第21話 大人たちの事情・・・

○大人たちの事情・・・


 「う〜ん・・・」


 弥太郎は、このところこうして考えていることが増えて居た。


 「う〜ん・・・」


 エリは、そっとミクに耳打ちをする。


 「どうしたの・・・?弥太郎は・・・?」

 「どうも想って居たのと違って居たようで・・・」


 ミクはエリに説明するように言う。


 「響太郎さんのスケッチブック・・・、トライくんが大事に持って居て・・・。それを解読するんだって・・・トライくんは熱心に読み始めたんですけど・・・」

 「もしかして、弥太郎が思い描いて居たこととは違うみたいなの?」

 「そうなんです・・・、実際に組み立てようとすると・・・アチコチが抜け落ちて居て・・・」

 「なんだか、響太郎らしいわあ・・・」

 エリは懐かしそうに苦笑する。


 「響太郎もそうだったけど・・・弥太郎もそう言うところがあるのねえ〜」

 「そう言うところって・・・?」

 「”こうだ!”と想っちゃうと、それだと思い込んじゃって・・・。出来ても居ないのに出来た気になっちゃって・・・。そのまま、そこに拘っちゃうのよねえ〜」

 「そうなんですか・・・?」

 「うん、そう。響太郎のよくある失敗はそういうところ」

 エリは、また苦笑する。


 「好きにさせたらどうなんだ?」

 「ヤマトさん・・・」

 ミクは、ヤマトに身を譲るようにして後ろへと退がる。


 「ヤマトさんもご覧になったのですか?あのスケッチブックを・・・?」

 「ええ、見ましたよ・・・。小僧は何かのエンジンだと想ったようですねえ・・・」

 「エンジン・・・?」

 「そう、小型エンジンのようなものを想像したようです」

 「何に使えるのかしら・・・?それは・・・?」

 「小僧は岬の風と合わせたジェット・エンジンのようなものを想定したようですね・・・」

 「ジェット・エンジン・・・?」

 「まあ、アニメで言うところの空飛ぶロボットみたいな感じだったのでしょう・・・、イメージとしては・・・」

 「はあ・・・」

 エリは首を傾げる。


 (響太郎はそんなものまで考えて居たのかしら・・・?)

 エリは遠く天井を見上げる。


 「まあ、いまのところ小僧の身に危険も無さそうですし・・・、小僧の好きにやらせて大丈夫でしょう?」

 「ええ・・・、はい・・・」

 エリは、ヤマトの言葉に頷いた。


 弥太郎はこんな風に考えて居た。


 (響太郎のスケッチと”キョウ”が姿を消したあの岬の風から俺は、これは兄さんが残した設計図だと想ったんだ・・・。けれど、どうやらこれは・・・)


 「う〜ん・・・」


 弥太郎は頭を抱え込んだ。


 「はい、弥太郎?」

 エリは、ミクとシェアハウスをしている通称「海の家」の畳の間に座卓を並べて、”ド〜ン”と今夜のご馳走を並べた。


 「どう?この部屋?続き間になっている畳の部屋を襖を寄せて一つの間にしたのよ。畳だけでも16畳くらいにはなるかしら?」

 エリは言う。


 「みんなが泊まれて良いでしょう?」

 ミクは楽しそうに言う。


 「泊まらなくても良いだろう?ガキ共は帰るんだな」

 ヤマトは座布団に腰を下ろして言う。


 「さあ、今夜は弥太郎が無事に帰ったお祝いなんだから〜、船長に頂いたお魚もヤマトさんに捌いていただいたことだし、頂きましょう?」

 エリは大皿を座卓に並べた。


 「うお〜、すっげえ〜。ヤマトさんって料理も出来るんっすね〜?」

 弥太郎は大皿に盛られた各種の刺身を見て感嘆を述べる。


 「フン。男だろうと女だろうと嗜み程度には出来るだろう?」

 「あの・・・えっと・・・」

 ミクは恥ずかしそうに”モジモジ”とする。


 「あらあ〜、ヤマトさんったら〜。お魚がお料理できない娘さんなんて、今時、普通よ〜?」

 「ご、ごめんなさい・・・」

 ミクは恥ずかしそうに言う。


 「俺も、全然ダメだわ・・・」

 弥太郎は口を”パクパク”させながら大皿を眺める。


 「フフ。お前たち、魚が苦手ならいつでも俺を呼ぶんだな」

 ヤマトは勝ち誇ったように言う。


 「ハハア〜」

 弥太郎はおどけて見せる。


 「クスクスクス」

 ミクは楽しそうに二人を眺めた。


 「は〜い、いつもの時間が戻ってきたわね〜?」

 エリはようやく落ち着いて座布団に座り込んだ。


 「弥太郎?海の生活、お疲れ様。無事に戻って何よりだったわ〜。こ〜んなに上等なお魚まで頂いちゃって〜。顔もスッカリ日焼けして〜。なんだか逞しくなったみたいよ〜」

 「夏休みのガキってとこだな、クク」

 ヤマトは笑う。


 「ほら、小僧?」

 ヤマトは弥太郎にグラスを渡す。


 「アルコールはもう良い歳だったよな?」

 「ああ、うん、俺、二十歳は過ぎてるぜ?」

 「じゃあ、乾杯しましょうか?」

 「うん」

 弥太郎たちはそれぞれにアルコール飲料を注いだ。


 「それじゃあ、弥太郎の無事に感謝して〜、カンパ〜イ♪」


 エリは高くグラスを上げると”グイグイ”とグラスの中味を空けて行った。


 「プッハア〜♪」

 「ネエさん、良い飲みっぷりだね〜?」

 「そう?弥太郎も飲みなさ〜い?」

 「ああ、うん・・・」

 「トライくん、何か気になるの?」

 ミクは弥太郎の顔を覗き込む。


 「えっ?ああ、いや・・・別に・・・」

 弥太郎は顔を赤くする。


 「小僧は、この後のことまで考えているんじゃ無いのか?」

 「えっ?」

 弥太郎はますます顔を赤らめた。


 「ハハア〜ン・・・?」

 エリは”ニヤニヤ”して言う。


 「弥太郎ってば、ここで酔い潰れたらヤバいって思ってるんでしょう〜?」

 「えっ?ちっちっげ〜よ・・・」

 弥太郎はグラスを掴むと”グイッ”と中味を飲み干した。


 「ぐっはあ〜」

 弥太郎は空になったグラスを”ドンッ”とテーブルに置いた。


 「ほら、小僧?もっと飲むのか?」

 ヤマトはグラスを持ち上げる。


 「いや、俺・・・そんなに強く無いっす・・・」

 「そうか、なら、俺が頂こう」

 ヤマトは”なみなみ”とグラスに注いだ。


 「トライくん・・・?大丈夫?」

 ミクは弥太郎に触れる。


 「俺、ミクに触れられるの久しぶりだな・・・。スッゲエ〜良い気持ちだ・・・」

 弥太郎はミクの香りに鼻を”クンクン”と寄せ付ける。


 「海はどうだったの?トライくん?」

 「う、う〜ん・・・、面白かったぜ・・・、見たことがない景色や風景をたくさん見たんだ・・・」

 「きれいだった・・・?」

 「ああ、空も太陽の輝きも星も雲も鳥たちも・・・。魚だって海と陸では全然違った・・・。俺、良い体験してた・・・」

 弥太郎はミクの腰に両手を回す。ミクは黙って弥太郎の両手を掌で包み込んだ。


 「ミクにも見せてやりたいなあ・・・」

 「私も・・・?」

 「うん、ミクと一緒に・・・」

 「ありがとう・・・トライくん」

 ミクは弥太郎の手を握りながら目を閉じる。


 (こうしてトライくんの体温を感じながら・・・彼の呼吸や・・・鼓動を感じていると・・・彼が見て来た世界を・・・一緒に感じられる気がするわ・・・)


 ミクは吹き抜ける風と優しい波音を聴いたような気がした。


 エリとヤマトは弥太郎とミクの様子を子供達を見るような目で見つめた。


 「二人にしてあげましょうか?」

 「我々は、別館に移りますか?」

 「ヤマトさんは?今夜はお仕事は?」

 「野暮なことは聞かないことです・・・」

 ヤマトはエリの背中から腕を回した。エリはヤマトの腕の温もりを受け入れた。

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