第9話 エリ

○エリ


 「さあ〜て♪お待ちかね〜、女子会ターイム♪」

 「パチパチパチパチ・・・」

 「う〜ん。良いわねえ〜。ノリの良い女の子って〜」

 「エリさん♪」

 ミクは”フフッ”と笑う。


 「さ〜あ〜、ミクちゃん〜?語らうわよ〜?」

 「は、はいっ♪」

 「う〜ん、良い笑顔ね〜。食べちゃいたいっ♪」

 「えっ?えっ?」

 「ああ〜ん、もう。逃げない、逃げない。冗談だから、ねっ?」

 「ウフフ。はい♪」

 ミクは笑顔を見せる。


 「その前に〜?」

 「その前に?」

 「ご飯は、どうしようか?食べに行く?ここで食べる?」

 「エリさんは?」

 「弥太郎が持って来て居るなら、”アレ”が食べたいのよねえ〜?」

 「あ、あれ・・・ですか・・・?」

 「そう。”アレ”」

 エリは”クスリッ”と笑って舌を出す。


 「ミクちゃんは、鉄板焼きって知ってる〜?」

 「は、はい・・・多分・・・」

 「そう、それは良かった。それをね、ホットプレートでやるのよ」

 「ホットプレートですか・・・?」

 「そう。ミクちゃんのお家には無かった?」

 「う、うちは・・・。おばあちゃんと母とわたしの三人しか居なかったので・・・」

 「家族でそう言うのは無かったんだ・・・?」

 「ご、ごめんなさい・・・」

 「ああ、良いのよ〜。ミクちゃんが謝ることじゃないわあ〜。ホットプレート

で鉄板焼きはね〜?響太郎の趣味だったのよ〜」

 「トライくんのお兄さんの?」

 「そう。私たちは”響(キョウ)”って呼んでてねえ〜」

 「キョウさんですか?」

 「そうそう」

 「あれ、懐かしいなあ〜」

 エリは”ゴソゴソ”と台所の棚を探り出す。


 「ふむふむ〜。弥太郎ってばロクに何も食べてなさそうねえ〜」

 エリは戸棚の中の空っぽぶりを見てボヤく。


 「ミクちゃんは?お料理とか好き?」

 「は、はい・・・。母が病気になってからはずっと・・・」

 「へえ〜、偉いわねえ〜」

 「そ、そんな・・・」

 ミクは恥ずかしそうに言う。


 「あ、有ったわあ〜♪」

 エリは奥から箱を引っ張り出す。


 「やっぱり、有ったわねえ〜」

 「こ、これ・・・ですか・・・?」

 「そう。これね♪」

 ミクは見慣れない箱を”マジマジ”と見つめる。


 「これだけあればあ〜、後は何とでもなるから〜♪ウフッ、お買い物に行きましょうか?」

 「は、はいっ」

 ミクは箱を受け取ると居間の座卓に置いた。


 「弥太郎の部屋って1LKだけあって狭いわねえ〜」

 「ベッドと机でほぼ埋まりますね・・・」

 「せめてダイニングが欲しかったわよねえ〜」

 エリはベッドにすかりながら言う。


 「ここの近くにお店って有ったかしら?」

 「歩いて20分くらいのところにスーパーがありましたよ」

 「あらあ〜、良い距離じゃな〜い♪お話ししながら行きましょう?」

 「はいっ♪」

 ミクは嬉しそうに立ち上がった。


 ”カンカンカンカン・・・コンコンコンコン・・・”


 エリとミクはアパートの外階段を下りて行く。


 「ねえ、ミクちゃんは、弥太郎のことはどう思って居るの?」

 「ト、トライくんは・・・」


 (トライくんは・・・え、え〜とっ・・・)


 「まだ分からない感じ?」

 「わ、わたしは・・・ずっと、助けて貰ってばっかりで・・・恥ずかしいところしか見せたことが無くて・・・そ、それで・・・」

 「ねえ?ミクちゃんって〜、自己評価低いのかな?もしかして?」

 「えっ・・・?」

 「何だかそう言う気がするのよねえ〜」

 「そ、そうでしょうか・・・?」

 「う〜ん、そうねえ〜。ヤマトさんにしても、弥太郎にしても・・・。まずは遠慮してるみたいかなあ〜?」

 ミクは困ったように顔を上げる。


 「じ、自信は無いんです・・・」

 「どうして〜?」

 「あ、あの・・・」

 「ん〜?」


 (わ、わたしの家が・・・そ、その・・・ちょ、ちょっと特殊だったと言うか・・・)


 ミクは言葉を飲み込む。


 「詳しい事情は分からないわ・・・。でもねえ、いま、私はミクちゃんだけを見て居るの。他は何も知らないわ」

 「は、はい・・・」

 「そのミクちゃんが遠慮して居るように見える・・・。そうしたらやっぱり励ましたくなるじゃない?」

 「は、はい」

 ミクはエリに向かって顔を上げる。


 「女の子だもの、そりゃあ〜、色々あるでしょう〜?」

 「エ、エリさんも・・・ですか・・・?」

 「そりゃあ〜、もう〜。女が三十路を過ぎたらねえ〜」

 エリは”オ〜ホホホホホッ〜”と口に手の甲を当てて笑い出す。


 「何せ、響太郎が、ああ言う男だったからねえ〜」

 エリは遠く空を見上げて言う。


 「キョウさんって、どう言う方だったんですか?」

 「そうねえ〜。私よりも3っつ年下かなあ〜。ミクちゃんと弥太郎とほぼ同じ感じよねえ〜。年の差の感じから言うと・・・」

 「は、はい・・・」

 「キョウは恐れ知らずだったから、”こう”と決めたら即行動で・・・。常にあっちに行ってはこっちに行って・・・。ホント行動の先が読めない奴だったわよ〜。ウフフ」

 ミクはエリの楽しそうな顔に”ホッ”とする。


 「キョウがこの土地に行った時もねえ〜、な〜んにも言わずに出かけちゃってて〜、私もそこら辺で虫でも追いかけてると思うからさあ〜、ビックリだったわよ〜」

 「れ、連絡が来て・・・ですか・・・?」

 「そうよ〜、いきなり、警察だの消防だのって、ねえ〜?知らない土地から連絡が来るじゃない?何を言ってるのかと思っちゃって〜。クスクスクス」

 「エ、エリさん・・・?」

 「ああ、うん、ごめんなさい。笑うところじゃ無かったわよねえ〜、これは失敬・・・」

 「い、いえ・・・」

 「キョウって、そう言うところがあったのよ。シリアスな筈なことでも、何故か笑いに変えてしまってて・・・。あの人が居なくなったことでさえ、笑えてしまうなんてねえ・・・」

 「エリさん・・・」

 ミクはエリに近寄る。


 「ゴメン、ゴメン・・・しんみりしちゃった。楽しいお買い物なんだから、ねえっ?」

 エリはミクに笑って見せる。


 「わ、わたしも・・・ずっと、誰も友達も居なくて・・・ずっと一人でした・・・」

 ミクは遠慮がちエリに話す。


 「だ、だから・・・きっと・・・自分のことが嫌いで・・・好きになれなくて・・・そ、それで・・・相手に対して自信が持てなくて・・・」

 「それで、本心で話したり、我儘を言ったり、気持ちを出せなくなっちゃったのかな〜?」

 「は、はい・・・お、おそらく・・・ですけど・・・」

 「そう。ミクちゃんもなかなか苦労してるわねえ〜」

 「い、いいえ・・・」

 

 エリは俯くミクに振り向くと、ミクの手を握りしめる。


 「ミクちゃん?手をつなごう?」

 「えっ・・・?は、はいっ・・・」

 ミクは戸惑いながらもつながれた手を見つめる。


 「フフフ〜。弥太郎に自慢しちゃお〜う♪」



 (”はあ〜、ハックション!・・・か、風邪かな・・・俺・・・?エリが泊まる筈だったホテルの部屋で弥太郎は”ブルリッ”と震える。ネエさんが好きなだけルームサービス使って良いって言ってたからなあ〜、使っちまおう・・・。やっりい〜♪ラッキー♪・・・)


 「ミクちゃんの手、温かいわねえ〜?」

 「こ、子供体質・・・なのでしょう・・・か?」

 ミクは恥ずかしそうに言う。


 「ミクちゃんはまだ子供なの?自分でそう思ってるの?」

 「は、はい・・・」

 ミクはまた俯いてしまう。


 「どうしてそう思うの?」

 「そ、それは・・・」

 「うん、大丈夫よ〜。言ってみて〜?」

 エリは握ったミクの手に優しく片方の手を添える。


 (あたたかい・・・お母さんやおばあちゃん・・・わたしに優しくしてくれた人たちの手みたい・・・)


 ミクは心が和らいで素直に言葉を発する。


 「わ、わたしの家はずっと・・・ヤマトさんやそのお父様方に面倒を見て頂いて居て・・・自分たちで働くとか・・・職業を持つとか・・・自立したことが無いんです・・・」

 「面倒を見て貰うって、コンプレックス?」

 「コ、コンプレックス・・・?・・・ですか?」

 「そう。ミクちゃんの今の言い方だと、そうなのかなって?」

 ミクは改めて考えて見る。


 「そ、そうなのかも・・・わ、わたし・・・そう言うふうに考えてみたことが無くって・・・決めつけて・・・悩んでた・・・」

 「話を聞いてくれる人がそばに居たら違って居たかもね・・・?」

 「は、はい・・・」

 ミクはエリを見つめる。


 「そう言う境遇のことは、誰かと話して客観的に見ることが出来たら良かったかもしれないわねえ・・・」

 「はい・・・」

 「弥太郎には話したの?そう言う話は?」

 「い、いいえ・・・トライくんとは何も・・・」

 「ねえ、ミクちゃん?」

 「はい・・・」

 エリは緊張の面持ちでミクに言う。


 (エ、エリさん・・・震えてる・・・?)


 ミクはつないだ手から伝わるエリの緊張に耳を澄ませる。


 「わ、私はね・・・」

 「エ、エリさん・・・?」

 「キョウが居なくなって、どうしようも無くなった時にね・・・」


 (エ、エリさん・・・?)


 「弥太郎に曝け出してしまったことが有ってね・・・キョウの代わりに慰めて貰おうとして・・・弥太郎に受け止めて貰ったことが有るのよ・・・ごめんね・・・引いちゃったよね・・・」

 エリは情けないと言う顔で苦笑する。


 「弥太郎は・・・あの子は、優しいから・・・何も言わなかったわ・・・そういう子だから・・・あの子には、女の子を悲しませたり出来ないわ・・・だからね・・・ミクちゃん・・・?」

 「は、はい・・・?」

 「弥太郎にだけはぶつかってみても大丈夫よ。怖がらないで、大丈夫。あの子は受け止めてくれるから。弥太郎のこと・・・初めは友達だと思って、話してみて、ねっ・・・?」

 「エ、エリさん・・・」

 「弥太郎の名誉のために言うけど・・・」

 「は、はい・・・」

 「最後まではしていなから・・・」

 「えっ?」

 「初めてのお相手は、きっと、ミクちゃんになる筈だってこ・と・よ♪」

 「えっ?ええーっ?!」


 ミクは顔を赤らめる。


 (ウフフ・・・喜びなさ〜い、弥太郎〜・・・これは、脈アリかもよ〜ん・・・)

 エリは”フフフ”と笑う。


 「さあさあ、ミクちゃん♪盛り上がったところでスーパーに到着ですよ〜♪」

 

 (エ、エリさん・・・。ありがとうございます・・・。わたしの為に・・・)


 ミクはエリの背中に抱きつく。


 「そうそう。そうやって、甘えて行くのよ、ミクちゃんは。もう、充分、一人で頑張って来たんだからねえ〜。”ともだち”をつくりなさい♪ミクちゃんなら、大丈夫。一人の強さも一人の怖さもよく分かってる。そう言う子は大丈夫・・・。甘えても依存しない。 ”愛されなさい”、ミクちゃん?」

 ミクは思いがけない言葉にエリを見つめる。


 「愛されて、ミクちゃん。あなたは愛される子よ、存分に愛されなさい」

 「うっ・・・うっ・・・ぐずっ・・・は、はい・・・」


 ミクはエリの背中に顔をうずめる。


 「うっ・・・ううっ・・・」


 「いい子、いい子・・・。いっぱい泣いて・・・」

 エリは向き直ると胸にミクを抱きしめる。


 (いい子、いい子・・・)

 エリはミクを抱きしめてゆっくりとミクの肩を撫で下ろす。


 ”ポンッポンッポンッ・・・”


 エリはゆっくりとミクの背中を”トントン”する。


 「いい子、いい子・・・」

 エリは泣き疲れた子供をあやすようにミクの熱い涙と温もりを受け止めた。

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