第3話 その先へ

○その先へ


 弥太郎たちの午後の講義は実習だった。


 「お〜い、これどうやってやんの〜?」

 「それ、こっち引っ張って」

 「えっ?これ?」

 「そうそう、それだよ、それ」


 今日は機械を使っての材料強度の実験だった。


 「破断面は世界に一つ。何を破断しても破断した凹凸がピッタリ合わさるのはその一組だけだからな〜」


 実験を説明する講師たちの声が実習棟内に響いた。


 「ねえ?君?」

 「えっ?はっ、はいっ?」

 「新入生?」

 「俺、編入っす」

 「どおりで見たことが無い顔だ」

 「はあ、すいません・・・」

 「イヤ、良いんだ。僕はここで助手をしている原野だ。よろしく」

 「助手って・・・・?峯岸研の広田さんと同じっすか?」

 「ああ、広田とはほぼ同期だけど?君は、峯岸研に入ったの?」

 「はい。広田さんとは今朝お会いしました」

 「そう。彼も長いけど、お互いによろしくね?実習で分からないことがあったら何でも聞いて?」

 「はい。俺、渡来弥太郎って言います」

 「渡来くんね、よろしく」


 原野は実験棟内を見て回った。


 「お前?新入り?」

 「えっ?ああ、うん」

 「俺とコイツ、佐藤と西田な。よろしく」

 「よろしく」

 「ああ、うん。よろしく。俺、弥太郎。渡来弥太郎」

 「渡来くんか」

 「んじゃあ、渡来な」

 「ああ、うん」

 弥太郎はゴーグルを外して頷く。


 「へえ〜。お前、ゴーグルを外すと色白でさっぱりしてんな?」

 「えっ?そういうこと言われたの初めてかな・・・」

 「言われたことないんだ?」

 「ああ、うん、まあ・・・」

 「てか、お前、こっちの人間じゃないよな?」

 「ああ、うん。やっぱり分かるか?」

 「そりゃあ、だって、俺たちを見ろよ」


 佐藤と西田は揃ってゴーグルを外して見せる。

 「ほらな?」


 ゴーグルの下には二人とも日に焼けた顔を覗かせる。

 「俺たち田舎だからさ、日焼けが板に付いちゃってるワケ」

 「野生児だな」

 「おう」

 佐藤たちは力こぶを隆起させて見せる。


 「サーフィンでもやってるのか?」

 「ああ、俺たち、波にも乗るぜ?」

 「渡来は?何かやってるのか?」

 「俺は・・・。メカいじりかな?」

 「ああ、そっち系か?」

 「趣味と実益を兼ねちゃってるワケだ?」

 「そう言うんじゃないけどさ・・・」

 「まあ、いいじゃん。遊びたくなったら俺たちに言えよ?俺たちはここが地元だからさ。山でも海でも連れて行ってやるぜ?」

 「おあっ!マジか?サンキュー」

 「おう、その代わり・・・」

 「その代わり・・・?」

 「可愛い子が居たら俺たちに紹介すること。いいな?」

 「か、可愛い子って・・・」

 「渡来の地元でも良いぞ?俺たち都会デビューもしたいしさ」

 「都会の新鮮な空気も吸ってみたいじゃん?」

 西田は笑う。


 「都会って・・・。そんなに変わらないさ、ここもどこも・・・」

 「そうなのか?」

 「何か期待しちまったな?」

 「悪い、ガッカリさせちまったな・・・」

 「いや、そうでもないぜ」

 「そうそう。可愛い女の子だけはよろしくな?」

 佐藤は目配せをする。


 「何だよそう言うことか・・・」

 「何だよって、何だよ?」

 「いや、別に」

 佐藤と西田、弥太郎は、本能のままに笑い合う。


 「よっし、残りの実験もやっちまおうぜ?」

 「レポートもよろしくな?」

 「えっ?」

 「渡来も一緒にやろうぜ?」

 「ああ、うん、いいぜ」

 「おっし、決まり!」

 「じゃあ、後でな」


 3人はゴーグルを付け直すとそれぞれに持ち場へと散った。



 




 *






 弥太郎たちが実験を終えて、大まかにレポートをまとめ上げると、外はすっかりと暗くなって居た。


 「お〜い、渡来?お前、飯は?」

 「ああ・・・、家帰って食うよ」

 「一緒に食べて行くか?」

 「いいのか?」

 「地元の安い店を教えてやるって」

 「おお〜♪マジ助かる〜」

 「じゃあ、行こうぜ?」

 「ああ、俺、車だから乗ってく?」

 「おお〜、渡来の車?見たいじゃん?」

 「古い中古車だぜ?」

 「いいじゃん、中古車。愛情たっぷりなんだろう?」

 「うん、まあな・・・」

 弥太郎は言葉を濁した。


 弥太郎たちが駄弁りながら構内を歩いて居ると、街灯に寄りかかるミクの姿を見つける。


 (ミク・・・?)


 弥太郎はミクを見つめる。


 ミクは弥太郎たちの話し声に気づいて、こちらに向かって歩き出そうとする。


 「あああ・・・!ちょ、ちょっと、ゴメン!」

 弥太郎は佐藤たちに謝る。


 「ちょ、ちょっとだけ、時間をくれるかな?」

 「何だよ?渡来?」

 「いいけど、別に・・・」

 西田と佐藤は互いに顔を見合わせる。


 「ご、ご、ご、ごめん・・・。ちょっとだけ、すま〜ん・・・」


 弥太郎は二人に頭を下げるとミクの方へと駆け出した。


 「トライくん・・・」 

 ミクはその場に立ち止まる。


 「ミク・・・?どうしたんだよ?誰かを待って居るのか?」

 「ううん・・・」

 「そ、そうか・・・。じゃあ、どうして、ここに・・・?」

 「ちょっと、帰りづらくて・・・」

 「家にか?」

 「う、うん・・・」

 ミクは下を向いて気まずそうに言う。


 (ミク・・・。何かあったのかな・・・?)


 弥太郎はミクに近づいて行く。


 「自転車は?ここに置いて行くのか?」

 「う、うん・・・。どうしようかな・・・」

 「俺たち、いまから飯に行くんだ。ミクも一緒に行かないか?」

 「えっ?」

 ミクは思わぬことに顔を上げる。


 「地元の安い店を教えてくれるってさ、同じクラスの奴らが」

 「トライくん、もうお友達が出来たの?」

 「えっ?ああ、うん。ミクは?」

 「わ、わたしは・・・」

 ミクは再び下を向いて黙ってしまう。


 「おい、渡来?」

 「その、美人さんは?誰〜だあ〜?」

 「ああ・・・、うん。今朝、ここで出会ってさ・・・」

 「何だよ、渡来?お前、メッチャ手が速くないか〜?」

 「そ、そう言うんじゃないって・・・」

 「いいよ、いいよ、隠すなよ。俺たち邪魔なら消えるって」

 「なあ?西田?」

 「邪魔じゃないって・・・」

 弥太郎は焦りを見せる。


 「私も行きたい・・・」

 「へっ?」

 「トライくんたちと一緒にご飯に行きたい・・・」

 「マ、マジでいいの?」

 「わたしも混ぜて?」

 「えーっ!マジで〜?」

 「美人さん?本当にいいの?俺たちで?」

 佐藤と西田は浮かれて言う。


 「ミクが良いなら、行こうぜ?」

 「うん!よろしくね?」

 「やったー、美人様一名ゲット!おっと、ああ・・・、俺、佐藤実。ミノルって呼んで?」

 「ミノルくんね?」

 「俺は、西田創(はじめ)。”はじめ”って名前だけどみんな”そう”って呼ぶから、”ソウ”で良いよ」

 「ソウくんね?私はミク。ミクって呼んでね?」


 「ミクちゃんかあ〜。かあ〜わ〜いい〜」

 西田は鼻の下を伸ばして言う。


 「女の子が入ったからさあ〜、ちょ〜っと、良い店に行く〜?」

 「お前、ミノル、また、そういう下心丸出しなことを言うよなあ〜」

 西田は佐藤の頭を”グリグリ”する。


 「イッテえ〜なあ〜、ソウ!俺なりに気を使ってやってんだぜ?」

 「見え見えなんだよお前は〜?」

 佐藤は照れ隠しで笑って見せる。


 「そういう気遣いは要らないわ?」

 ミクは、ハッキリと男たちに言う。


 「ソウもミノルも、最初から俺と行こうとして居た店に行こうぜ?」

 「何だよ、弥太郎?安い店で良いのかよ?」

 「俺だって、そんなに金が無いしさ・・・」

 「まあ、俺たちも同じようなものか?」

 「お金なら心配しないで?」

 「えっ?美人さんに払わせる気なんて無いっすよ?いくら俺たちでも?」

 「そうっすよ」

 「クスクスクス。3人ともまだ学生さんでしょう?」

 「ミクちゃんだって学生じゃあ・・・?」

 佐藤と西田は互いに顔を見合わせる。


 「私は、社会人でもあるから」

 ミクは楽しそうに笑う。


 「へえ〜。笑うと可愛いんだなあ〜」

 「俺も右に同じ」

 「俺たち男三人は、揃ってミクにメロメロ。そう言うことだろう?」

 「おい、弥太郎〜。そう言う言い方するなよ〜」

 「いや〜、だってさあ・・・」


 「クスクスクス・・・」

 「フフフフ・・・」

 「アハハハハ!」


 ミクはお腹を抱えて笑い出した。


 (やっと笑えたんだな・・・)


 弥太郎は昼間に見たミクの泣き出しそうな顔を思い出す。


 「よ〜し、いざ!出発♪」

 「目指すは、トメばあさんの定食屋♪」

 「おう!いいね〜♪」

 「弥太郎?早く来いよ、車どこだよ?行こうぜ?」

 「お、おう!」


 弥太郎はミクに振り返る。


 「行こうぜ?」

 弥太郎はミクの腕を掴んだ。


 「待って、トライくん?」

 「ん・・・?ミク?」

 「昼間はゴメンなさい・・・。私・・・、それが言いたかったの・・・」

 「そんなこと・・・。ミクが気にすることじゃ無いさ」

 「で、でも・・・」

 「良いから、早く♪」

 弥太郎はミクの体を引き寄せる。


 「トライくん・・・?」

 「俺、ミクを笑わせるためなら何も惜しまないから」

 「えっ?」

 「ミクは笑顔が一番ってこと♪」


 「きゃあっ!」

 弥太郎はミクの頬にキスをしようとする。


 「驚いた?」

 「う、うん・・・」

 「これは、あの野郎への宣戦布告」

 「宣戦布告・・・?」

 「俺たちだって男なんだぜ?」

 「トライくん・・・?」


 (好きな女の子を幸せにするのは、人それぞれだってこと・・・。俺たちには俺たちの幸せがある・・・。アイツの”それ”だけがミクの幸せじゃあ無い・・・。俺たちはそれを見せてやるんだ・・・。ミクの最高の笑顔で・・・)


 弥太郎は振り返らずに走り出す。


 「ほら、ミク!こっち、こっち〜」


 ミノル、ソウ、弥太郎の3人は横一列に並んで飛び跳ねながらミクに大きく腕を振る。


 「こっち、こっち、俺たちと行こうぜ〜?」

 「うん!待って、待って!私もいま、行くから〜♪」


 ミクは、明るい笑顔を取り戻して、3人が待つその先へと走り出した。

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