ある草の話

有耶/Uya

ある草の話

 くっっっら


 え、なにここ。ジメッとした土がポロポロくっつくし、気持ち悪。


 少し眩しいな……上か? 上から光が漏れてそうだな。つーことは上に伸びれば外に出れる。そしたらこの暗い世界からはおさらばだ。


 伸びるには支えが必要だな。今の内に根を下ろしておこう。やはり強固な支えあっての成長だ。


 おっ? 根を下ろしたから分かったが、かなり栄養があるぞ。これは大きく成長できそうだ。外が見えるまでぶっ飛ばすぜ。


 よいしょ……おし、段々と明るくなってきた。もう近いぞ。


 ……まだか。


 ……あ、土が崩れた。うお眩しっ。急に眩しい。もうゴールだ。


 ふんっ……


 …………


 外……か?


 やった! 外に出れたぞ! 眩しかった光も急に心地良くなってきた。今ならぐんぐん成長できる気がする!


 ……と、思ったが、もう疲れた。正直これ以上何かする気が起きない。


 一休みして、また伸びていこう……






 ※






 てな訳でしばらく経ったが、特に問題は無く順調に伸び続けている。太陽の光はすごい元気をもらえるし、この地盤は栄養が豊富だ。まさに楽園。ずっとここにいたい。


 お? なんか声が聞こえる……キャッキャと元気だが、ちょーっとうるさいな。


 いってえ! あっ踏まれた! あんのガキめ、足元ちゃんと見ろや!


 はー萎える。ここまで頑張って伸びたのに、どでかいものに踏まれちゃくたばっちまうよ。ま、それは周りも同じか。


 幸い死んでない。ただへし折れただけだからすぐ治せるさ……











 ……ん


 冷たっ


 ……雨か? そういえば初めてだな、雨。


 ありがたいな。丁度カラカラになって死にかけてたところだ。


 あー染みる。潤う。光が無いのが残念だが、それはそれ。これはこれ。この大自然の恩恵を享受せずにどう生きろというのだ。


 自然最高! 雨最高! サンキュー!



 ※



 とは言ったが少し長くないか?


 もう……一週間は降ってるよね?


 流石に供給過多。止め。根が腐る。


 ……ホンマに止んでほしい。ちょっと周りが水没してきてるのさ。このままだと溺れてしまう。ヤバい。いやホンマにヤバい。


 頼むから寝てる間に止んでくれ……いや、寝てる間に溺れ死んでもいいや。少なくとも起きてる間に苦しみたくねーよ……


 うん……頼むから……いや……


 まだ死にたくもない……






 ※






 幸い、ちょっと下が浸かり始めた頃に雨は止んだ。


 代わりにクソ暑くなった。


 どういうことだ! 確かに日差しは欲しいけど!


 こんな強かったら燃えちまうよ!


 日中はギラッギラに照らし続けてくる、強く刺さって痛い陽の光。最近は雲一つない綺麗な青空が広がっているせいで遮られる時間する存在しない。


 ついでに日が沈んだ後の夜はとても湿気に満ちて、蒸し暑い。寝れたもんじゃない。


 えてしおれてしまいそうだ。チラリと隣の草に目をやると、ああ、もう色褪せてきてる。こいつはもうダメだ。おしまいだ。


 かく言う自分もどこまで耐えられるか……ん?


 なんだこの音。足音じゃない。


 空気を震わせて、何かが迫って来る。


 煩い。とてもうるさい。本能から拒絶される音。


 ……羽音、だ。


 ヤツがくる……!


 バ ッ タ だ


 小さいバッタならまだいい。しかし今回のはでかいヤツだ。強靭な足と羽で飛び回り、草を食す。


 息を潜めて、美味しくないですと、青臭い匂いが滲み出るんじゃないかとなるぐらい念じる。草の繊維が千切れ、細かく刻まれる音が風に乗って聞こえる。


 早く去ってくれないか……早く、どこかに。


 茂みが揺れる音に思わず根が縮まる。風に揺らがないほどに凍りつきそうになる。


 羽音が真横を掠めた。しばしの沈黙と硬直の後、再びそよ風が吹き、身体がなびき始めた。


 ……あのバッタはどこかへ飛んで行ったみたいだ。


 良かった。今回も喰われずに済んだ。


 そう一息ついていると、再び聞き覚えのない音が響く。


 ……風がやってきた。


 羽音とは性質の異なる、連続して唸るような音。


 その音を本能から否定したのは、同胞の身体が辺りに飛び散ってからだった。


 そばまで来ていた音に恐怖した。


 しかし、音を発する刃は無情にも、恐怖を顧みず、一瞬にして、俺の上半分を切り飛ばしていった。


 他の奴らも同様に、綺麗に一直線に切り飛ばされていく。


 灼けるような痛み、すぐに傷口は塞がったが、苦痛と恐怖はもうしばらく残り続けた。


 ……後に風の噂で聞いたことだが、世の中には機械に潰されて切り刻まれる奴もいれば、地面ごと掘り起こされて生き絶えるものもいるらしい。自分が受けたものは一番軽いものだったというわけだ。


 あれで一番優しいとか、考えたくもなかった。






 ※






 ……ん


 なんだ、おまうえああああああ!?


 ん、んな一瞬で……


 一瞬で隣の草が持ってかれた……


 引きちぎられてった……


 世の中には恐ろしいことをする奴がいたもんだ。全く、俺が巻き込まれなかっただけ幸運か。


 それはともかく、最近は俺も踏まれたりなんだりが増えてきたな。


 やっぱ涼しくなったからだろうか? 俺たち生き物は、暑すぎても寒すぎてもまともに生きられないからな、この頃活発なのはそのせいか。


 だが、虫に悩まされることも無くなった。これはいいことだ。なんだってあのバッタがいなくなったからな。これでもう寝られない日々が続くなんてことは……



 ※



 あったんだなそれが。


 なんだこいつら、クソうるせえ。


 夕方辺りから集まってきて俺らに留まってはけたたましい鳴き声を轟かせやがって。


 おうおう、騒音被害で訴えるぞ? この馬鹿騒ぎ集団め、学習発表会ならよそでやれっつーの。


 いや、何も反撃できないのが悔しいばかりだ。不眠症になっちまいそうだぜ。



 ※



 しばらく経つと合唱にも慣れてきた。向こうも上達してるらしく、まとまりの無かった騒音の集合体が段々コーラスとしての様相を呈してくるのを毎夜聞かされるのも、案外悪く無かったな。最近ではゆったり音を楽しみながら眠れるようになってきた。


 ん? 日が出ている間はどうやって暇を潰しているかって?


 まあ、色々見てんだわ。


 最近は近くの木の葉が真っ赤に色づき始めてな。それがなかなか鮮やかでいいんだよ。頭上に落ちてくると日光遮られて少し寒いからクソウザいんだけども、見る分にはありゃ傑作だ。


 ……しかし葉を落とすというのは少し不安だな。最近は特に肌寒くなってきたから、木もそんなに調子が悪くないのだろうか。


 実際俺らも元気がなくなってきている、もう体は伸びないし、少しずつ衰えを感じてきている。あんまり動いてないからだろうな。日光浴もしてないし。くたばった奴らも増えてきた。


 ここからが正念場だろう。頑張るぞ。






 ※






 …………寒い。


 …………風が吹き止まない。


 …………雪が纏わりつく。


 …………今って日中……だよな?


 もうわからん……ずっと意識の狭間を泳いでて、記憶も曖昧だ。


 ……他の奴らは……生きてるだろうか……


 もう周りも碌に見えないな……


 …………変な気分だ。


 まさか、あの暑苦しい日々を恋しく思う日が来るなんてな。


 今となっては、踏まれることも、喰われることも、刈られることもない。


 なのに寂しい。


 生き生きとしていたあの頃がひどく羨ましい。


 なんとか頑張ろうと決意して、それでこの結末だ。


 空は俺たちを到底生かすつもりはなかったみたいだ。


 …………ああ、悔しい。


 もっと生きたかった。


 俺はまだ、鮮やかな色をした「花」というのを咲かせたことがない。見たこともない。


 せめて見てみたかった……俺だけの花を……


 …………やっぱりまだ生きたい。


 けど…………もうダメみたいだ。


 長いようで短かったな、この生涯も。


 俺にも……この寒さを……乗り越える……


 力が……あれば……なぁ…………










 ※











 …………ん


 …………ん?


 くっっっら


 どこだよ、ここ。

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