第8話 家族

○家族


 弥太郎は図書館に向かって歩いて行く。


 「おーい、弥太郎〜」

 「おお〜。タケシ〜。今日はバイトは?良いのか?」

 「今日はバイトは無いんだ」

 日焼けした顔のタケシは言う。


 「昼間のバイトって何してるんだよ?タケシは?」

 「俺?あの日はイベントだな」

 「イベント?何のだよ?」

 「俺、船が好きでさ。この辺の漁師さんに頼んでバイトさせて貰ってんの」

 「オアっ、マジか?」

 「あの日は地元の子供達を呼んで地引網のイベントがあってさ」

 「平日だろう?」

 「ああ、授業の一環みたいだぜ」

 「地元の産業何とか〜みたいな?」

 「田舎だからな」

 タケシは赤い顔で笑う。


 「じゃあ、タケシは船舶系に進むのか?」

 「そうだな。どっちかと言えば海だな」

 タケシは吹き抜ける風を汗に感じながら涼しそうに言う。


 (すっげえ〜良い感じだな〜、タケシは・・・)

 弥太郎はタケシの背中を”バシバシ”と叩く。


 「オワっ、イッテ〜じゃん。何すんだよ〜」

 「お前があんまり良い奴だからだよ」

 「何だよ、それ?」

 タケシは汗をかき上げて笑う。


 「これから講義か?」

 「弥太郎は?取ってないのか?」

 「あれ?今日は何か必修ってあったっけ?」

 「流体力学の講義は?」

 「え?そ、そうだったけかな?」

 「忘れてるだろ?」

 「うわっ、やっべえ〜」

 弥太郎は慌てて時計を見る。


 「テキスト無しでも行けるかな?」

 「いいんじゃねえ?大体がプリントだし」

 「一応、行くかな、じゃあ・・・」

 「おう、顔だけ出しとけよ。ダメなら抜ければ良いんだし」

 「そうだな。そうする」

 弥太郎はミクに講義について連絡を入れた。


 「何だよ弥太郎?何か約束してたのか?」

 「ああ、ちょっとな」

 「何だよ?彼女かよ?」

 「いや・・・まだ、そんなんじゃないけどさ・・・」

 「お前、そう言うの早いんだな〜」

 タケシはニヤニヤと笑う。


 「べ、別にそう言うわけじゃあ無いんだけどな・・・」

 「出会っちゃったってか?」

 「う、ん・・・まあ、そう言うところかな・・・」

 「うっわっ、コイツ〜、マジ、ムカつくわ〜」

 タケシは弥太郎の首に腕を回して頭を”グリグリ”する。


 「や、やめろって・・・、タケシ・・・、ギ、ギブ・・・ギブ、ギブ・・・」

 弥太郎はタケシの足を”バンバン”と叩く。


 「ウシシシ・・・仕返しじゃ〜」

 タケシは弥太郎を解放して笑う。


 「タケシは彼女、居るのか?」

 「お、俺か?居るだろう?普通〜」

 「普通に居るんだ?」

 「普通だろう〜?」

 タケシはニマニマと笑っている。


 (まあた、何か企んでやがるな・・・タケシの奴・・・)

 弥太郎はタケシに振り返って言う。


 「また聞かせろよな?タケシ。惚気でも何でも聞いてやる」

 「お前、ちょっと偉そうだよな?弥太郎くん?」

 「やめろよ、気色悪いな〜」

 「お前もだろうが」

 タケシは弥太郎の頭を小突くと講義室棟に向かって急ぎ出した。


 「ほらっ、始まるぞ〜」

 「おわっ、マジだ。やっべ〜」

 弥太郎とタケシは急いで階段を駆け上がった。





 *





 弥太郎は午前の講義と午後の実習を終えて、ようやく図書館へと向かった。


 ”遅くなってゴメン”弥太郎

 ”大丈夫だよ〜”ミク


 端末でのミクとのやり取りが続く。


 「ゴメン、遅くなった・・・」

 「大丈夫だよ?トライくん?」

 ミクは立ち上がって弥太郎を迎える。


 「行こうか?」

 「うん」

 ミクは読んでいた本を片付けて来る。


 ミクと弥太郎は揃って図書館を出ると駐車場へと歩き始めた。


 「ミクは自転車はどうする?いま、車に積んで行こうか?」

 「車に載るの?」

 「まあ、ちょっとはみ出るけど・・・」

 「そう。でも、それならまたにする」

 「分かった」

 

 弥太郎はミクを助手席に座らせるとドアを閉めた。


 ”バタンッ”


 「よっし。シートベルト絞めて?」

 「OK」

 「じゃあ、俺のアパートに向かって行くか?」

 「おー♪」

 ミクは腕を上げて楽しそうに笑う。


 車は何事もなく弥太郎が借りているアパートに着いた。


 「着いたよ〜」

 弥太郎はシートベルトを外して外へ出る。


 遅れてミクも車から出て来た。


 「ここ?」

 ミクはアパートを見上げて言う。

 「狭そうだろう?」

 「そんなことないけど・・・」

 ミクは不思議そうにアパートを見上げている。


 「二階だからさ、そこの階段を上がって」

 「ここ?」

 「うん。そこ」

 弥太郎はミクを先に上げて後ろから付いて行く。


 「一番端っこの部屋だから」

 「ここ?」

 「うん、そこ」

 

 ミクは取っ手に手をかけてノブを動かす。


 ”カチャリッ”


 ドアは勝手に開いてしまう。


 「トライくん?開いてるよ・・・?」

 「えっ!?マジっ?」


 弥太郎はミクを通路に下げて、先に玄関に上がり込もうとする。


 「あらあ〜、弥太郎じゃな〜い、さっき、女の子の声がしたからビックリしちゃった〜」

 「ね、義姉さん!な、なんで、ここに〜?」

 「お義母さんから頼まれたのよね〜、弥太郎の様子を見て来て〜って」

 「ま、また、母さんの奴〜」

 弥太郎は慌てて玄関のドアを閉めようとする。


 「ああ、コラ、待ちなさ〜い。おネエちゃんの目は誤魔化せないわよ〜。その可愛い子を早くお家にお通ししなさ〜い」

 義姉は弥太郎を催促する。


 「ゴ、ゴメン・・・ミク」

 「ううん、大丈夫だよ、トライくん」

 ミクは嬉しそうに笑う。


 「えっ?い、いいの?」

 「トライくんのご家族に会ってみたいし」

 「マ、マジ?」

 「うん。私、友達も居なかったし、そのご家族と会うことも無かったし、何だか嬉しいの」

 「そ、そんなもんかな?」

 「うん!」

 ミクは”早く早く〜”と弥太郎を促した。





 *





 「え〜、改めまして〜、こちらが俺の兄貴の嫁で義姉になる絵里さんです」

 「初めまして〜。弥太郎の兄の響太郎の妻でーす。”エリ”って呼んでねん?」

 「エ、エリさん・・・?」

 「そう、”エリ”って呼んでいいのよ」

 「は、はい・・・」

 ミクは戸惑うように俯く。


 「う、ゴホゴホンッ。えっえ〜と・・・。それで、こちらが、”ミク”です」

 「あら〜、可愛いわね〜♪ミクちゃん?ミクちゃんって言うのね?歳はおいくつ?」

 「2、23です・・・」

 「まあ、23なのね〜。弥太郎と3つ違うのかしら?」

 「う、うん・・・。そ、そうなんじゃねえ・・・?」

 「やあだあ〜。もう、この子ったら照れちゃってえ〜。オホホホホホ」

 エリはいつになくハシャイで笑う。


 「それで?二人は付き合っているの?」

 「付き合ってねえーって・・・」

 「ええ〜っ、何よ〜、おネエちゃん邪魔しちゃった〜?二人のこと邪魔しちゃったの〜?」

 エリは腰を”フリフリ”して好い娘ぶりっ子をして見せる。


 (わ、わざとらしい・・・なあ・・・もう・・・ねえさんは・・・)

 弥太郎は見ないふりをして席を立つ。


 「二人ともお茶でいい?」

 「あら?ごめんなさいね、お茶も出さずに」

 エリはミクに向けて笑顔を見せる。


 「い、いえ・・・」

 ミクは特に気にしないようにして笑う。


 「ねえ、ところで、ミクちゃん?」

 「は、はい・・・」

 「誰かに付けられてるってことはない?」

 「えっ?誰かですか・・・?」

 「そう。あなた達がここに来てからずっと外で高級車が停まっているのよ。悪目立ちしすぎね・・・」

 エリは窓越しに車を見せる。


 「ヤマトさん・・・」

 「知り合い?」

 「は、はい・・・」

 ミクは俯く。


 「知り合いならここに上がってもらう?」

 「い、いえ・・・」

 「遠慮しなくていいのよ?どうせ、こんなボロ・アパートだし。狭いだけよ」

 「で、でも・・・」

 「何だよ?ネエさん?ミクを困らせるなよ?」

 「んまあ〜、弥太郎ったら、その邪険な言い方〜。何だかちょっといま、お姑さんの気分だわ、アハハ」

 エリは楽しそうに笑う。


 「ヤ、ヤマトさんが来ているみたいなの・・・」

 「オアっ、マジか〜。アイツ本当にミクのストーカーなんだなあ・・・」

 「た、多分、連絡先にGPS機能が付いてるのかなあ・・・」

 「その端末か?」

 「う、うん・・・」

 「ミクにとってはヤマトさんって何なんだよ?」

 「家族・・・。お兄ちゃんみたいな・・・かなあ・・・」

 「家族かあ・・・」

 「弥太郎?その人を呼んで来なさいよ、ここに」

 「えっ?マジかよ?」

 「真面目よ、大真面目〜」

 エリは弥太郎に詰め寄る。


 (う、う〜ん・・・マ、マジか・・・)

 弥太郎は渋々、玄関を出て外階段を下りて行く。


 「あ、あのう・・・?」

 弥太郎は車窓越しにヤマトに話しかける。


 ”ウィーンッ”


 パワーウィンドーが下がる音がする。


 「なぜ、お前がここに居る?」

 「げえっ!それは、俺のセリフっすよ、ヤマトさん」

 「俺はミクの迎えだ」

 「ミクの迎えって・・・。ヤマトさん、ミクの何なんっすか?」

 「兄だ・・・そうだ・・・」

 「普通の兄弟は、こんなことしませんって」

 「何?兄が妹を迎えに来ないのか?」

 「ヤマトさんって、生粋の一人っ子でしょう?」

 「ミクの母親がそう手紙で遺したらしいんだ・・・」

 「ヤマトさん、兄妹に夢を見過ぎっす・・・」

 「な、何〜っ?」

 「普通は、兄弟何ってお互いのこと知らないっす。ましてや、いまどこに居るのかなんて?」

 「俺はミクに足跡機能を付けているからな、ククク」

 ヤマトは端末の画面を弥太郎に見せつける。


 「ヤマトさん、マジ通報されるっすよ?」

 「何でだ?」

 「それ、ミクに同意を得て居ないでしょう?」

 「妹に同意が居るのか?」

 「当たり前でしょっ!そう言うところっすよ、兄弟に夢を見てるって言うのは。フワフワ〜っと、お花畑でしょうが、その発想が・・・」

 弥太郎は呆れてヤマトを見る。


 「ミクはなぜ、お前と居るんだ?」

 「俺のアパートでシェア・ハウスをしようって誘ったんっす」

 「お前のアパートで・・・?ここでか・・・?」

 ヤマトは犬小屋を見るような目でアパートを見渡す。


 「そりゃあ、狭いっすけど・・・。ミクが家に帰り辛いみたいだったから・・・」

 「ミクは俺の屋敷で暮らしているんだぞ?帰り辛い訳無いだろう?」

 「ヤマトさんってさあ・・・?」

 「な、何だ?小僧?」

 「ミクの気持ちを言葉で聞くってしないですよね〜?」

 「な、何だ・・・?それは?」

 「家族だからって何も言わなくても分かるとか・・・そう思って居ません?」

 「ち、違うのか・・・?」

 

 (その返事自体がヤマトさんの家族を物語っているんだよなあ・・・)

 弥太郎は苦笑する。


 「一緒に俺のアパートに来ませんか?」 

 「お前の部屋にか?」

 「ええ、まあ、狭いですけど・・・」

 「ミクが行くところならどこへでも行く。案内しろ」

 「はいはい・・・」

 弥太郎はヤマトを誘い込んだ。





 *





 「きゃはははは〜」

 甲高い笑い声が聞こえて来る。


 「な、何だあ〜?」

 弥太郎はヤマトを後ろに引き連れて玄関のドアを開けた。


 「あ〜、弥太郎〜、おかえり〜♪」

 「おかえりなさ〜い」

 ミクとエリが笑顔で玄関に向かって顔を揃える。


 「ミク、何をしているんだ?」

 ヤマトは弥太郎を押し除けて部屋に上がり込む。


 「お義母さん、新しい人が来ましたよ〜」

 エリは端末をヤマトに向ける。


 「何だ?これは?」

 「オンラインでトライくんのお母様とお話し中です」

 ミクは楽しそうに話をする。


 ”あらあ〜、そこの立派な男性はどなた〜?”

 弥太郎の母親・清(せい)は言う。


 「初めまして、ミクの兄のヤマトです」

 ヤマトは慣れた素振りで挨拶をする。


 ”あらあ〜、美男美女のご兄妹よね〜”

 「よく言われます」

 ヤマトは満更でも無いように答える。


 「何で、母さんまで呼んだのさ?」

 「ええ〜、せっかくだからミクちゃんを紹介したいじゃな〜い」

 エリは”シナシナ”として言う。


 ”こんなに早く義娘が二人も出来るなんて、お母さん、幸せだわ〜”

 画面上には清の嬉しそうな笑顔が溢れ出す。


 ”ところでねえ〜。弥太郎?”

 急に清は真面目な顔になって言う。


 ”そこのアパートは二人での利用は禁止事項だったからねえ〜。二人で住める場所を探すなら、そこを解約しなさいね〜。そこよりも足が出た金額は、自分でバイトして払いなさいね〜。お母さん、これ以上は仕送りできないからねえ〜”



 「えっ!母さん、それ、マジな話!?シェアって出来ないの?ここのアパート?」

 ”そうだよ〜、知らなかったのかい?弥太郎は?”


 「し、知らないよ・・・」

 

 弥太郎は”ガクリッ”と床に両膝を着く。


 「フンッ。ガキが・・・」

 ヤマトは勝ち誇ったように腕を組む。


 「それでさあ〜、思ったんだけど〜」

 「な、なんだよ・・・ネエさん・・・?」

 弥太郎は泣きそうになって言う。


 「ミクちゃん、私とシェア・ハウスって、どうかしら〜?」

 「えーっ!?な、何で・・・ネエさんと・・・?」

 ミクは弥太郎と顔を見合わせる。


 「ほらあ〜、私もさあ〜、弥太郎がこっちに来て〜、響太郎が消えた土地に住んでるじゃなあ〜い?私もさあ・・・ここに来て住んでみたかったんだよね・・・響が居た場所に・・・」

 エリは切なそうに言う。


 「そう言うことでしたら不動産、ご紹介いたしましょう」

 「ええ〜っ?いいんですかあ〜?」

 「ミクもお世話になるなら尚の事です」

 「ミ、ミクは、そ、それでいいのかよ〜?」  

 「うん♪いいよ、お姉さんって私、すごく憧れるし」

 ミクは念願かなって嬉しそうな声で話す。


 「よし、決まりだな。物件はすぐに用意できる。もういくつか候補が上がっているからな」

 「よ、用意が早いっすね・・・」

 「小僧、この土地は俺たちの庭だぞ?すぐに用意できる物件なぞ、いくらでもある」

 「へ〜い・・・」

 弥太郎は一人だけ落ち込む。


 ”弥太郎〜。元気出しなさ〜い”

 清が画面越しにハッパをかける。


 「俺だけ一人じゃん・・・」

 弥太郎は”ボソリッ”と呟く。


 「泣くな、弥太郎」

 エリは弥太郎の肩を抱いて”ヨシヨシ”をする。


 「フフ。バ〜カめ、小僧・・・」

 ヤマトは余裕の視線を弥太郎に送る。


 「ごめんね、トライくん・・・」

 「ミクのせいじゃ無いさ・・・」

 「そんなに言うなら一軒家を用意してやろうか・・・?」

 「ええっ!?一軒家〜?」

 「ああ、海の家として使われて居たような海沿いの離れだ。庭から出ればプライベート・ビーチだな」

 「ええーっ、マジっすか?」

 「お前も見に来れば良いだろう?」

 「す、すっげ〜」

 「弥太郎もお友達を呼んでバーベキューでもしましょうよ?」

 「いいのかあ〜?ネエさん?そんなことして〜?」

 「良いわよう〜。ネエさんも腕をふるうわ〜♪」

 ”まあ〜、賑やかで楽しそうだこと〜”

 「お義母さんも来てくださいよ」

 ”楽しみにするわ〜”

 「女子会ですね?」

 ”あらあ〜、いいわね〜。美人に囲まれて母さん幸せだわ〜”


 (お、お〜い・・・実の息子さん、ここにまだ居ま〜す・・・)

 弥太郎は困った顔で画面を覗き込む。


 ”それじゃあ、ヤマトさん子供達をよろしくお願いします”

 清は画面越しに頭を下げる。


 「お任せください、お母さん」

 ヤマトは如何にも紳士そうに答えた。


 「ヤマトさんって、良い人なんっすね・・・」

 「俺が悪い人に見えるのか?」

 「どう見てもワンマンっすよねえ・・・」

 「お前は違うのか?」

 「お、俺・・・?違うっすよ・・・た、多分・・・」

 「お前はそんなことで一人の男として責任を持てるのか?」

 「えっ?責任っすか?」

 ヤマトはミクに視線を送る。


 「俺はミクの幸せを見たい。その為なら手段を選ばない」

 「それで、行き過ぎて居ると・・・いっつも・・・」

 「何か言ったのか?小僧?」

 「い、いいえ・・・。別に・・・」

 「お前がミクを幸せにしたいのなら俺にそれを見せてみろ?」

 「へ、へえ〜・・・。俺にそれを許してくれるんだ・・・。どう言う風の吹き回し・・・?」

 「お前だけだ、こうやってミクに本気で向き合おうとして来た奴は」

 「アンタもだろう?ヤマトさん?」

 「俺は、”兄”らしいからな・・・。ミクを女にしてやれなくなった」

 「やれなくなった・・・って、それまでは、してたのかよ?」

 「無論、ミクの初めては俺が奪った。一生守るつもりでな・・・」

 「ふ、ふ〜ん・・・」

 弥太郎はミクの母親のことを思う。


 (ミクの母さんはどう思ってるんだろうなあ・・・?何を思って遺書に残したんだろう・・・?)


 「トライくん・・・?」

 ミクが弥太郎に近づいて言う。


 「ヤマトさんとのことは私たちの罪なの、許して・・・」

 「古い因習のことか?ミク?」

 「私たちの習わしは世間様には許されることでは無かったわ・・・」

 「でも、俺もミクもそれを知らずに生まれて来て居る・・・。分かって貰えるだろうか・・・?」

 「ミクもヤマトさんもその習わしから逃げたいんだろう?」

 「終わりにする。そう決めたんだ」

 「うん」

 ミクとヤマトは頷く。


 「いいんじゃねえ?カッコいいよ、二人とも・・・」

 弥太郎は二人を見つめる。


 「ねえねえ、三人で何、難しい顔をして居るの〜?」

 「うわあ〜っ、ネエさん!母さんはもう良いのかよ?」

 「うん、お義母さん、もう寝るからって。切られちゃったから」

 エリは”テヘヘ”と笑う。


 「そうか、もう、そんな時間か。よし、では、俺はこれで帰るとしよう・・・」

 ヤマトは一人で立ち上がる。


 「ミクちゃんは、ここで泊まって行って〜」 

 エリは言う。


 「三人は狭いじゃん?」

 「何言ってんのよ〜、弥太郎は、私が泊まって居るホテルに行ってちょうだいね〜」

 「はあ〜っ?何で、俺が〜?」

 「だあって〜、ミクちゃんのこと気に入っちゃったし〜。もっとお話ししたいんだも〜ん」

 「ええーっ、そ、そんなあ〜」

 弥太郎は、脱力して背中に向けて床に手をつく。


 「ほらっ、小僧、立つんだ!」

 ヤマトは弥太郎の襟首を掴み上げる。


 「うわっ!マジで〜」

 弥太郎は子猫のようにヤマトに掴み上げられる。


 「弥太郎くん、ごめんなさい。今夜だけ、お部屋をお借りしますね?」

 「ああ、うん。ここにある物は全部、好きに使って良いからね」

 「怪しげな物は無いのかなあ〜?弥太郎は〜?」

 「あ、有る訳無いだろう〜」

 弥太郎は足を”バタバタ”させる。


 「ミクももう子供では無い。心配するな、小僧」

 「へいへ〜い・・・」

 弥太郎は観念して玄関のドアを閉める。


 「じゃあな、小僧」

 「ヤマトさんも大概っすよね・・・」

 「フンッ。何とでも言え」

 「はあ・・・。ミ、ミク〜・・・」

 

 弥太郎は”トボトボ”と階段を下りて行く。


 「く、くっそ〜。お、俺の青春を返しやがれ〜・・・」

 弥太郎は、まさかシェアが出来ないアパートを恨めしく見上げた。

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