第18話 扇風機

○扇風機


 「弥太郎おかえり~♪」

 「ネエさん、ただいま」

 「ミクちゃんもおかえりなさい~♪」

 「エリさん、ただいま帰りました~」

 「ネエさん、いつ帰って来てたんだ?」

 「昨日には帰ってたわよ~」

 「そうだったんだ。その間、ミクは一人だったわけ?」

 「う、うん・・・」

 弥太郎はガックリしながら呟く。


 (チェ~)


 「ほら、弥太郎~?拗ねないのよ~」

 「べ、別に・・・」

 「ごめんね、トライくん・・・」

 ミクはエリと目を合わせる。


 「今夜は美味しいものたくさん作ってあげるから~、機嫌も直しなさ~い?」

 「トライくん・・・?わ、わたし、エリさんの料理をお手伝いするね?」

 「ハア~」

 弥太郎はため息をつく。

 

 「もお~、ほら~。ため息つくなら二人で海にでも行ってきなさいよ?弥太郎?」

 「べ、別にそういう訳じゃあ・・・」


 (ミクは俺と二人っきりになりたくないのかなあ・・・?)

弥太郎は自分ばかりがミクを好きな気がして来る。


 (め、女々しいかな・・・俺・・・?)

エリは弥太郎の様子を見るとミクに弥太郎と行くようにと勧める。


 「弥太郎がヤキモチを焼くから、ミクちゃん行ってあげてくれない?」

 「で、でも・・・エリさんが一人になっちゃうし・・・?」

 「弥太郎も寂しいんじゃない?結局は、なかなか一緒に居られないんだしねえ~?」

 「ネエさんもミクもさっきからとっくに聞こえてるよ・・・」

 弥太郎は”ボソリ”と呟く。


 「トライくんも一緒にエリさんの料理を手伝おう?」

 「俺にも手伝えることがあんのかな?」

 「ある、ある、あるわよ~。弥太郎じゃなきゃ出来ないことが〜」

 「えっ?何だよ、ネエさん?」

 「これよ、これ」

 エリは扇風機を指さす。


 「どうしたんだよ?これ?」

 「昨日の夜から調子が悪いのよ~。弥太郎、そう言うのは得意でしょう?」

 「ああ、うん。俺、直すよ」

 「助かるわ~。うちは響太郎がそう言うのは全部見ててくれたから楽だったんだけどねえ~。居なくなっちゃったしねえ~?」

 「いいよ、ネエさん、俺が見るからさ?」

 「私も見ましょう?エリさん?」

 まるで自宅に帰るかのような気楽さでヤマトが部屋に入って来る。


 「えっ?な、なんで・・・?おっさんもここに居るんだ・・・?」

 「なんだ小僧?文句があるのか?」

 「い、いいえ・・・」

 弥太郎は降参したように言う。


 「俺はいつでもこの家に見回りに来ているんだ」

 「ええーっ?よ、よくネエさんが・・・、ゆ、許しましたね・・・?」

 「ああ、いいのよう~。ヤマトさんは別にお客さんでも無いしね~」

 「トホホ、俺の方が”客人”だったりしてさ・・・」

 弥太郎は”ガックリ”とうなだれる。


 「ウフフ」

 ミクはそんなやり取りを見て、楽しそうに笑う。


 「なんだか家族みたいでいいなあ・・・」

 「えっ?なんだよ・・・ミク?」

 「あっ、う、うん・・・なんだか家族みたいだなって・・・思ったから・・・ね?」

 ミクは弥太郎に笑いかける。


 「そうだなあ~、まあ、それも良いのか・・・」

 弥太郎は扇風機のフタを閉める。


 「よっし、OK~♪修理完了~」

 「どれ?俺が見てやろう?」

 「おわっ?ヤマトさん、な、なにっすか?」

 「お前の手際を見てやろうと思ってな?」

 「は、はあ・・・」

 「なんだ?浮かない顔だな?」

 「ヤ、ヤマトさん・・・?手際って何を見るんっすか?」

 「そうだな・・・?」

 ヤマトは扇風機のスイッチを押してみる。


 ”カチッ”

 ”ウィ〜ン”


 「出来てますよね?俺?」

 「ああ、そうだな。扇風機は動いている・・・。それで?小僧はこの扇風機をどう作るんだ?」

 「ど、どうって・・・?えっ?俺が作るんっすか?」

 「そうだろう?お前さんもエンジニアなんだろう?」

 「エ、エンジニア・・・って、俺、まだそこまで分かってないし・・・」

 「分かった気になるな、分かる気になれ?・・・そうじゃないのか?」 

 「俺が作る気になって、扇風機を見てみろってことっすか?」

 「そうだ。お前だったらどう作るのか?ゼロから考えてみるんだな?」

 「ふーん・・・」


 (ヤマトさんって・・・根っからのエンジニアなんだなあ・・・俺もそう成るのか・・・?考えてみたこと無かったけど・・・エンジニアかあ・・・うん、い、良いかな・・・)


 「小僧?就職先は決めたのか?」

 「えっ?い、いや・・・。どう考えても・・・い、いま、じゃないでしょう・・・?その話題・・・?」

 弥太郎は不意打ちたじろぐ。


 「お前は俺の下で働け?小僧?」

 「はっ?はあ〜っ?」

 「そう成ればミクも渡せる」

 「はあ〜っ!?俺もミクもアンタの”モノ”じゃないんだぜ?」

 「そうか?そういうことなら・・・まあ、いいだろう?」

 ヤマトは余裕の笑みを見せる。


 (ククク・・・)


 弥太郎はヤマトの笑みが段々と頭の中で現実味を増してくる。


 (ヤマトさんの下で働いたら、もっと、身近でいろんなことを見せてくれるんだろうな・・・俺もヤマトさんみたいに自分だったらどう作るかを見て・・・)


 弥太郎は”ワクワク”した目で扇風機の風に吹かれる。


 「うお〜、涼しい〜♪」

 

 「弥太郎〜?扇風機は直ったの〜?」

 「アガガガガ〜、ネエさん・・・直ったよ〜」

 「フフフ〜、まあ〜たあ〜、弥太郎が変な声出してる〜」

 エリは台所から顔を覗かせて見る。


 「えっ?扇風機の前でこうやって変な声を出して遊んでなかった?子供の頃・・・?」

 「弥太郎〜?それって、響太郎でしょう〜?」

 「ええっ?俺と兄さんだけだったのかなあ・・・?」

 「わ、わたしも・・・やったことありますよ・・・?」

 ミクはエリの後ろから顔を出して言う。


 「ミク〜、よ、良かった〜」

 「なんだ?お前たちは?」

 ヤマトは訝しそうに二人を眺める。


 「はあ〜い、ご飯が出来たわよ〜」

 「今日は、エリさんのご希望で中華で〜す」

 「おお〜、すごいボリュ〜ム♪」

 「美味そうだな?」

 「ほら〜、中華って〜、品数も多いし、量も多いじゃない?人数が多い方が作り易いし、楽しいじゃな〜い?」

 「やっりい〜、ネエさんの中華、俺、久しぶりだ〜♪」

 「そうねえ〜、キョウが大はしゃぎして喜ぶようなメニューは作らないようにして居たかもね・・・」

 エリは少しだけ悲しそうに言う。


 「あ、あの・・・エリさん・・・?」

 「なあ〜に?ミクちゃん?」

 「わ、わたしも・・・みんなで中華とか・・・嬉しいです」

 「私もだ」

 「俺も、俺も〜」

 弥太郎は身を乗り出して来る。


 「アハハ、そう言って貰えると嬉しいわあ〜。ありがとうね〜、みなさん・・・」

 エリは涙ぐんで言う。


 「さあ、さあ、食べましょう?せっかくのお料理が湿っぽくなっちゃうわ〜」

 エリは涙を瞬きして言う。


 (ネエさん・・・)


 弥太郎は響太郎が残したスケッチブックのことを話すつもりだったが、今夜はそっとしておくことにした。


 (ネエさんの中で・・・まだ・・・キョウは生きて居て・・・まだまだ、アイツが胸を苦しめるなら・・・ネエさんが苦しまない形で・・・なんとか・・・)


 「ほら、弥太郎?アンタは、さっきから”ボオ〜ッ”として〜?好きなモノを取ってあげるから、ほら?」

 エリは義姉らしい笑顔で弥太郎に言う。


 「お、俺、それくらい・・・自分で出来るよ・・・」

 弥太郎は照れを隠しながら言う。


 「なんだ?小僧は?取ってもらえないと食べれないのか?」

 「ん、んなワケ無いでしょう!?」

 弥太郎はヤマトの言葉に焦りを見せる。


 「クスクスクス」

 「ミ、ミク〜?」

 ミクは楽しそうに顔を上げて言う。


 「トライくん、可愛い」

 「えっ?俺〜?ゲゲエ〜、それって、何気に傷つくじゃんか・・・俺〜?」

 弥太郎は”バタリッ”と床に大の字になって仰向く。


 (俺、ここでは、年下だし・・・勝ち目無しかあ〜・・・はあ〜・・・)


 「トライくん?」

 「ん?」

 「はい、ア〜ン?」

 「えっ?あ、ア〜ン・・・ん、んぐっ!?」

 「だ、大丈夫?トライくん・・・?」

 「オグオグオグ・・・」

 弥太郎は胸を両手で叩く。


 「なんだ?小僧?寝ながら行儀が悪いぞ?ほら、水だ。飲め」

 ヤマトは弥太郎を抱き起こす。


 「うっ、ううっ・・・ゴ、ゴクリッ・・・んぐっ・・・ぷっは〜」

 「弥太郎〜?アンタ、何か今日は変よ〜?何かあったの?」

 「べ、別に・・・」

 エリは疑いの目で弥太郎を見つめる。


 「べ、別に・・・俺、いつもこう言うキャラじゃん?」

 弥太郎は拗ねて言う。


 「トライくん、こっち来て?食べよう?」

 ミクは弥太郎を手招きする。


 (ミ、ミク・・・)


 弥太郎は吸い寄せられるようにしてミクの隣に座り込む。


 「トライくんは?どれが好き?」

 

 (お、俺は・・・ミクだけが・・・)


 「ん?」

 ミクは弥太郎の顔を覗き込む。


 「小僧、近いぞ?」

 ヤマトがミクを制する。


 「お、俺は・・・」

 弥太郎は立ち上がるとみなに向かって盛大に言う。


 「俺は、ミクが好きだから・・・」


 3人は呆気に取られて弥太郎を見つめる。


 「小僧?お前?何が言いたいんだ?」

 「そうよ、弥太郎?ミクちゃんが好きって、他に無いでしょう?弥太郎には・・・?」

 「ト、トライくん・・・?」


 弥太郎は3人に見つめられると忽ち恥ずかしくなって座り込む。


 「か、からあげ・・・」

 弥太郎は”ボソッ”と呟く。


 「うん、唐揚げね?」

 ミクは嬉しそうに唐揚げを箸でつまむ。


 「はい?」

 「うん、ありがとう」

 弥太郎は口で受け取らずに皿で受け取る。


 「あら〜、良いわね〜?弥太郎は〜?」

 「う、うっさいよ・・・ネエさん・・・」

 「小僧?良い度胸だな?」

 ヤマトは”ニヤニヤ”した顔で言う。


 「唐揚げだけで良いの?トライくん・・・?」

 

 (お、俺・・・ミクが欲しい・・・)


 弥太郎は覗き込んで来るミクを見つめ返す。


 「ふう〜」

 エリはワザとらしく息を吐き出す。


 「も〜う、弥太郎〜、やけに熱いわね〜?」

 「小僧?扇風機はどうした?室内に”グルリ”と回さないか?」

 「ああ〜もう〜」

 弥太郎は箸を置いて立ち上がる。


 「部屋が暑いのは、俺のセイじゃ無いっすからね〜?」

 弥太郎はそう言うと扇風機の首を回し始めた。


 「はあ〜、涼しいわ〜」

 「うむ、良い風だな?小僧?」

 「へいへい・・・」

 「トライくん・・・?また、海に行かない?」

 「えっ?い、いいのか・・・?」

 弥太郎は”チラチラ”と他の二人に視線を移す。


 「うん、大丈夫なの」

 ミクはすべてを含んだようにして頷く。


 (えっ・・・?いいの・・・?)

 弥太郎は”ゴクリッ”と唾を呑み込む。


 「若者は、どこにでも行け」

 「そう、そう。若いって良いわねえ〜」

 ヤマトもエリも分かったように微笑む。


 (ネエさん・・・ヤマトさん・・・お、俺・・・)

 弥太郎はミクへと視線を移す。


 「だから・・・いっぱい、ご飯食べよう?」

 「あっ、そ、そうだな・・・うん。食べようぜ?ミク?」

 「うん」


 弥太郎は吹っ切れたように”ガツガツ”と料理を口に放り込む。


 「好い食べっぷりね〜♪」

 エリは惚れ惚れと弥太郎の食べっぷりを眺める。


 (う〜ん・・・と・・・、た、確か・・・弥太郎って・・・お腹いっぱいになると眠っちゃう子だったような・・・?ま、まあ・・・良いっか?・・・フフフ)


 皆が各々に料理を食べ終わった頃、弥太郎のイビキが部屋中に鳴り響く。


 ”ンガ〜ッ・・・”


  ”グガ〜ッ・・・”


 「トライくん・・・眠っちゃいましたね・・・?」

 「フンッ。ガキめ」

 「弥太郎ってば・・・ウフフフ」


 エリはふと、弥太郎の側に広がったスケッチブックを拾い上げた。


 「何かしら・・・?これ・・・?」

 「どれどれ?」

 ヤマトも横からスケッチを覗き込む。


 「トライくんが持ち歩いてるスケッチブックですね・・・」

 ミクは言う。


 「何かの設計図か・・・?」

 ヤマトは全体を見通して言う。


 「これって・・・?」

 エリは、弥太郎の寝顔を見つめる。


 (弥太郎ってば・・・何をしようとしているの・・・?)

 エリは、義弟まで失うのでは無いかと不安になる。


 「弥太郎・・・?」

 「大丈夫です」

 「ヤマトさん?」

 「わ、わたしも・・・同じくです」

 「ミクちゃん・・・?」

 

 エリは二人を交互に見つめる。


 「小僧が何をしようとミクを預ける以上は、俺が小僧を守りますよ、エリさん?」

 「わ、わたしも・・・トライくんのこと・・・そばで守りますから・・・。エリさん、一人で不安にならないでくださいね・・・?」

 「ミクちゃん・・・、ヤマトさん・・・」

 エリは二人を両腕で抱きしめる。


 「ありがとう・・・」


 (キョウ・・・どこに居たとしても・・・絶対に、弥太郎を守ってちょうだい・・・お願いよ・・・)


 エリは二人に優しく包み返される。


 (良かった・・・一人では無いわ・・・私も・・・弥太郎も・・・ありがとう・・・)


 室内では、それぞれの間を扇風機の風が吹き抜けて優しく撫でて行った。

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