第12話 恋

○恋


 「ここです」

 ヤマトはエリを助手席から降ろして言う。


 「うわあ〜、綺麗な夜景〜」

 エリたちの目の前には埠頭の景色が広がっている。海岸線沿いにはプラントが建ち並び、赤いランプが点滅して居た。


 「ここに建ち並ぶ施設が我々の工場の一部です」

 「へえ〜っ、ヤマトさんって本当に凄いのね〜?」

 「俺は別に何も・・・」

 「でも、ヤマトさんが管理なさっているんでしょう?」

 「私の仕事は夜営のようなものですよ」

 「夜営?」

 「外からずっと見守っている・・・」

 「中には入らないんですか?」

 「中枢にはまだ親父や縁者が居ます。俺にできる事はまだそこまでは・・・」

 ヤマトは規則正しく点滅するライトを遠くに見ながら言う。


 埠頭には複数の車が停まって居た。”ギシギシ”と何やら如何わしい音も聞こえて来る。


 (若い子たちは、良いわねえ〜♪)


 エリは付近の様子に気付きながらも気にせずにヤマトの視線の先に目をやる。


 (さすがはヤマトさんねえ〜)

 エリはヤマトの視線が工場の灯りからまったくブレないことに感心する。


 (いまずっと見つめてる先は・・・きっと、ヤマトさんの未来へと続いて居る。将来のある男は良いわねえ〜。ミクちゃんじゃないけど・・・捧げたくなるのもこれは無理はないわあ〜。その先を一緒に歩きたくなる男ねえ〜。それが出来なくても・・・。支えられたら嬉しい・・・かあ〜・・・)

 

 ヤマトは対岸を眺めならが微笑んでいるエリの横顔を振り返る。

 「気に入りましたか?エリさん?」

 「ええ、とても気に入りましたわ〜。ヤマトさん」

 エリは楽しそうに笑う。


 「女性がこんなところに連れて来られても退屈でしょう?」

 「それは連れて来られた女性に依りますわねえ〜」

 エリは笑って見せる。


 「次はどこに行きますか?」

 ヤマトは言う。


 「ヤマトさん?」

 「はい?」

 「ウフフ。さっきからミクちゃんのことが気になって仕方がないでしょう〜?」

 「えっ、いや、そういうことでは・・・」

 ヤマトは端末の画面をスリープにする。


 「ウフフ。良いんですよ〜。帰りましょう?弥太郎のアパートへ」

 「いや、よろしいんですか?」

 「もちろんです」

 エリは笑顔で頷く。


 (弥太郎たちは上手く行ってるかしら・・・?)

 エリはミク達のことを思いながら助手席のドアを開けた。







 *






 「ミク?大丈夫か?」

 交差点で停車した弥太郎はミクの顔を覗き込みながら言う。


 「う、うん・・・。トライくんは・・・?大丈夫だった?」

 「ああ、俺?平気、平気。ヤマトさんは怖いけど酷い事はする人じゃなさそうだし」

 「うん。それは、きっと大丈夫よ」

 ミクは遠慮がちに笑う。


 「なあ?ミク〜?」

 「な、なあに?トライくん?」

 「ヤマトさんの前だとやっぱ、緊張するのか?」

 ミクは困ったように笑う。


 「緊張って言うか・・・条件反射・・・かな・・・?」

 「体が勝手に動いちゃう?」

 「う、うん・・・」

 「そうか・・・」

 弥太郎はミクから視線を外すとアパートへと直行した。


 ”カンカンカンカンカン”

 ミク達はアパートの外階段を上がって行く。


 「ハア〜、着いた〜」

 弥太郎は大量の買い物袋を部屋へと持ち込んだ。


 「手伝うよ?わたし」

 「うん、サンキュー」 

 ミクは袋の中身を取り出して行く。


 「ミクはさあ〜?好きなものは入れたのか?」

 「うん」

 ミクは袋の中から小さな箱を取り出して見せる。


 「これ」

 「これ?」

 「うん」

 「ハハ、これ、サイコロキャラメルじゃんかあ〜、な〜つかし〜い」

 「ウフフ、そうでしょう〜?」

 「ミクも好きだったのか?これ?」

 「うん。箱も中味も」

 「俺も。これ使って宿題したり♪」

 「トライくんも?」

 「ああ、俺、サイコロの下の数字って分からなくってさあ〜」

 「わたしもよ」

 「これ食ってサイコロだけ集めてさ」

 「ウフフ」

 ミクは嬉しそうに笑う。


 「後でスゴロクでもやるか?」

 「そんなのあるの?ここに?」

 「ああ、俺とキョウで作ったんだ。ふざけたやつを」

 「面白そう♪」

 「マジで?」

 「うん、うん♪」

 ミクは体を乗り出す。


 「お、おいっ・・・ミク・・・?」

 「えっ?」

 ミクはバランスを崩して弥太郎にもたれかかる。


 「きゃあっ」

 「うわあっ」

 弥太郎は背中を床に打ち付けて咄嗟にミクの体を受け止める。


 「だ、大丈夫?トライくん?」

 「ミ、ミクは?怪我は無いか?」

 「う、うん・・・ごめんね・・・」

 「お、俺は、い、良いけど・・・」

 ミクは顔を赤らめて恥ずかしそうに体を起こす。


 「ミ、ミク?」

 「な、何・・・?」

 「お、俺・・・」


 「おいっ、小僧?」

 ”ヌウ〜”っとヤマトが弥太郎の顔を覗き込む。


 「う、うわあ〜っ、な、なんで居るんっすか?こ、ここに〜?」

 「ごめ〜ん、弥太郎〜、タイミングが悪かったみた〜い♪」

 「ね、ネエさん!?」

 「なあ〜んかあ〜、ふたりとも〜、好い雰囲気だったから〜、ちょ〜っと入りづらくて〜」

 エリは揶揄うように言う。


 「何の話をして居たんだ?お前達は?」

 「ス、スゴロクです・・・」

 「何だ?それは?」

 「ゲームですよ、ヤマトさん?」

 エリは言う。


 「俺とキョウで作ったやつ、俺まだ持っててさ・・・」

 「あらあ〜、な〜つかしい〜じゃな〜い。私も入れて〜?」

 「エ、エリさんもされてたんですか?」

 「もっちろんよ〜。渡来家のお約束♪」

 「へ、へえ〜」

 ミクは弥太郎を見て笑う。


 (ちぇ、ちぇえ〜っ・・・)

 弥太郎は起き上がると袋を片付け始める。


 「ウフフ。まあまあ、そう残念がらずに〜。ねっ?」

 エリは弥太郎の背中を叩く。


 「イッテ。そ、それで?ネエさん達は?どうだったの?」

 「埠頭に行ったわよ?」

 「マ、マジッ!?ふ、埠頭って・・・」

 (やっべえーじゃん?夜の埠頭って・・・ミノルとソウが”夜のお楽しみ〜”ってオススメしていたあそこだろう・・・?)

 弥太郎はエリとヤマトを交互に見る。


 「何を見てるの?弥太郎?」

 エリは不思議そうに弥太郎を覗き込む。


 「な、何でもねえよ・・・」

 (か、変わった様子は・・・な、無い・・・よな・・・?うっ、うん・・・)


 「変な子ねえ〜?」

 エリは弥太郎の背中を捻る。


 「い、痛いって、さっきからネエさんってば〜?」

 「だ〜って、弥太郎が変だからあ〜?」

 「お、俺は変じゃねえよ・・・」

 「ふ〜ん」

 エリは拗ねたように言う。


 「手伝います」

 ミクがキッチンに顔を出して言う。


 「じゃあ、二人で作りましょうか?」

 「はい♪」

 ミクはエリと並んで流しに立つ。


 「えっ?お、俺は・・・?」

 「弥太郎は部屋を広く片付けて〜。ホットプレートもスゴロクも出来るよ・う・に〜」

 「わ、分かった・・・」

 「俺も何か手伝うか?小僧?」

 「ヤ、ヤマトさんは・・・え、えーと・・・」

 「何だ?ハッキリ言え?小僧?」

 「す、座って居て下さいっす」

 「フンッ。的確な指示も出せないのか?小僧?」


 (い、いえ・・・これ以上の適所は俺には思い浮かばないっす・・・)


 弥太郎はそそくさと部屋を片付けて行く。


 ”ルルルルルル・・・・”

 誰かの端末の音が鳴り響く。


 「はい。私だ」

 ヤマトは端末を取り出して応答する。


 「分かった、すぐに行く」

 ヤマトは端末の応答を切ると”スクッ”と立ち上がった。


 「時間切れだ、小僧」

 「えっ?ヤマトさん、いまからどこかに行くんっすか?」

 「仕事だ」

 「い、いまからっすか?」

 「何時だろうと工場は動いて居るんだ」

 「で、でも・・・」

 「働く者たちが居る限り、我々も働く。不思議では無いだろう?」

 「で、でも・・・ヤマトさんの体は一つっすよね?他の人は交代なのに・・・」

 「フッ。不満か?」

 「不満と言うか・・・心配しないんすっか?ご家族は?」

 「我々の日常がこうなんだ」

 「うっわあ〜、マジっすか?」

 「お前は違うのか?」

 「何がっすか?」

 「己が守りたいものの為なら我のことなど一寸も惜しまない。違うか?」

 「ミ、ミクの為なら、そうっすよ?」

 「俺にとってはすべてがミクだ、違うのか?」

 「ち、違わないっすけど・・・普通はヤマトさんみたいに出来ないんっすよ、普通の人間は・・・」

 「俺は普通じゃ無いと言いたいのか?」

 「イイ男だってことっす」

 

 (く、悔しいけど・・・いまの俺じゃあ・・・勝てない・・・)


 「フンッ。小僧に褒められても大して嬉しくも無いが・・・?」

 「な、何っすか?」

 「相手の良さが分かるならお前もイイ男なんだろうな?」

 「へっ?」

 「フフフ。まあ、いい」

 ヤマトはアパートを出て行こうとする。


 「後は頼んだぞ?小僧」

 「ヤマトさん、帰るんですか〜?」

 エリがキッチンから顔を出す。


 「仕事の連絡が入りまして・・・」

 ヤマトは改まって言う。

 「じゃあ、これを持って行って?」

 エリは出来立てのおにぎりを差し出す。


 「先にご飯だけは仕込んでおいたから。これ、食べて下さい」

 「か、かたじけない・・・」

 「プフウ〜。ヤマトさん・・・”かたじけない”なんて、どこかのお殿様みたいねえ〜」

 「実際、王子様なんだろう?ヤマトさんって?」

 「小僧、何か言ったか?」

 「いいえ〜、なあ〜んでもございませ〜ん」

 「フンッ。こざかしい」

 ヤマトはおにぎりの礼を言うと颯爽と去った。


 「忙しい人なのねえ〜。ねえ?ミクちゃん?」

 「えっ?あっ?はい・・・」

 ミクは驚いたように下を向く。


 「心配?」

 「えっ?」

 「ヤマトさんのこと?」

 「は、はい・・・す、少しだけ・・・」

 「ミクちゃんはヤマトさんとのこと忘れられる?」

 「あ、あの・・・」

 「ご、ごめんなさい・・・、聞くようなことじゃなかったわね?」

 「い、いえ・・・そういうつもりでは・・・」

 ミクは言葉を詰まらせる。


 「ヤマトさんは確かに格好イイわ。私も惚れそうよ。フフフフフ」

 エリは楽しそうに笑い出す。


 「エリさんもそう思いますか?」

 「多くの女性が魅せられちゃうんじゃない?」

 「そ、そうですよね・・・?」

 ミクは明るい表情になって言う。


 「良かったあ〜」

 ミクは流し台に掴まってしゃがみ込む。


 「ミ、ミクちゃん・・・?」

 「わ、わたし、ずっとヤマトさんのことファンのつもりで想って居て、アイドルやスターを見るみたいに格好イイな〜って」

 「分かる〜。カリスマ性あるわよねえ〜彼?」

 「はい♪」

 ミクは声を弾ませて言う。


 「ヤマトさんのことは”推し活”みたいなことなんです。憧れの人を前にして居るみたいな・・・、だから、時々、現実感が無くって・・・」

 「ボーッとしちゃうの?」

 「ボーッとしてると思います・・・わたし」

 「なるほどねえ〜」

 エリは時折、ヤマトを前にして固まって居るミクの姿を思い出す。


 (クスクスクス。ミクちゃんの素顔って本当に可愛らしい・・・。弥太郎もいつか気づくわよねえ〜?)


 「ハア〜ックション」

 (あれえ・・・?俺、風邪かなあ・・・?)


 弥太郎は急なくしゃみに身慄いする。


 「トライくん?運んでもイイ?」

 「サンキュー、ミク。こっちはOKだぜ」

 「は〜い♪」

 ミクは楽しそうにキッチンへと戻る。


 (イイ顔してる・・・ミク・・・)

 弥太郎はミクの笑顔を見て自身もまた笑顔になる。


 (俺、たぶん、きっと恋してる・・・いま・・・)

 弥太郎は胸の高まりに期待でいっぱいになる自身を愛しんだ。

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