第4話 遺品
○遺品
「はあ〜い、いらっしゃ〜い」
店の奥から年配の女性の声が聞こえる。
「あら、あんた達?今日は遅かったじゃ無い?」
「トメさん、今日も若いねえ〜?」
「まあたあ〜、ミノルは調子のいいこと言って〜?」
「ミノルのお調子はいつもじゃん?」
「ソウ!お前だって〜」
「アイテテテテッ・・・」
ミノルはソウの耳たぶをつねる。
「アンタ達は?新入りさんかい?」
「えっ?ああ、はい」
「こ、こんばんわ・・・」
「はい、こんばんわ。まあ〜、随分と別嬪さんだこと〜」
「だろう〜?」
ミノルが答える。
「ソウちゃん、ヒメちゃんはこの子のこと知ってるのかい?」
「さあ、知らねえんじゃねえの?」
「おい、トメばあ、余計なこと言うなよ〜」
「さあてねえ〜」
トメばあは、白を切る。
「ヒメちゃんって?誰さ?」
「ああ、ミノルの幼馴染」
「ヒメちゃんは、ミノルちゃんの恋人さあ〜」
「おい、ばあさん、そのミノルちゃんってやめろよ。俺たちもう二十歳だぜ?」
「だってねえ〜」
トメばあは、”クスクス”と笑い出す。
「なあ、俺ちょっとゴメン、トイレ」
「ああ、坊や、そこ入って左だよ?」
「はいはい。ありがとうございます」
弥太郎はトイレへと入った。
カウンターにはミクとトメばあだけが残された。
”おばあさん、こんばんわ・・・”
”シーッ。ここでは、黙っておきな・・・”
”はい・・・”
ミクとトメばあは、知らない者同士を決め込んだ。
「お〜い、弥太郎?何にする?」
トイレから出て来た弥太郎をミノルたちが呼び寄せる。
「ミクも行こうぜ?」
「う、うん・・・」
”おばあさん、ごめんなさい・・・”
ミクはトメばあに目配せをする。
トメばあは、”行け行け”と手をヒラヒラと前後させた。
「ミノルとソウは?いつも何を頼むんだ?」
「俺たちは、その日の残り物定食って決まってんだ」
「えっ?何だよそれ?」
「俺たち常連の特権〜♪」
ミノルは胸を張って見せる。
「お、おあ〜っ。マ、マジかあ〜」
「マジ、マジ」
「それでミノルはいっつもリップ・サービスを振りまいてるんだもんな?」
「ち、ちっげえ〜よ〜」
「媚びてんだろう?トメばあに?」
「ノーノー、愛だろ?愛?」
「だあれが、愛だって〜!」
「う、うわあっ!ヒ、ヒメ〜っ。お前、何だってここに居るんだよ?」
「トメさんから連絡が来たの。オタクの亭主が浮気してるって」
「はあ〜?ばあさん、マジかよ〜?」
ミノルは恨めしそうに天井を見上げる。
「て言うか、ソウ?何で女の子が居るのよ?」
「えっ?俺〜?とばっちり食うの俺かよ〜?」
ソウは靴を持ってカウンターへと逃げ出す。
「あなた達見ない顔ね?」
「コイツら新入りだからな〜」
「そうなのミノル?新しい子にもう手を出しちゃったの?」
「はあ〜?人聞きの悪いこと言うなよ〜。なあ?渡来?ミクちゃん?」
「えっ?ああ、うん・・・」
「こんばんわ、初めまして」
ミクはヒメに声をかける。
「ふう〜ん・・・」
ヒメはマジマジとミクの顔を見回す。
(う〜ん・・・。どっかで見たことがあるような・・・無いような・・・)
ヒメは首を傾げる。
「ヒメちゃんのチェックが入ってる〜?」
ソウが後ろから言う。
「べ、別に、そんなんじゃないし・・・」
ヒメは口をトンがらせて言う。
「あなた達、付き合って居るの?」
「えっ?な、なんで、きゅ、急に?」
「心配なんだよな?ヒメは?」
「そんなんじゃないって・・・」
「えっ?ど、どう言うこと・・・?」
「ヒメはミノルにゾッコンな訳」
「えっ!えええっ〜」
「ちょっと、アンタ失礼ね〜。そんなに意外な訳?私とミノルが?」
ヒメは腰に両手を当てて仁王立ちになる。
「い、いやあ・・・、そ、そう言うことじゃなくてさあ・・・」
「じゃあ、何よ?」
(てか、ミノルって彼女居たんじゃん・・・)
弥太郎は苦笑いする。
「何、ニヤニヤしてんのよ?」
「えっ、いや、これは、別に・・・」
弥太郎は挙動不審を見せる。
「ミノルに彼女が居て驚いてるんだよな?渡来は?」
「そ、そうだよ、ソウ。や、ややこしいな、お前の名前・・・」
「ちょっと、新入りくん?」
「は、はい・・・?」
「ミノルに女の子紹介しろって言われたんでしょう?」
「えっ?」
弥太郎はミノルに視線を送る。
ミノルは気づかないふりをして横を向く。
(え、えええーっ・・・)
「紹介してって言われたでしょう?」
「は、はい・・・」
(すまん、ミノル・・・)
弥太郎は心の中で謝る。
「そんなことだろうと思った〜」
「へっ?」
「ミノルって、私一筋な訳。だから、変な誘惑しないでね?」
「えっ?」
「お・ね・が・い」
ヒメは両手を合わせてウィンクをして見せる。
(こ、こえ〜・・・。俺、ぜってえ〜逆らえない・・・。こ、怖すぎる・・・)
弥太郎は”ゾゾゾー”と鳥肌を立たせる。
「は〜い、おまちどうさま〜。今日の残り物定食ね〜。あんた達、みんな一緒で良かったでしょう?」
「ああ、はい。いただきます」
「おわっ!今日っていつもより豪華じゃん?」
「唐揚げ入ってるし!」
「それにこれって、おいなりさん?」
「何かの祭り?」
「今日は新しいお客さんを連れて来てくれたからさ、お礼だよ」
「うお〜、超!ラッキーじゃん」
「また、新しい奴、連れて来ようぜ?」
「おう!」
ソウは、トレーを持って、カウンターからテーブル席へと戻る。
「ねえ?トメさん?」
「何だい?」
「あの娘ってさあ〜?」
「何だい?」
「えっ・・・、あっ、う、ううん・・・何でも無い・・・」
トメばあは沈黙したままだった。
ミノルとソウは食べ終わるとヒメとトメばあとカウンターで話し始めた。
テーブル席には弥太郎とミクだけが残された。
「おいなりさんって懐かしいなあ・・・」
「えっ?そう?何か思い出があるの?」
「うん・・・。おばあちゃん・・・」
「おばあちゃん・・・?」
「うん・・・。そう・・・」
ミクはこっそりとトメばあを見つめた。
「ミクはさあ、どうして大学に戻ったの?」
「ああ、私ね・・・」
「うん?」
「翻訳家に憧れて居てね・・・」
「翻訳家・・・?このAI全盛に向かう時に・・・?」
「やっぱり、トライくんもそう言うのね?」
「やっぱりって・・・。他にも言われたのか?」
「うん・・・」
ミクは俯く。
「ゴメン、ミク。否定のつもりじゃなかったんだ・・・」
「いいの、いいの。全然、気にしないで」
ミクは顔を上げて笑う。
(やっぱ、可愛いなあ・・・)
弥太郎は年上のミクの横顔を可愛いと見つめてしまう。
「AIも良いけど・・・。人間の言葉もイイなって・・・」
「人間の言葉?」
「そう。同じ文章でも感情に揺れたり、異なる色合い、情景を見たり・・・。それって、正しいとか正確とは明らかに異なったとしても、人間同士だから伝わることってあると思うの・・・」
「へえ〜。ミクってそう言う物の見方をするんだ?」
「うん・・・。そうやって、見て行きたいの・・・。ウフフ」
ミクは楽しそうに笑う。
(へえ〜。やっぱりミクは俺よりもずっと大人なんだなあ・・・)
弥太郎は嬉しくなってガツガツと口一杯におかずを頬張る。
「トライくんは?どうして?」
「はっふ。お、おれ・・・?」
弥太郎は呂律の回らない口で答える。
「うっ・・・」
弥太郎は急いで水を飲み込む。
”ドン!ドン!ドン!”
弥太郎は胸をつまらせて、”ドンドン”と胸を叩いた。
「だ、大丈夫?」
ミクは、水が入ったコップを差し出して弥太郎を見つめる。
(マ、マジ可愛いなあ・・・ほ、惚れる・・・)
弥太郎はミクが差し出したコップをつかむとミクの腕ごと掴んで水を飲み干した。
「ぷっはあ〜!」
”ドンッ!”
っと、弥太郎はコップをテーブルに置いた。
ミクは、あまりのことにキョトンとして弥太郎を見つめる。
「だ、大丈夫・・・だった・・・?トライくん?」
「あっ?ああ、うん・・・。バ、バッチシ」
弥太郎は自分でも何を言って居るのか分からない。
ミクはカバンからティッシュを取り出すと笑いながら弥太郎の口まわりを拭いた。
「トライくん、ちょっと慌てすぎだよ?」
ミクは笑顔を崩さない。
(俺、マジ好きだわ・・・)
弥太郎はミクの腕を思わず掴む。
「トライくん?」
ミクは動きを止める。
「うっ?わああ〜っ、ああ、ご、ごめん、ごめん」
弥太郎は思わずミクの腕を放した。
(あ、あっぶねえ〜・・・)
弥太郎は胸を撫で下ろす。
「ふう〜」
弥太郎はもう一杯水を飲もうとしてコップを掴む。
「おい、渡来?」
「おおう。何だよ?ソウ、ミノル?」
「俺たちヒメと一緒に帰るからさ、お前さん、ミクちゃんを送ってやりなよ?」
「えっ?お、俺〜?」
「お前しか居ないだろうが?」
「ま、まあ、そうだけどさ・・・」
ミノルとソウが店の隅に弥太郎を手招きする。
「俺たちがイイことを教えてやる・・・」
「な、何だよ?」
「カー・セッ・・・」
「ま、待て待て待て待て!な、何を言おうとしてるんだ?!」
「何だよ、渡来?夜のお楽しみを知らないのかよ?」
「そ、そうじゃなくって・・・」
「とにかくだ、夜の汗をアンアンかきたいなら、オススメの場所があるってことだ・・・」
「いいか・・・ヒソヒソヒソ・・・」
男達三人は何やらニヤニヤしながら話し込む。
「まあた・・・、あの子達・・・」
ヒメは呆れてトメばあに言う。
「ヒメちゃんも大変だねえ〜。フフフ」
「トメさん、笑い事じゃ無いってば〜」
ヒメはカウンターに突っ伏す。
「・・・と言う訳だ、うむ!」
「よし!行け!渡来!」
「はあ・・・、まあ・・・、ボチボチ・・・」
弥太郎は魂が抜けたようにヨロヨロと歩き出す。
「トライくん?大丈夫?」
「えっ?ああ、うん。だ、大丈夫だからさ・・・、アハハハ」
弥太郎はやけに乾いた笑いを響かせる。
(あんにゃろ〜。エロいことばっかり吹き込みやがって〜)
弥太郎はニヤニヤとこちらを見つめるミノルとソウを見つめ返す。
「そろそろ帰る?ミク?」
「うん。トライくんも、もういいの?」
ミクはミノル達に視線を送る。
「ああ、いいの、いいの。あいつらももう、お開きだから」
弥太郎はミクに見えないようにして、二人に舌を出して戯ける。
「ミノルくん、ソウくん、今日は、ありがとう」
「どういたしまして〜」
「また遊ぼうぜ?」
「うん、ありがとう」
ミクは二人にお礼を言うとカウンターへと向かう。
「ヒメさん、お邪魔しました」
「ああん〜?別に邪魔なんかじゃないわよ。またいつでも来なね?」
「うん。ありがとうございます」
「また、いらっしゃい?」
トメばあもミクに声をかける。
”はい。おばあさん・・・”
ミクは、小声で頭を下げた。
「んじゃ?先に出るからな?またなあ〜」
「おう!会計もありがとうな。結局、俺たちお前らにご馳走になっちまったし」
「いや、ほとんど、ミクの会計・・・」
ミクは”ううん・・・”と首を横に振る。
車に乗り込むと弥太郎はミクに行き先を聞く。
「家まで送る?大学に戻る?」
「大学まで戻ってくれる?」
「自転車で帰るのか?危なく無いか?」
「大丈夫でしょう・・・?ライトも点くし、街灯もあるし・・・」
「俺、送ってもいいよ?」
「うん、でも・・・」
ミクは鈍い反応を示す。
「まあ、いいや。とりあえず、大学に戻ろうぜ?」
「うん。よろしくね」
ミクは笑顔で頷いた。
*
大学まで戻るとミクの自転車に向かって、一台の車からライトが照らされて居た。
「うっわあ〜。高級車じゃん・・・。どこの誰だろう・・・?」
弥太郎は眩しくて見えない車の向こうを見つめる。
「ヤマトさん・・・」
ミクが隣で呟く。
「えっ?」
弥太郎が振り向く前にミクは車を降りて、ライトに向かって歩いた。
”バシッ!”
ミクの頬が叩かれる音が駐輪場に響き渡る。
「どこで何してやがった?このアマが!」
男は厳つい声で囃し立てる。
「お食事に行って居たの・・・」
「誰と?」
「お、お友達・・・」
「お友達だとお〜?お前に友達なんて居ない、常識だろうが?もう、忘れたのかよ?」
「い、いいえ・・・」
「じゃあ、誰だよ?」
ミクは黙って答えない。
「おい!お前、今朝の下衆野郎だな?」
弥太郎はライトの前に飛び出した。
「ああ〜ん?また、コイツか〜?まだ、分からないのか?頭、悪いな〜、お前?」
「お前の口ほどじゃ無いけどな?」
「ああ〜?ガキが、生意気なんだよ」
ヤマトは弥太郎ににじり寄る。
「や、やめて・・・。やめてください、ヤマトさん・・・」
ミクは両手をヤマトの胸に当てて押し戻す。
「ふう〜ん。お前は、コイツを身を挺して守るのか?」
ヤマトはミクの両腕を掴み上げる。
「放して〜!って、言わないのかよ?」
「言いません・・・」
ミクはヤマトから顔を背ける。
「イイ加減に俺たちの関係をソイツの前で見せてやれよ?」
「えっ?」
ミクは驚いてヤマトに顔を向ける。
ヤマトはミクの両腕を押さえて、ミクの唇を自身の唇で塞いだ。
「ううっ・・・」
ミクは思わず仰け反る。
ヤマトはミクに被さるようにして、ミクの口内に舌を入れ込む。
「ああっ・・・ううっ・・・」
ヤマトは舌を抜き出すと唾を滴らせながら弥太郎に言う。
「お前達はまだ、こういうキスはしたことが無いんだろう?ガキが?」
「相手が嫌がるキスなんてするかよ?下衆野郎」
「は、放してください・・・」
ミクは抵抗を示した。
「ふう〜ん。面白く無いな・・・」
ヤマトはミクの腕を引っ張る。
「コイツは俺が連れて帰る。ご苦労だったな、小僧?」
「はあ〜?何、言ってるんだよ?」
「お前、まだ何も聞いてないのか?」
「な、何をだよ?」
「コイツは俺の家に居候してるんだよ」
「な、な、な・・・、い、居候って・・・?」
「信じられないって顔をして居るな?」
「う、嘘だろう・・・?」
弥太郎はミクに視線を移す。
「ごめんね・・・トライくん・・・」
ミクは抵抗を諦めて、ヤマトに従順を示す素振りを見せる。
「そ、そんな・・・」
弥太郎はガックリとアスファルトに両膝を着いた。
「やっと、分かったのか?ガキが?バ〜カ」
ヤマトはミクの腕を強引に引っ張って、ミクの体を車内に押し込んだ。
ヤマトが運転する車は弥太郎を残して静かに走り去る。
(そ、そんなことって・・・)
弥太郎はショックからなかなか抜け出すことが出来ない。
「お、俺・・・」
弥太郎は悔しさから涙を滲ます。
(ぜって〜、このままじゃ、済ませねえ〜・・・)
弥太郎は悔しさだけでなく、執念の炎を心に灯した。
「俺の夢・・・。ミクの夢・・・。俺たちの夢・・・。まだ諦めたりしない・・・。絶対だ・・・」
弥太郎はアスファルトに溜まった涙の水たまりに自らの情けない顔を映し出す。
「いまの俺、すっげえ〜、ダサい。かっこわりい〜」
弥太郎は、”グズリッ”と、鼻水を啜り上げる。
「でも、見てろよ〜」
弥太郎は、泣き顔の後ろに光る満月に自身の顔を写した。
(同じ水たまりに映る俺の顔・・・。満月に映せば明るくなる・・・。アイツだって、俺と同じ人間だ・・・。俺は、学生だとか、金が無いとか、そんな言い訳はぜって〜しない。ミクの為だとか、そんな偽善も要らないんだ・・・)
弥太郎は顔を上げて月夜を見上げる。
「亡くなった兄さん?俺を見て居てくれ?俺は、俺は、オレらしくやるよ?見守っててくれ!」
弥太郎は月に向かって拳を大きく突き上げる。
「うお〜!よっしゃあ〜!」
弥太郎は涙の水たまりを蹴散らすと、実兄の遺品である古い中古車へと戻った。
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