第3話 光

そうして、二ヶ月後。

そう、二ヶ月後。

通常業務も行いつつ、デザインを仕上げ、型紙に起こし、実際に裁断し縫い付ける。

睡眠時間は半分ほどになってしまったし、紙の数は普段の倍減った。

それでも、出来上がったドレスを見ると込み上げるものがある。満足感、感動。俺のやりたかったこと。夢。

マネキンに着せたそれをみて、はあと息を吐く。我ながら、完璧だ。これならどこに見せたって、恥ずかしくない。大丈夫。

装飾が取れないよう、丁寧に梱包し、紙袋に入れる。今日は依頼された日からちょうど二ヶ月経っており、あと一時間で閉店。注文書に書いていた仕上げ希望日も確かに今日で、受け取り時間は未定となっていたが、流石に閉店ギリギリには来ないだろうと思っていた。待ちきれない感じがしていて、きっと朝一番取りに来るだろう、という気迫があった。

とはいえ、当日中にこちらから電話するのも失礼に当たる。幸い今日はもう業務もない。ゆったりと待つことにした。コーヒーを飲み、そこかしこに掛けている服を見る。確かにデザインはとてもいい。完全に並んだとは言えないが、明らかに学生時代よりは差が縮まった。…そわそわすることがないかと言われると、否定はできないが。

コーヒーカップを机においたと同時に、聞き慣れた鈴の音がする。

「できた!?」

息を切らし、ハイヒールの音を響かせながら入ってきた。

「…はい。こちらに」

マネキンに着せた時の写真を上に載せ、紙袋を差し出す。

「…!!」

口をはくはくさせて、浅い息を何度も吐き出している。

「ありがとう!」

机に置いていた手を強引に持ち上げられ、ぎゅっと握られる。手は小さく、俺の手は収まりきっていなかった。

「やっぱりあなたは天才ね!」

「…ありがとう、ございます」

ひとしきり握ったあと、パッと手を離した。はあ、と感嘆の息を吐き、大事に紙袋を抱えている。すり、と愛おしそうに頬擦りさえしていた。

そんなに大事そうに抱えて、本当にきてくれるのだろうか。誰のものかもわからないデザイン図。…形にさせたいだけだったのかもしれない。

本当にモデルかどうかもわからないし…。

「…失礼でなければ、この服をどの場面でお召しになるのか、お聞きしても?」

「えっ?…言った、でしょ!ランウェイを歩くって!」

ところどころ詰まりながら、吐き出すように言った。

「…ほんとうに?」

「…っ」

彼女は音を立てて椅子に座り、目線で私も座るよう促した。軽く会釈をし、私も座る。目線をうろちょろさせてから、彼女は小さく息を吸って話し始めた。

「そもそも、あなたは覚えてないの?」

まさか質問が来るとは思っておらず、面食らってしまった。

「…は?」

「私たち、小学校四年生まで一緒だったでしょ」

「小…四?」

頭の中が急速に回る。小学四年生、俺はその時何をしていたか。

そういえば…。デザインに興味を持ったのが、その時期だった気がする。デザイナーのドキュメンタリー映画に心打たれて、真似して自分もデザインを始めた。そう。確かにその時期だ。

それで、友人関係はどうだったか。こんなに顔立ちの整った同級生がいたのか。…そもそも同級生に興味があったのか。

小学校の頃の記憶なんて、ほぼ覚えていない。人数が少なく、六年間同じクラスで…。五、六年の時にはもう学校の外の方が楽しくて…。転校、転入が数回あって…。小四まで一緒だというのなら、その時転校したことになる。香山有里。そんな名前で、転校していったやつ。そんなの、いただろうか。

「覚えてないの?」

「…まあ、はい」

ちぇ、と机の上で指を遊ばせる。

「私、女児モデルだったの」

「はあ…」

ちらっとこっちをみて、何か探るように目を下から上へ動かす。

「まあ色々、私には合わなくて…もうモデルはやめて、ファッション系の会社立ち上げたんだけど…」

「なるほど…」

煮え切らない俺の返事に嫌気がさしたのか、ガンッと机を殴る。

「あなたが言ったんでしょ。『俺の服着て、ランウェイ歩いて欲しい』って!」

「…え?」

つんざくような、しかし美しい声。頭の中にスッと入ってきて、俺の思い出を引き出した。

秋の、寒くなってきた頃。たまたま放課後、二人だけ教室に残っていた。先生から違う要件で話があるとか、そういうことだったと思う。

香山はモデルをやっているという異質性から友達が少なくて、いつも一人だった。読んでる本も少しばかり大人向けで──せいぜい中学、高校ぐらいのものだったが──それがさらに人を遠ざけた。

俺はそもそも仲良くもなかったし、変に離れるようなこともせず、中立の立場でいた。必要な時は話す、ただそれぐらい。

しかしその日、雑談をした。二人とも別々に過ごしていたけれど、何か、雨が降ってきたとか、そんなレベルのことで話し始めた。

「──それで、まあ、服に興味ができて」

「ふーん…」

「有里ちゃんって、モデルだよね」

「まあ、そうだけど」

「ね、俺の服着て、ランウェイ歩いて欲しい!」

「…え?」

突拍子のない俺のお願いに、彼女は数秒スリープした。そうして、急に顔を歪めて笑い始めた。口元は確かに笑っているけど、目元は泣きそうになっていた。

「あはは、はは!ランウェイなんて、まだ歩いたことない!…というかそれ、大人にならないと無理だよ!」

俺はその時、背負ってるものもストレスも何もわからなかった。でも、多分喜んでるということだけは、しっかりわかっていた。

そのあとは、どちらかが呼ばれたとかで、すぐ解散した。翌日からは話すこともなかった。

結局、数ヶ月して香山は都会の方に転校して行った。

「絶対、服、もらいに行くから」

最後の下校の少し前、しっかり振り向いてそう言ってくれた。

俺はそれに、

「…うん」

「思い出した?」

「それは、もう。…なんでこんなしっかり忘れてたかな…」

「本当に、そう」

少し横を向いた顔。頬は赤く染まっていた。

「ランウェイ、っていうほどのものでもないけど…会社内でちょっとしたカーペットぐらいは歩くから。ちょうどいい、と思って。竜の名前を同業者に聞きまくって、店を見つけたってわけ」

「執念深い…」

「なにそれ?」

「ごめん。…見に行ってもいい?歩くところ」

しっかりと目を見据える。香山は少し驚いて、でも見たことのないような、満面の笑みを浮かべて。ぎゅっと服を抱きしめた。

「もちろん!」


当日、ファッションショーで“デザイナー”として紹介され、店名を変えなければいけなくなったことはまた別の話である。

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仕立て屋さん ロン 南雲甘菜 @akiaki44

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