第10話 行方

○行方


 「さあ、ミクちゃん。お買い物、ね?」

 エリはミクの顔を上げさせて言う。


 「ぐずっ・・・は、はい」

 ミクは涙を乾かして笑顔で答える。


 「も〜う、カートでい〜っぱい買い込んで〜、弥太郎に運ばせよう〜?」

 「ト、トライくんに・・・ですか?」

 「そう。鉄板焼きするからおいで〜って連絡すれば車でササ〜っと来てくれるわよ〜」

 「えっと・・・あ、あの、でも・・・?」

 「ん〜?なあに〜?何か心配でもある?」

 「トライくん・・・ホテルでどうしてるのかなあ〜って・・・」

 「だ〜いじょうぶよ。あの子はお酒を飲んだりする子じゃないから」

 「えっ・・・?」

 「弥太郎は響太郎のことがあってからは一滴もお酒を飲まなくなったのよ」

 「そ、そうなんですか・・・?」

 「そう。身近な人に何かあったらすぐに飛んで行きたいからって・・・。だから、自ら飲酒をしてそのチャンスを潰すようなことをしない子なのよ・・・」

 「ト、トライくん・・・?」

 「弥太郎はそういう子だから・・・。ミクちゃんも何かあれば弥太郎がきっと来てくれるわよ。大丈夫・・・あの子を信じて」

 「エリさん・・・」


 「さ〜あ、そうと決まれば早速、メールね〜。メッセージ送っちゃうわ〜」

 「は、はい」


 ”弥太郎〜?鉄板焼きするわよ〜♪いますぐ来なさ〜い”エリ


 「これで、よし♪っと。ウフフ」

 エリは笑う。


 「じゃあ、ミクちゃんがカートを押してくれる?」

 「はい」

 「では、お買い物スタート〜♪」


 エリとミクは売り場を隅々と歩いて行く。


 「ミクちゃん、嫌いなものは?苦手なものってある〜?」

 「え、え〜っと・・・。特には・・・何も・・・?」

 「へえ〜、優秀じゃな〜い?」

 「好き嫌いとかはあんまりなくて・・・」

 「じゃあ、好きなものは?有るの?」

 「パイナップル・・・パイナップルでしょうか?」

 「えっ!?パイナップルって・・・あれでしょう?あのトゲトゲした見た目の黄色い果物でしょう?」

 「は、はい・・・」

 「奇抜ね〜、ミクちゃん?何か理由があるのかしら?聞いても大丈夫?」

 「は、はい・・・。えっと、そ、それは・・・」


 ミクはパイナップルと答えた経緯をエリに話し出す。


 「小さい頃から旦那様が家にいらしていて・・・」

 「旦那様って言うのは・・・?」

 「母が妾として仕えて居た方です・・・」

 「ヤマトさんの・・・?」

 「ヤマトさんのお父様です」

 「そ、そう・・・」

 「旦那様はいつもパイナップルを持って来てくださって・・・」

 「それで好きなの?」

 「それだけが優しい想い出でした・・・」

 ミクは悲しそうに笑う。


 「ミクちゃんの実の父親かもしれない人なのよねえ〜?」

 「はい・・・。でも、旦那様はそれをお認めにはなりませんでしたから・・・」

 「ミクちゃんは、それで良いの?」

 「良いも悪いも私たちには無くって・・・」

 「そうなの?」

 「トライくんがお酒を飲まない理由と似ているんですけど・・・」

 「うん、うん・・・」

 「ヤマトさんもお酒は一切飲まれないんです」

 「そうなのお〜?」

 「ヤマトさんのお仕事には三交代制の夜勤の工場も含まれて居て、ヤマトさんは従業員の方々がお休みになれるようにと夜も睡眠時間をほとんど取られないんです・・・」

 「へえ〜、それで大丈夫なの?ヤマトさんって?」

 「ヤマトさんは大変責任感が強い方で、睡眠の取り方も元軍人の方が講師をされている訓練を受けたりして自分で調整されているんです」

 「そんなことが出来るの〜?」

 「ヤマトさんはそうやって自らを鍛えることで働く人たちが休まるように配慮をなされて居て・・・」

 「へえ〜、立派じゃな〜い」

 「はい・・・。それなのにヤマトさん・・・」

 「んん〜?どうしたの・・・?何かあった?」

 エリはミクの顔を覗き込む。


 「母が病気になる前に、妾の因習に従って、わたしを旦那様に差し出したことがあって・・・」

 エリはミクの背中に手を添える。


 「旦那様はわたしのことはまったく興味をお持ちにはなられずに、一蹴されてしまったのですが・・・」

 「ヤマトさんに気に入られちゃったのね?」

 「はい・・・。どうしてそうなったのか・・・?なぜか、ヤマトさんに差し出されたわたしは・・・ヤマトさんに受け入れられて・・・ヤマトさんはわたしを婚約者だと公開してしまったんです・・・」

 「大胆ねえ〜、ヤマトさん・・・」

 エリは苦笑いする。


 「その後で、ヤマトさんに関連する工場や関係企業の株価が値下がりをして一時期、市場は混乱を見せたんです・・・。そ、それで、母は・・・」

 「お母様が?どうしたの・・・?」

 「それで、母は・・・わたしのDNA検査をして、ヤマトさんとの関係を明らかにしたんだと思います・・・」

 「ミクちゃんを守る為では無くって・・・。ヤマトさんとそのすべてを守る為に・・・?」

 「そう思います・・・」

 「娘がどれだけ立場が悪くなろうと、辛く悲しもうと、仕える主人を守り抜く・・・。そう言う生き方を選ばれた・・・?そう言うこと?」

 「わたしも祖母も母も、そのことだけは我が身の人生に替えても守り抜くと・・・ずっと、そうやって教えられて来たので・・・迷いは無かったのですが・・・」

 「複雑ねえ〜、ミクちゃん・・・」

 エリはミクを抱きしめる。


 「ヤマトさんはわたしを妹だと認めて、わたしのことは諦めてくださったんです・・・」

 「ミクちゃんは、それで?本当に良かったの・・・?」

 「ヤマトさんは、わたしなんて・・・、そんなことは、と、とんでも無いことなんです・・・。ヤマトさんは、本当に素敵な方で・・・。ヤマトさんやそのご家族と親縁に成りたくて、結婚を申し込まれる方々も後を絶ちませんし・・・。妾の家には妾の守るべき一線があって・・・わたし達はそれを誇りにして生きて来たので・・・ヤマトさんとそのご家族の名誉を守ることは何よりもわたしたち母娘には大事なことなんです・・・」

 ミクは、初めて胸中を誰かに話した。


 エリはミク達の覚悟に女の一生の気高さを見つめる。


 「ミクちゃんのお母様は、本当に旦那様を愛していらしたのね〜。とても真似できないわ・・・」

 エリはミクの髪の毛を撫でおろす。


 「だから、わたしは・・・ヤマトさんからしっかりと自立して生きて行きたいんです・・・」

 「負担になりたくない?」

 「支えるくらいになれたらって・・・。おこがましいですよね・・・?」

 「ううん。そんなに健気に尽くされたらヤマトさん嬉しいと想うわ」

 「め、迷惑に・・・ならない・・・ですか?」

 「私だったら嬉しいなあ〜。こ〜んなに可愛い妹にそこまで言って貰えるお兄ちゃん」

 「そ、そうでしょう・・・か・・・?」

 「そうよ。だから、自信を持ちなさい?」

 「はい」

 ミクは明るい顔で頷く。


 (う〜ん・・・弥太郎はなかなか手強い相手に当たっちゃったかもねえ〜・・・ヤマトさん、なかなかイイ男だし・・・実力も実績も実証済みだし・・・まだ未知数の弥太郎には前途多難だわねえ〜・・・)

 エリは弥太郎の先行きを案ずる。


 「エリさんは?お好きなものとか嫌いなものはありますか?」

 ミクは唐突にエリに話しかける。


 「あ、あたし・・・?ああ、うん・・・」

 「ネエさんは、三度の飯より甘いものだろう?」


 「うわっ、弥太郎〜!?きゅ、急に出て来ないでよ〜、アンタわあ〜。いつからそこに居たのよ〜?」

 「えっ?いま、ついさっきだけど?」

 「どうしてここだと分かったのよ?居場所は言わなかったでしょう?メッセージには・・・」

 「ああ、そんなのここだってすぐに分かるじゃん?居なければアパートに行けばイイだけの話だし・・・」

 「トライくん、来てくれてありがとう」

 ミクは嬉しそうに頭を下げる。


 「ミクとネエさんだけじゃあ、買い物なんて重くて大変だろう?俺が居た方が便利じゃん?」

 弥太郎はそう言ってカートをミクから受け取る。


 「ほら、”ジャンジャン”とカゴに放り込みなよ?ネエさんがどうせ支払うんだからさあ〜?」

 「も〜う、弥太郎〜?」

 「えーっ?ち、違うのかよお〜?」

 「違わないわよ、ほら、アンタも好きなだけ好きなもの入れなさいよ〜。あのアパートの在庫の無さって言ったら〜。お義母さんを泣かせるわよ〜、弥太郎〜?」

 「え〜、そんなにだった〜?俺〜?」

 「う、うん・・・ちょっと少なく見えたかも・・・トライくん・・・自分では作らない・・・?」

 「う〜ん、俺・・・。何でもイイからさあ〜。何か食えればそれで満足しちまうから・・・。あんまりストックとかしないかも俺・・・」

 「行き当たりばったり、でしょう?」

 「えっ?ああ、うん・・・」

 弥太郎は気まずそうに頭を掻く。


 「も〜う・・・そういうところ・・・、兄弟なのよ〜。あなた達・・・」

 エリは響太郎を思い出す。


 「兄さん程じゃあ〜無いって・・・思いたい・・・」

 「そんなこと無い」

 エリは”コツンッ”とゲンコツを下ろす。


 「わあ〜、もうっ、ネエさん。ゴメンって、今度はちゃんとするからさ、ねっ?」

 弥太郎はエリに手を合わせて懇願する。


 「しっかり食べてね?弥太郎?みんな心配しちゃうから」

 「はいはい。分かりました〜」

 「本当に分かってるの〜?」

 「わ、分かってるって・・・た、多分・・・」

 「クスクスクス」

 ミクは楽しそうに笑う。


 (ミクが笑うなら、俺、何でもイイや・・・)

 弥太郎はミクの笑顔を見ながらカートを一気に前に進めた。


 「鉄板焼きなら任せて?俺、材料入れまくって来るからさ、二人はのんびりデザートでも選んで見ててよ?」

 「いいわねえ〜。キョウの鉄板焼きなら弥太郎にお任せね〜?」

 「だろう〜?俺、グルッと店内を回って来るからさ」

 「了解〜。弥太郎、いってらっしゃ〜い」

 「トライくん?大丈夫?」

 「ミクも行くか?ゆっくりデザートを選んでてもイイんだぜ?」

 「う、うん・・・。で、でも・・・」

 「ミクちゃんが行きたい方に行けばイイのよ?」

 エリはミクの背中を押す。


 「エ、エリさん・・・」

 エリはミクにウィンクをして見せる。


 「ト、トライくん?」

 「何だよ?ミク?」

 弥太郎はカートを止めてミクに振り返る。


 「わたしも一緒に回って見てもイイ?」

 「もっちろん!あったりまえじゃん♪」

 弥太郎は満面の笑顔でミクの手を引く。


 (ト、トライくん・・・?)


 ミクは引かれた手を見つめる。


 「ほら?ミクがカートを押してくれる?」

 「う、うん」

 弥太郎はカートの取手にミクの手を置く。


 「よっし、OK♪俺に付いて来て?ミク?」

 「はいっ♪」


 ミクは笑顔で答えると明るい表情で一気にカートを押し出した。


 (さあ、頑張って・・・二人とも・・・)

 エリは二人の行方を眩く眺めた。

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