第17話 研究

○研究


 「広田さ〜ん?」

 

 ”バタンッ”


 弥太郎はゼミ室のドアを乱暴に閉める。


 「おい、渡来、丁寧に閉めろよ〜」

 院生の知盛が言う。


 「ガサツなんだよなあ〜?渡来?」

 「急いでて手が滑ったんっすよ、和希さん、知盛さん・・・」

 

 ”カチャリッ”


 弥太郎はドアを閉め直す。


 「広田さんなら、教授のところだよ〜?行ってみなよ?渡来くん?」

 博士課程の相田が言う。


 「峯岸教授の部屋っすか?」

 「そう、ゼミ室とはまた別の部屋だけど分かるよね?」

 「はい、大丈夫っす」


 弥太郎は峯岸の部屋へと急いだ。





          *





 ”コンコンコン”


 「はあ〜い」

 部屋の中から女性の声が響く。


 「失礼しま〜す」

 弥太郎は一礼をしながらドアを開けた。


 「やあ、渡来くん?」

 「広田さん!?お、俺、ちょうど広田さんのことを探して居て・・・」

 「僕〜?」

 「はい」

 弥太郎は頷く。


 「あれあれ〜?なあ〜にい〜?二人だけの秘密〜?」

 峯岸は”グイグイ”と食いつく。


 「ち、違いますよ〜。俺、ゼミの研究室でやりたいこと見つけたんで聞いてもらいたくって・・・」

 「研究の話なら、直接、教授に話すと良いよ?」

 「そ、そうなんすか?」

 「うん、そう。うちは自由だから」

 広田は頷きながら言う。


 「そうよ〜、渡来くん〜。わたしの研究室を選んだあなたは、ナイスなのよ〜♪」

 峯岸は鍋を下ろして言う。


 「えっ!?な、鍋って・・・、羅、ラーメンっすか?」

 「そうよお〜、渡来くんも食べる〜?」

 「ええっ?!い、いや・・・いいっす・・・」

 弥太郎は”クツクツ”と煮え立つ鍋の中味を眺める。


 (うお〜、マジでラーメン・・・)

 弥太郎は芳しい匂いに鼻を”ヒクヒク”と動かす。


 「教授は、今朝、シンガポールから帰って来たのさ」

 「か、海外っすか?」

 「そう、峯岸研究室は海外の研究室とも協力しあって居てね、峯岸教授はしょっちゅう海外へトンズラ・・・、い、いや、出張されてて・・・」

 「そうなのよ〜、これは、その、お・み・や・げ♪」

 峯岸は嬉しそうにラーメンをドンブリにうつす。


 「今頃の男の子って少食なのね〜?」

 「それって、草食と少食と掛けてますよね?」

 「あらあ〜、渡来く〜ん?彼女さんと上手く行ってないのかしら〜?」

 「はあ〜っ!?そ、そんなことないっす・・・」

 弥太郎は顔を赤くする。


 「ウフフ。ほ〜っんと、渡来くんって揶揄いがいがあるわあ〜♪」

 「ですよね〜?」

 広田も相槌を打ちつつ笑う。


 (くうーっ・・・この人たちと来た日にわあ〜・・・)

 弥太郎は”ググッ〜”と、悔しがる。


 「ねえ?それで〜?渡来くんは何を研究したいの?」

 峯岸はようやく本題を促す。


 「そ、そうっす、それを話しに来たんっす」

 弥太郎は”ゴソゴソ”とカバンの中からスケッチブックを取り出す。


 「俺、完成させたい設計図があるんです」

 弥太郎はスケッチブックを開いて見せる。


 「これは・・・?」

 峯岸が”フムフム”と問いかける。


 「これは、兄貴が遺したスケッチなんです・・・」

 弥太郎はスケッチが残された経緯を峯岸に話して聞かせる。


 「ふ〜ん・・・そう・・・。それで〜?」

 「は、はい・・・?」

 「これは、何だと思うの?渡来くんは?」

 「俺の予想だとエンジンっす」

 「エンジン?」

 広田が乗り出して言う。


 「そうっす」

 「何のエンジンなのかしら?」

 「俺が思うに、空を飛ぶんっす」

 「えっ?渡来くん、空を飛ぶの?ロケットみたいに〜?」

 広田は呆気に取られて言う。


 「い、いや・・・地上に立ったところから飛び立つには出力もデカく成るでしょうし、まだ、そこまではさすがに難しいんで・・・」

 「じゃあ、これは?」

 峯岸が促す。


 「俺、兄貴が居なくなった場所に何回も行ったんっす」

 「うんうん、それで?」

 「俺、そこで、見つけたんっす」

 「何を?」

 「風です」

 「風〜?」

 峯岸は驚いて言う。


 「そうです・・・風なんです・・・」

 「それって、どんな風なの?」

 「俺が見つけた風は、真上にまっすぐ吹き上げる風なんです・・・」

 「へえ〜、珍しいねえ〜」

 広田が言う。


 「その風を見つけた兄貴は、嬉しさ有り余って、飛び込んじゃったんだと俺は思ってて・・・」

 「風に乗ろうとしたの?」

 「アイツ、頭の中では設計図通りに作り上げて居たはずで、それをもう実感したかったはずなんっす・・・」

 「ああ・・・エンジンも身につけずに・・・確かめに行っちゃった・・・と・・・?」

 「兄貴は初期の動力に風とそれなりの高さを計算に入れて居たと俺は思うんです・・・」

 「なあるほど〜。原理としては、まあ・・・ハングライダーみたいねえ〜?」

 「揚力って、例えば、飛行機だったら毎秒100メートル以上の空気の流れをつくらないといけないんですよね・・・?」

 「飛行機は前に進んでね〜?」

 「兄貴のエンジンは真上に人間を浮き上がらせるまで・・・そこまでだと俺は仮定するんっす」

 「移動するわけじゃ無いのね?」

 「はい、飛行は考えて居ないっす」

 「ふ〜ん・・・」

 広田は腕を組む。


 「うん、いいじゃない?やってみる価値あると思うわよ〜?」

 「ほ、本当っすか?」

 「うちの研究室って、ドローンの研究も手伝ってるから、浮力と制動には興味があるのよ。やってみると良いわ?」

 「は、はい」

 弥太郎は喜んで言う。


 「その実験って、渡来くんが飛ぶのかい?」

 広田が言う。

 「もちろんっす、俺、あの兄貴が居なくなった先端から飛びたいんっす」

 「えっ・・・」

 広田と峯岸は顔を見合わす。


 「ま、まあ・・・それなりの準備はしないとね・・・、アハハハ」

 「ま、まあ・・・そ、そうですね・・・」

 広田と峯岸は目を合わせて何やら目配せをする。


 「まあ、とにかく、もうすぐ夏休みだし、3年生は就職活動も始まるでしょう?研究に就活に、まあ、あとは、恋に〜?フフフ、しっかり励みなさ〜い♪」

 峯岸は楽しそうに言う。


 「うん、まあ、その実験、ゼミでも何回も検討しようね、渡来くん・・・。勝手に単独行動は厳禁ね、約束〜」

 広田は立ち上がって言う。


 「えっ?は、はい・・・」

 弥太郎は二人の顔を見上げる。


 (同じ場所で事故でもしたら、渡来くんのお母さんが泣いちゃうからな・・・お兄さんだって浮かばれないだろう・・・)

 広田は”ポンポン”と弥太郎の肩を叩く。


 「よしよし、渡来くん。君は、研究テーマも決まったことだし、好きなようにやりたまえ。だけど、逐一、報告。いいね?」

 「はいっ」

 弥太郎は敬礼の姿勢でポーズを決める。


 「フフフ。あなたたち本当に面白いわね?」

 「一番、面白いのは、教授でしょう?」

 広田は言う。


 「私のどこがよ〜?」

 峯岸は両頬を膨らませる。


 「ら、ラーメンだし・・・」

 弥太郎はデスクに隠れるようにして屈んで”ボソリッ”と言う。


 「きゃあ〜、た〜いへ〜ん、伸びちゃったじゃな〜い」

 峯岸の悲鳴が響き渡る。


 「と、渡来くん・・・こ、ここは、もう、良いから・・・君・・・行きなさい・・・」

 広田は弥太郎を隠すようにしてドアへと導く。


 「す、すみません・・・広田さん・・・後は、頼みます・・・」

 「ラジャー」

 広田は敬礼のポーズを弥太郎に返す。


 ”ガシャンッ”


 研究室のドアが閉まる音が廊下に鳴り響いた。


 「ふう〜」

 弥太郎は大きく息を吐き出す。


 (とりあえず、これで、思い残すことは無いな・・・)

 弥太郎はスケッチブックを眺めると小脇に抱える。


 「よっし。後は、俺も何かバイトを始めるかなあ・・・」

 弥太郎は研究にかかる費用と材料費の捻出を試みようとする。


 ”ピロピロピ〜ン”

 

   ”ピロピロピ〜ン”


 弥太郎の端末が音と共に光り出す。


 「んっ?」

 画面を見るとエリからの伝言だった。


 ”今夜うちに来る〜?”エリ


 (あれ?ネエさん、無事に戻ったのかあ〜)


 ”ミクを乗せて帰るよ”弥太郎

 ”了解”エリ


 「よっし」

 弥太郎は続けてミクにメッセージを送る。


 ”一緒に帰ろう?”弥太郎


 ”ピロロロ〜ン”


 ”うん”ミク


 弥太郎は端末を仕舞うといつもの待ち合わせ場所へと歩き出す。


 (良い機会だから、この響太郎が遺したスケッチのことをネエさんにも話そう・・・)


 弥太郎はスケッチブックを抱えながらミクの元へと急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る