あなたのひと夏の想い出をゆるせない

犀川 よう

あなたのひと夏の想い出をゆるせない

 あたしの知る限り、この世で一番の美人は大学生の世春よはるさんだ。しかも毎年夏休みに会うたびに、その美人度は世界最高記録を更新している。

 桃やぶどうみたいな果樹園しかないド田舎に住んでいるというのに、モデルかっ! っていうくらいにすらっとしていて、顔は小さい。目はぱっちりで美人とかわいいを兼用している。唇はやや薄め。身長は160cmのあたしと変わらないくらいだけど、とにかく手足が長い。

 なにより羨ましいのは、一度も染めたことがないような長く黒い髪。びっくりするくらいにツヤツヤしてきらめいているのだ。枝毛もなさそう。もしかしたら、枝毛にならない髪質を天から授けられているのかもしれない。

 そんなわけで、世春さんと並んで歩くと、中学生とはいえ東京育ちでそれなりにイケているあたし、芋臭いモブAに成り下がってしまう。悪魔みたいな美しさの世春さんは、それなりにモテると思っていたあたしの自尊心を、スイカ割りのようにスパーンと叩き割りながら、ニコニコと村人に愛嬌を振り撒いて歩くのだ。

 最初から勝負になっていない。それはそうでしょうよ。だって、名前が世春なんだから。母親である御世みよさん(これがまた世春さんに負けないくらいの美人!)に似ますようにと、「我が世の春」と名付けたくらいなんだし。生まれてきた時から天下御免ってやつですよ。

 世春さんと出会って、神様というのはどうやらいないわけではなく、願いを叶える相手をただ絞っているだけなんだろうなって思うようになった。きれいな曲線を描いている爪を見て、マニキュアがわずかに剥がれているのを眉を寄せながら舌打ちする顔すら優雅に見える世春さんは、存在自体が反則チートだからだ。もし世春さんが東京に住んでいたら、絶対男たちに囲まれてお姫様のような生活をしているに違いない。あるいはモデルや芸能人になってお金持ちになっているだろう。

 日差しをさえぎる建物もないほとんど平坦な土地柄で、どこにいても日に焼けておかしくないというのに、あたしよりも白い肌を見せつけている世春さんを見ると、正直ちょっとイラっとする。あたしもまあまあ白いと思っていたし、友人たちからも「肌白くていいねー」なんて言われているのに、世春さんと比べるとお姫様の肌との肌くらいの差に見えるのだ。どうしてこんなに違うのだろう。あたしだって学校ではかなりの上位にいるかわいさだと思うのに。


 世春さんと会うのは夏休みだけ。夏休みになるとあたしの両親は仕事柄海外出張となり、あたしは母方の叔父にあたる世春さんの家に預けられるからだ。今年で五、六回目くらいだろうか。

 初回の夏休みから世春さんのことを姉のように慕っていた。世春さんもあたしを実の妹のように接してくれたし、とても優しかった。だから、世春さんが高校を卒業するまでは「よはねぇ」と呼んでいたものだ。

 だけど、あたしが中学に入りよはねぇが大学生になると、なんとなく意識が変わった。あたしが制服を着ていっぱしの女子の仲間入りした気になったのか、あるいは世春さんが制服を脱いで大人の女の仲間入りをしたからなのか。気がついたらあたしはよはねぇを「世春さん」と呼んでいた。最初にそう呼んだ時、振り向いた世春さんからこの地域の果樹園にはない、シトラスの香りがしたのがとてもショックだった。

 以来、自分の身体の成長よりも世春さんの美しさの方が前にあることを思い知らされ、自分の女らしさに自信が持てなくなった。東京では、男子たちからチラチラ見られていることにも、あたしのことをかわいいとヒソヒソ声で話していることも知っているのに、あたしはモテたいのにもかかわらず、全然うれしくは思えなくなってしまった。むしろ、他の女子に陰口叩かれるのがウザいなーとげんなりするくらいだ。


 来年はあたしの受験ということで、今回が最後の「帰省」になるらしい。このクソ暑いのに青年部の見回りとやらにあたしを連れて歩く世春さんはそう言った。あたしに自分の麦わら帽子をかぶせ、自分はおばあ臭い農作業用の帽子をかぶったうえで日傘をさし、蜃気楼が見える中を二人てくてくと歩いている。

「ねえ世春さん。なんで夏休みのこんなクソ暑い昼間に見回りなんかするのさ?」

「いつも説明しているでしょう。この時期帰省するのはあなただけじゃないのよ。他の家のお孫さんたちも帰ってくるの。だからこの地域のルールを知らない子たちが街をうろうろしていると、こちらの子たちに悪い影響があるかもしれないでしょ?」

「悪い影響ってどんな?」

「アイスを買って外で食べるとか」

「ダメなの?」

「ダメでしょう! 子供だけの買い食いよ?」

 地域のルールって。

「アイス、食べたいなぁ」

「家に帰ったらね」

 のどかな風景というのは歩いても歩いても少しも変わらない。ただ時間だけが過ぎて、あたしたちは元気いっぱいな夏の太陽に晒され続ける。

「このパトロール、世春さんだけがやってるの? もしかして、世春さん、ナンパ待ちなんじゃないの?」

 あまりの暑さに嫌味のひとつも言わないとやってられないあたしは、できるだけウザめな声色で問いかけるが、怒った返事をしてくるという予想に反して、世春さんは少し上ずった声を出した。

「当番があって、今日は男の子が来るわ」

「イケメンなんだ?」

「……さぁ。どうかしら」

「イケメンなんだ」

 世春さんは何も言わず、あたしの麦わら帽子のつばをパシッと叩いた。


 なんとか果樹園ワールドをクリアして、今プレーをしたらぶっ倒れること間違いなしの小さな野球場までたどり着いた。ちなみにゆるやかとはいえ長い下り坂を歩いてきたので、帰りはさらなる地獄が待っている。

 さすがに誰もいないと思いきや、ネット裏に小学校高学年くらいの男子と、世春さんくらいの歳の男性がわずかな木陰の中に立っていた。よく見れば男子の手にはアイスがあって、男性は中腰になり男子に話しかけているではないか。

「マジでこの村の治安を守っている人っているんだ(笑)」

 ヘラヘラしながら馬鹿にするあたしをよそに、世春さんは二人の方へ近寄っていった。スルーされたことに文句を言ってもただ体力を消耗するだけなので、あたしも木陰までご一緒することにする。

「なんでアイス買っちゃダメんなんだよ?」

 至極当然なる男子の主張に男性はこの地域のルールとやらを説明する。男子の持っているアイスを見て、あたしにもひと口くれないかなーなんて思っていると、世春さんは男子のそばまで寄って、「こんにちは」と笑顔を振りまいた。

 するとこんなガキでもは男は男のようで、世春さんを前にしたとたん、彼女の容姿にドキドキした顔でコクコクと頷き、ささっとアイスを食べてから、「もうしません」と言うではないか。

「ありがとうね。ここらへんの子は食べちゃダメだから、うらやましがるのよ」

「世春さん、そりゃあそうでしょ。あたしだってアイ――」

 おっと肘打ち。颯爽と避けるあたし。

 説得された男子が立ち去ると、木陰の中に少しだけ涼しい風が流れ込んできた。達成感に満ちた顔をしている世春さんは男性の方を見て微笑む。

「よかったわね」

「うん、助かったよ。世春ちゃんのおかげだ」

「ううん。久人ひさひとさんが説得してくれていたからよ」

 清涼感のあった一陣の風の後には、熱々な空気。

 あたしはとりあえず黙っていると、久人さんとやらが、あたしに声をかけてきた。

「こんにちは。世春ちゃんの親戚かな?」

 最初から妹の線を外してくる彼に、少しだけ嫌悪感を覚えたが、事実ではあるので頷く。

「こちらは久人さん。高校時代のクラスメイトだったのよ」

「ども。久人さん、世春さんってやっぱりモテてます?」

「そりゃあもう! 男子にとっては高嶺の花だったよ」

 ふーん。だった、か。

「やめてよ久人さん」

 いつの間にかダサい帽子をとって髪を整えていた世春さんは、美人であるのに慢心せず、自分がよりよく見える角度を作って久人さんに向き合う。

「ごめんごめん。じゃあ、パトロールを続けようか」

 世春さんの返事を待つことなく、二人は自然に肩を並べ夏日に灼かれる道路の端を歩きだす。あたしは黙って後ろからついていくしかなかった。

 しばらくはお邪魔にならぬよう、電信柱から生えている夏影のようにびよーんと斜めにのびながらダラダラと後ろからついていった。あたしが心を痛めるのもおかしいが、世春さんファンの男たちが見たら気絶しそうなくらいに、世春さんと久人さんは仲が良いようだ。あたしの手前、いちゃつくのを我慢しているのだろうか。

 アイスを買い食いするのはダメで、真昼間からイチャつくのはアリな地域のルールはまことにけしからん! そんなことを口にしそうになったとき、二人の会話に「夏祭り」という単語が出てきた。少しだけ声のトーンが下がったのをあたしは聞き逃さなかった。おそらく、夏祭りに特別なことが行われるのだろう。世春さんの「待ってるから」という一言の後は、二人ともただ黙って歩いている。あたしは思わず、ははーんとなってしまった。


 数日後。夏祭り当日の昼。御世さんが「浴衣着せてあげようか?」と聞いてくれた。あたしが毎年着ないのを知っているのにちゃんと声をかけてくれる。世春さんが着る手前もあるのだろうけど、御世さんらしい優しさ。

「んーん。いつも通り、お団子頭だけお願いします」

「りょーかい」

 さすがは世春さんを産んだ御世さん。歳をとってもシワができない顔をしているみたいだ。噂によると、先日大学生から交際を申し込まれたらしい。しかも何人も。

「世春はどうするの? 去年のでいいの?」

 平屋造りの二階から降りてきた世春さんに御世さんが問いかけると、世春さんは「お願い」と言ってからあたしを見た。

「ちょっと頼まれてくれる?」

「んー?」

 世春さんのこの表情は真剣なお願いなんだなと感じ、居間の畳に寝転がって扇風機の風を独占していたあたしは、どっこいしょと言ってから立ち上がった。


 世春さんと呼ぶようになってから初めて部屋に入ったような気がする。高校時代の制服はどこにもなく、女子っぽいぬいぐるみやアクセサリーもほとんど消えていた。かわりに増えたのが化粧品や美容器具。あたしの知らないブランドの香水や何に使うのかすら想像のつかない器具がたくさん並んでいる。

「大人の女はメンテナンスが大変なんだ」

「そんなんじゃないわよ」

 世春さんは無遠慮に部屋をキョロキョロ見渡すあたしに怒ることなく椅子に座ると、あたしをベッドに腰掛けるように勧めた。あたしはそっとベッドに手をかけて座る。最初にこの家に来た夏休みには、一緒に寝たいと駄々をこねたものだ。

「んで、なんのお願い?」

 あたしから切り出すと、世春さんは「二時間」と言った。

「二時間、いつもより帰る時間を遅らせてくれないかな?」

「んーいいけど。御世さん心配しないかな」

「大丈夫。あなたが迷子になったことにするから」

「んー大丈夫じゃないよねそれ」

 あたしはのらりくらりと焦らしながらも、心の中では「ハイハイ、彼としたいんでしょう。自分だけひと夏の思い出ですか。結構なことで」と依頼内容をきちんと理解していた。正直イラっとはするけど、報酬次第だなと電卓を手にして構えているのである。

「お願い。お祭りの後も少しだけ時間がほしいのよ」

「まあ、いいけど。デートなんだろうし」

 中学生に気を使わせるなってと思いながらも、右手の指を動かしてマネーを要求する。

「もちろん。わたしのお小遣いの範囲で善処はするわ。あと、あ! そうそう!」

 一方的な交渉にならない方法を思いついたのか、世春さんはクローゼットから一着のワンピースを取り出した。

「これを着てお祭りに行かない? あなた、これ着たがっていたでしょう?」

 どうだと言わんばかりにフフフと。

 くっそー。コレ、着たいって何度もねだってたヤツで、去年までは「まだお子様には早い」ってノーだったんだよね。白ベースなんだけど光の加減によって薄水色にも見える、涼し気で少しセクシーなワンピなのだ。

「どう、これ着たら、男子にモテるわよ?」

「べ、別にこんな田舎でモテても仕方がないし」

 本心ではとっておきのご馳走を前にして涎を垂らしている犬みたいになっているのに、涼し気な顔をしてるあたし。

 だけど、お互い心の中ではしっかりと交渉成立の握手をしているのは理解している。だから、あたしは念願のワンピを手にして、御世さんのもとへとダッシュをするのであった。お団子頭はキャンセルだ!


 ひと夏の思い出とはいかずとも、お祭りでそれなりにモテを狙うのであれば普通は浴衣だけれど、このワンピ姿の効果はそんな浴衣以上に絶大で、もう男子爆釣れ。

 靴を持っていないので借りたミュールが少しぶかぶかとして歩きづらいけど、それもまたかわいい女子を演出できているようで、まぁ地元の男子どもから声がかかること。日焼けして真っ黒な野球部どもから女に困っていないようなサッカー男子まで。世春さんにベコベコにされてきたあたしの自尊心が急激に回復していくのを実感している。そう、あたしはかわいい。かわいいのだ!

 そんなお誘いを「フフフ」とだけ言ってかわしながら、屋台の焼きそばの匂いにフラフラと近寄っていく。おっと、ここで食い気を出すのはご法度だ。あたしはかわいいアイドル。青のりを歯につけているのはいただけない。セットしてもらった前髪をスマホで確認する。大丈夫。あたし、かわいい。

 なーんてひとりで悦に入っていると、突然腕をぐっと引っ張られた。ナンパにしては乱暴極まりないじゃないと抗議をしようと思って、相手の顔を見ようとしたら、

「世春……着替えたのか?」

 そこには、何やら焦った顔をした久人さんがいた。

「久人さん?」

 あたしの問いかけには何も答えず、掴んだ腕を離すことなくそのままあたしを連れていく。

 夏祭りの神社の裏というのは「お約束」の場所らしく、人の存在は見えたとしてもプライベートスペースは守りましょう、という感じでカップルが点々としている。あたしたちもそんな中の一組になっている。

「あの、久人さん、ですよね。なんで世春さんと一緒じゃないんですか?」 

 これはまずい。そんな雰囲気だ。たぶん、久人さん冷静じゃない。あたし、というより、このワンピをずっとジーと見ているのだ。それもかなりエッチな視線で。

「それ、俺が世春に買ってやったんだ」

 を言い終わる前に久人さんはあたしに抱きついてきた。なんか、コレ、やっぱりヤバいなーと思いながらも、あたしは少しだけ悪いことを考えてしまった。

「久人さんには世春さんがいるんじゃないんですか?」

 あたしずるーいと思いながらも、そう言ってから久人さんをなだめようと背中をぽんぽんと優しく叩いてあげた。叩きながら、こうなった経緯を想像してみた。なんとなくだけどそうだと思う。たぶん世春さん、土壇場で――。

 余裕がないのか、久人さんのあたしを抱きしめる力が強くなる。

 どうしようか、という戸惑いはなかった。この時点であたしの頭の中には天使はおらず、悪魔だけがケケケと笑顔でGOサインを出していた。

 あたしには世春さんに対して報復する正当な権利がある。今までずっとそう思っていた。あれだけの美人が横にいると、自分がとてもみじめになるからだ。あたしにとって、夏休みは屈辱の期間でしかなかった。ただ暑いだけのクソ田舎で過ごすハメになるのに、自分の武器であるまで奪われる。世春さんと一緒に歩いているとき、あたしに声をかける人なんて誰もいないのだ。

 この胸が苦しくなればなるほど、あなた世春さんをゆるせなくなる。夏の入道雲がもくもくと空を覆っていくように、あたしのよこしまな気持ちが心の中に膨らんできた。

 つまみ食い、しちゃおうかな。

 相手は大学生。キスくらいなら大したバチもあたるまい。久人さんも興奮状態とはいえ、さすがに世春さんにバラすことはしないだろうし。

 あたしはそんな計算をささっと終えると、一度久人さんを引き剥がそうとした。したのだげど、

「世春!」

 ええ~ここでその名前~! と思いながらも、気づいたらあたしは地面に容赦なく押し倒されていた。しかも口に手を当てられ、身動きもできない。なんとかジタバタして脱出しようとするけど、ワンピが土に汚れるだけで逃げられない。まずった。このままだとシャレにならない!

 あたしはんーんー言いながら、なんとかミュールを脱いで久人さんの頭にバンバンと叩きつける。が、そんなものは儚い抵抗で、むしろ久人さんの興奮を増幅するだけみたいだった。

――助けて! よはねぇ!

 声に出来ない叫びなど何の意味もなく、ワンピの裏地をビリっとされたが、その後、急に久人さんの動きがとまった。ゴッという鈍い衝撃音がした直後のことだ。

 久人さんはドサッと倒れた。周囲でこそこそしているカップルたちもその音を聞いて、なんだなんだと声を出している。 

 あたしは圧し掛かっている久人さんをどかす。なんとか視界を回復すると、そこには、すごい恰好をした世春さんが立っていた。


 世春さんは握っていた棒を投げ捨て、ハアハア言いながら無様なくらいにヨロヨロとあたしに近づく。あたしは世春さんのワンピースを汚してしまったことを詫びなければと、ただそれだけを思いながら世春さんを見ていた。破ったのは久人さんなのはわかってるだろうし。

 世春さんは起き上がったあたしの正面まで来ると、土であることもいとわず膝を折り、あたしの眼をまっすぐ見た。あたしはどうしたらいいのかわからず、目をきょろきょろとさせてしまう。

「ばかねえ」

 とても蒸し暑い夏の夜。夜蝉とあたしの心臓の鼓動がうるさいくらいに耳に入ってくる中、の声があたしの心の中へと沁み込んできた。意識を取り戻した久人さんは、殴られた頭に手を当てながら走り去っていく。なんだかおかしな夏だと思った。この場で一番悪いのって、いったい誰なんだろうか。

 同じような目にあったのだろうか。顔は汗や土で汚れ、自慢の髪もくしゃくしゃになって、せっかくの浴衣も台無しになってしまったよはねぇは、こんな状況であってもやっぱりきれいだった。

 あたしは自分と同じくらいひどい有様なのに、それでも美しさを損なっていないよはねぇを見て、なんだかものすっごくムカついてきてしまった。だから、すべてを棚に上げて、なんの遠慮もなく言ってやることができた。

「やっぱりあたしは、あなたのひと夏の想い出をゆるせない。自分ばっかり美人なのがゆるせないの! あたしだって少しくらい、いい思いしたっていいじゃない! どうせあんな浮気男、あたしのものにしたって――」

 乾いた音がした。あたしの頬が信じられないくらいに熱くなった。だからついカッとなってよはねぇを叩いてしまった。そうしたら、今度はよはねぇがびっくりするくらいの力であたしを叩き返してきた。マジですっごく痛いんだけど!

 だけど、そのおかげだろうか。あたしが苦しんできたここ数年の夏の苦しみがすっ飛んでいくような気がしてきた。――夜蝉も心臓の鼓動あたしも泣き叫ぶよはねぇも、みんなみんなこの夏で死んでしまえばいいじゃん――って。

 そしてこれからは、あたしはよはねぇの美しさに押しつぶされない夏を過ごしてやるんだって、よはねぇに言ってやりたくなってきた。

 でも、そうはしなくて、

「自分だけひと夏の想い出なんて、あたし、ゆるさないし」

 ぜんぜんカッコよくないけれど、あたしはもう一度、決めセリフみたいなことをドヤ顔で言うことを選んだ。妙な宣言をしてよはねぇにエラそうに返されるの、なんかダルいし。

「ばかねえ」

 肝試しのおばけかよっていうくらい化粧までボロボロになった世界一美しいよはねぇは、あたしの気持ちを知ってか知らずかあははと笑う。そして、麦わら帽子のときのような優しい力加減で、あたしの頭をパシッと叩いた。

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