは振り向いて弥太郎に微笑みかける。


 「お、俺・・・いまは、こんなんだけどさ・・・」

 弥太郎は声を絞り出すようにして言う。


 「で、でも・・・ミクのこと好きだから・・・俺、ちゃんと、ミクのこと好きだ・・・だ、だから・・・」

 弥太郎は立ち上がると背中からミクを抱きしめる。


 「ま、待っててくれると嬉しい・・・俺・・・」

 「うん」

 

 ミクは”クルッ”と顔を弥太郎に向ける。


 「ミク・・・」

 弥太郎はミクと見つめ合う。


 ミクは黙って目を閉じた。


 (トライくん・・・)


 二人は互いに黙って唇を重ね合わせる。


 (温かい・・・)


 弥太郎はミクの温もりに心も体も熱く激らせた。

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