世界の終わりをコントで

@DojoKota

全話

 ふんどしを私は食べた。色濃く味付けをした。ぎざぎざだった。ところで、と思った。角を曲がった。


 オレンジ色だった。古びていた。爪の伸びる音を聞いた。聞き間違えのように思った。とても激しい怒りで背が伸びる筍。筍は、とても怒っているように思えた。


 熊さんを食べることになった。もくもくと棚引いていた。私の両足は接着した。ところで、と思った。角を曲がった。


 まっすぐ歩く、というのは、私にはレールが必要だった。要点だけを抽出できるならば、と思った。黒板を幾枚か立てた。突き破る運転と付き合った。


 父母に訊いた。

「なにしとるん」

「生殖でやんす」と父が応え、

「生殖っす」と母が応えた。

 急いで警察署へ駆け込み、牛丼をかき込んでいた警察官に話しかけた。

「おまわりさん、大変なんです」私は丁寧語だった。他人に対してはいつもそんなものだった。

「なんでやんすか」と警察官が応え、

「なんでやんすか。事件でやんすか」と、もう一人の警察官が応えた。こちらの方が後輩っぽい。

 父と母とが変なんです、と言おうとしているのだけれど、私は、気もそぞろになった。警察官の二人も変だった。そういうの、流行ってるのかな、とも思った。気持ちがしぼんでいった。

 けれど、念には念を入れようと、警察官二人の袖引っ張って、自宅まで連行した。

「見てください」と私は言って、「ただいま」と父母へ断りを入れた。

 警察官は特権だから、土足で自宅へ入り込んで、犬の糞を踏んだ。

 そして、現場に出くわして、

「生殖でやんす」と警察官が言った。

「生殖でやんす」と父が応答した。

「生殖でやんすか」ともう一人の警察官が念を押した。

「生殖っす」と母が応諾した。汗だくだった。

「なるほど」と、年長らしい警察官がない髭をひねった、本当は、警察官じゃなくて、エルキュール・ポワロになりたかったんだ、きっと、その挙動は、動物園のキリンみたい。「これは事件でやんす」

 私は置いてきぼりを食らったみたい。

 さびしいなあ。寂しい夜は、旅に出よう。友達に、であえるかも、しれへんから。

 そんなこんなで家出である。

 四人は後に残しておいた。あははは、と聞こえる笑い声。エコーは声を反対にしたもの、四人の声は、やがてエコーになった。私の、耳の穴、という洞穴で、残響。

 家を出る間際、飼い犬のドーベルマンが「言ってらっしゃいでやんす」と吠えた。「そうか」と私は悟った。キュートな吠え声だった。一緒に行くかい、と誘いをかけたかったけれど、お金もないドッグフードもない、狩猟採集民族でもない私と連れ添って、いくらドーベルマンでもそれはないよねってくらい、彼女の胴がくびれてガリガリになって、ぽきんと氷柱みたいに折れちゃったら、かわいそうだから、折れちゃった彼女の胴体にぐるぐるに紐を巻きつけて、独楽回しみたいにして遊んだら、動物虐待だから、だから彼女に私の声が伝われば良い、と願いを込めて、私はあえてこうつぶやいた。

「さよなら、で、やんす」

 私は中学二年生だった。

「わんわん、でやんす。わんわん、でやんす。やんすやんすやんす」と犬は興奮して吠えた。

 頭上で鴉たちも、それに準じる鳴き声で、鳴いていた。

「やんすやんすやんす」

 ふっと、思った、これから世界が終わるんやなって。


 妹か弟ができそうなほど、激しく、連動している父母を残して、ふらふらと旅に出た風来坊の私だけれど、体には、少し、精液の匂い染み付いていた。

 風が洗い流す。

 夜風はどこか、洗剤の匂い。

 私一人で生きていかねばならぬ、というわけではあらねども、当面は、私一人で生きていかねばならぬ。

 困ったな。

 寂しさで喉が詰まりそうになる。なかなか音の鳴らないトランペットのようだ。

 私は、今朝方から、何かおかしいな、とは勘付いていた。NHK総合テレビのアナウンサーとか、NHK教育テレビのお兄さんとお姉さんとか。彼らが、「おはようございますでやんす」と言った時から、何かおかしいな、とは勘付いていた。学校のクラスメイトや担任の先生の口調も、どこかデザイナーズベビーのように不吉だった。聞こえないふりをしていたけれど。予兆に気づいてもどうすることもできへんのが、天変地異、というものだろうか。私は私の手のひらを眺める。そこには未来の地図など描かれてなどおらず、多少、ほのかな体温が、顔面に当たるだけだ。私は、服といえば、学生服しか与えられていなかったから、今しも、中学二年生の襟章を付けて、ぷらぷらと、町らしきものの胎内を歩いていた。

 世界は終わるんだな、と思った。

 子供だな、私。子供っぽい断定。

 このまま、世界は終わるんだな、と思った。

 大袈裟だな、って我ながら思った。流行語で終わる世界。

 その想いの中で歩む、歩のテンポは、ぽんぽん、ぽん。視覚的に表すと、「、、。(てん、てん、まる)」黙ったままの、頭の中が嵐、の、歩み、の、リズム、は、句読点だけの文章のようだ。一歩一歩が区切り区切り。何かの区切り。今、丁目を越える。

 街は人ごみで賑わっていた。

 けれど、人は芥(ごみ)ではなかった。

 花屋の前を通ると、「ヒヤシンスでやんす。癒しでやんす。買えでやんす」

 植木屋の前を通ると、「楓でやんす。風情でやんす。買えでやんす」

 扇子屋の前を通ると、「扇子でやんす。涼しいでやんす。ぱたぱた。買えでやんす」

 売り子たちは、一生懸命さと、どこか、気楽さを、内包させながら、道ゆく私たちの趣味を開拓していた。私の背負う平べったい学生鞄は、中身もないのに、音だけした。しゃらんしゃらん。

 家にはもう、帰らぬとして、明日をも学友と過ごしたいなあ、夢見がちに思うけれど。

「お嬢ちゃん一人でやんすか。寒いでやんす。寂しいでやんす。月夜きれいでやんす。喫茶店で珈琲でも飲もうでやんす」

「いやです」

「そういうなでやんす。おじさん酔っ払いのかっぱらいの河童洗いでやんす。今日もごしごしと宵越しまで河童を洗ってたでやんす。カーセンサー。疲れたでやんす。お話聞いて欲しいでやんす。土下座するでやんす」

 土下座。

 そこまでいうなら、ということで、私は、無言で頷くっことにした。しばらく、一緒に、付いてってやるけれど、もう二度と口を利いてやらない、そういうルールを、ふっと決めた。

 私はおじさんにナンパされてしまった。

「そういうことなら、乗るでやんす。何してるでやんすか」おじさんは、土下座の姿勢で、怪訝そうに私を見上げた。

 私は人を見下ろしたくなかったから、そっぽを向いた。それは、蛇腹の接合部があり折れ曲げれるストローが折れ曲がった時のような動作だった。

「はやく、わっちに乗るでやんす。出発進行でやんす。ぷっぷー」

 私が、おじさんの膨らんだ背中に、またがると、おじさんは、ずもずもと、指先をキーボード打つ時のように蠢かした。爪先もセイウチの尾鰭のようにぱたぱたした。すると、たいして速くもないけれど、時速三十キロくらいで、土下座したおじさんが、私を乗せて、動き始めた。すごい。竜宮城に連れゆかれる浦島太郎みたいだ。

「おじさん、うれしいでやんす。今日は飲み会でやんしたが、おじさん、みんなからいじめられてるでやんす。今日も、ハブられたでやんす、ハプニングバーでバブーさせられ、それから、殴る蹴るの暴行を加えられて膀胱炎になった挙句、ハブと闘わされたでやんす、パプアニューギニアで。中毒になって倒れていたら、全身関節外されて、『わっちは、プラモデルでないでやんす』と叫んだでやんすが、そのまま飲み屋の裏路地に放擲されたでやんす」

 やんす、やんす、うるさいなあ、と私は思った。けど、おじさんの話は続いた。

「けど、なんとか死ぬものかって、踏ん張ったでやんす。亀甲縛りにされてたのがよくって、ハブの毒は、身体中回らなかったでやんす。噛まれた右腕だけ後遺症でやんす。手間暇かけて、関節はめ直したら、目の前にお嬢ちゃんがいたでやんす。ありがとうでやんす」

 よくわからないなあ、と私は思った。これから世界が終わるというのに、どこか牧歌的だな、って。

「お嬢ちゃんがいたから、立ち直れたでやんす。これがお嬢ちゃん以外の人間だったら、灰皿がわりに、松明を押し付けられてたでやんす。お嬢ちゃんでよかったでやんす。安心でやんす」

 おじさんは、唐突に本気を出したみたいに、土下座して私を乗せたまま、ふわあ、と空中を遊泳した。

「空中飛行モードでやんす。かなぶんぶーん」

 と、言いながら、おじさんは羽ばたいていた。喫茶店がどこにあるのか、私は知らなかった。


 誘拐。そんな言葉がまぶたの裏にちらついたけれど、けど、まぶた、という言葉がどのような漢字だったかは、まぶたの裏にチラつかなかったけれど、このまま世界も終わるのだしな。


 夜空を飛翔するというのは、やってみればわかると思うけれど(私とおじさんの例がそうであるように、やってやれなくはないと思うから、組体操みたいなものだよ)、どこか窮屈で、閉塞的な気持ちは、夜空を飛翔する、という一時的によって、時差みたいに、ごまかされは、するものだった。何かを熱中して行なっている間、その当の目的は、どこかお留守になる。何も考えていないかのように、視界に入り込んでくる光は、いつも直進で、私に向かってくる。

 おじさんの背中の乗り心地は、まあまあ、だった。ずるりと、滑り落ちてしまえば、きっとそのまま死んでしまうくらいの高さだけれど、私の恐怖感情は、いつも通り麻痺してる、炭酸ジュースの缶は、そーっと扱えば、爆発はしないが、今の私を、握りしめ、かしゃかしゃと振り回したなら、私の、目、鼻、口、耳などから、泡となった恐怖感情が、溢れ出しもするだろうが、全身あわあわになった私は、泡風呂に入った後のように、ぴかぴかに、つやつやに、すっきりするだろう、あわわ。椰子の木のてっぺんに実っている椰子の実と同じ思考回路で、私の脳髄は、いつ落ちても、それはそれで構わないよ、と私は風に靡いている。

「風に靡いて、風にナビかれてるでやんす。風の吹くまま気の向くままでやんす。おじさん方向音痴でやんす。空を飛ぶと楽しくなるでやんす。あひゃひゃひゃひゃ、でやんす。街灯に群らがる蛾のように、くるくるくるくる、バチッ、くるくるくるくる、バチッでやんす。人は飛び方を覚えるとハイになるでやんす」

 そっか。

 どのくらいいるのか、わからなかった、確率。夜空、おじさんの背中から、滑落して、死亡。月面で足を滑らせ地球に落下、の方がまだありそうだった。事件性はどこにもないのに、ニュースバリューはありそう。天国で、一人ぼっちになりそうな死に様。お前は死に方そのものが悪である、とえんま様にしごかれるかな。

 夜空を一握りでつかめたなら、その時、私とおじさんも、あなたの手のひらの中にいたと思う。

 握った手をゆっくりと開くと、星座と一緒に、正座するおじさんと対座する私が、身を揃えて、あなたの手のひらの上で、固唾を飲んでだんまりを決め込んで。手のひらを逆さにすると、星々と私とおじさんも、手のひらからこぼれ出して、また、先ほどからの延長で、漆黒と光点でできた夜空の中を、ゆらゆらと飛び回るのだろう。

 幽霊の代わりに、雑誌ムーの表紙を飾る私。週刊少年マガジンのグラビアアイドルみたい。

 というわけで、私たちの頭上には、巨大な手のひらみたいな綿雲が、たゆたっていた。

 今にも降り出しそうだった。サイコロとか振り出しそうだった。

 雨、降ったら困る。

 寂しい夜には、夜空をつかめば、そこにいるかもしれない私とおじさんに、出会えるかもしれないね、と思うけれど、夜空をつかむには、気概がいるのだった。人類は、影を引きずることができるというのに、夜空をつかめないはず、ないというのに。

「空中飛行モードは、エネルギーの消費が激しいでやんす」おじさんが説明してくれた。私の目の前で、先ほどまで、ちんちくりんに禿げ上がっていたおじさんの毛髪が、もりもりとブロッコリーみたいに、吹き出るように、狼煙みたいに、生え出していた。心持ちか、おじさんからおじさんらしい臭いが減退してる。手綱がわりに掴んでいた贅肉も、しゅるしゅると、私の手のひらから、しぼんで消えかかった。

「無理しなくていいと思うよ」私はつぶやいた。白い息がぶわああ、と広がった。成層圏は寒かった。その水蒸気は、煙草のケムリのようで、大人になった気分になった。あるいは、発煙筒になった気分になった。喫茶店など、別に行きたくもないのだった。白い息が、私が壊れてしまったみたいに、噴き上がった。夜風は、冷たかった。

 おじさんのかさかさしていた膚が、ぷにぷにし始めた。このままぷよぷよみたいに、私とおじさんがくっついちゃうんじゃないかってくらい、ぷにぷにしだした。空一面から、ぷよぷよのぷよの代わりに、降りしきるぷにぷにの赤子はコウノトリの顎が疲れたからで、降りしきる赤子は、互いにくっつき合い、そして四人になると消滅する、そのような光景は、この世が終末だというのに、まだ、顕現されぬのであった。

 おじさんの体が、心持ちか、しゅるしゅるとしぼんでいった。肉越しに骨の形が柔らかくなるのがわかった。

 おじさんの拳骨は、げんこつ、と表記しなくちゃならなくなった。

 気がつくと、私は、股座に赤ん坊を一人挟み込んで、夜空を滑空していた。

 おじさんは、ネクタイ以外全裸だった。ワイシャツもズボンも全部、ぶかぶかで、抜け落ちて吹き飛ばされてしまっていた。背景の一部で揺らめいている。

 一瞬だけ鯉のぼりのようにたなびいたそれらは、ぽとぽと、と地へ落ちて、どこからともなく、『あなた、また服を脱ぎ散らかして、で、やんす』とおじさんの妻らしき女性から怒られたらどうしよう、と不安だった。けど、きっと、このおじさん、私の父さん同様、未婚だろう。未婚だろうと見込んだ、踏み込んだ解釈。

「エネルギーが枯渇したでやんす」おじさんは、あっけなくそういった。舌足らずのその舌をやっとこで引き延ばしてやろうかと思った。

 赤ん坊を股座に挟み込んだ私は、まるで片翼のプロペラみたいに、くるくると、松ぼっくりから放擲される松の種子みたいに、回転した。

 扇風機のプロペラに、生まれ変わった気分だった。生まれ変わったはいいものの、このままじゃ、死んじゃうなって思った。

「あ〜あ」ってため息をついた。そのあと、「あ〜あ」って絶叫した。一人で木霊。木霊みたいな速度で墜落中。

「大丈夫でやんす」

 おじさんの首にまとわりついていた、濃い緑色のネクタイが、ネクタイピンが、パンと弾けて、パラシュートみたいに、膨らんだ。パラシュートそのものだった。そのまんまだった。

 魂が、少し抜けた。

「大丈夫で、ないでやんす」


 ざざざ、ぼきぼきぼき、どさり。


 予想通りに、というと、御無体な、って感じだけれど、おじさんの首がびにょーんって伸びていた。

 そりゃそうだ。

 私たちは、墜落の最中、濃い緑色のネクタイをパラシュート代わりに膨らませて、生き長らえたのだけれども、ネクタイとはおじさんの首に巻きつくものだった。おじさんの首は、ギターのネックのようになっていた。赤子型ギターとは、もはや妖怪だった。

「妖怪赤ちゃんポストに、投函したろか」

 そんなもの、どこにあるんやろ。

「知らんわ」

 独り言から独り言へ。

 ギャグって、いつだって、降水確率90%くらいいつだって、不謹慎だ。

 少しだけ抜けた魂が、魂って白いのだけれど、人懐こい捨て犬のように、ギター抱える私の周囲を、くるくると飛び回った。

 意識を失った。ギターになった。おじさんに、人工呼吸の代わりに、その魂を注入した。魂に向かって『おい、魂。この中に入れ入れ。おじさんの口の中に入れ』って命令を試みる私は、なんだか、ばかみたいだ。

 しかも、なかなか言うことを聞いてくれないんだ。魂は。

 地団駄を校庭五週分くらい、踏んでようやく、仕方なそうに魂は、私に恭順した。

 でも、そんなんで生き返るんだからおじさんもおじさんだ。

 安っぽい命。安田生命。他意はない。

「えへへ、で、やんす」生き返ってすぐ、なんて口を聞いたらいいかわからなくて、ふやけた笑顔で誤魔化すように。

 まあ、生きていて何よりだと思う。このまま、世界が終わっちゃうとしても、余白ではなく、最後の最後まで書き込んで、終わりたかった。書き直して書き直して書き直して、真っ黒く、天才数学者の遺稿のように、乱雑な小文字が踊るノートが、終わってしまったこの世界であれば良いのに、と思った。あるいは私が。

 喫茶店にはまだたどり着けないけれど。

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