第30話 味方だよ

「今日は早めに帰るね」

そうあゆむに言って葉月夜子は店を出た


来て早々にどうしたんだろう?

流石に様子がおかしい


僕は暫く考え

「ごめんちょっと出る」

とテーブル席で接客している母に耳打ちして

夜子の後を追った


店を出ていつもの夜子との帰り道を

足早に辿る


人のまばらな大通りにさしかかる時

立ち止まった夜子の後ろ姿を見つけた


「夜…」

声をかけようとした時に

夜子の前から歩いて来ている

赤い服のさつきを見つけた


そしてさつきは消えた


「夜子!」

僕は思わず叫んでいた


怯えるように体を縮ませ

驚いて振り向く夜子を

僕は何も言えず呆然と見ていた


夜子は僕に駆け寄り

「びっくりした…」

と、怯えたように小さくなる


「ああ…ごめん、送るよ」

「お店いいの?忙しそうだから…」

「うん、大丈夫」

「ありがとう」

夜子は小さく微笑んだ


たった今さつきさんが消された

この世界から

確かに目の前で


僕と夜子の中にだけ

その記憶は残っている

さつきの笑顔が脳裏を駆け巡った


さつきさんは人工の人類だったんだ

そして僕には少しも分からなかった


もう旦那さんの記憶や

母の記憶からも消えてしまっただろう


「次は旦那さんと来るね」


僕は最後に交わした言葉を思い出していた


「なんか元気ない?」

夜子が不安そうな顔で僕を覗き込んで

ハッと我にかえった


「ううん、夜子こそ何かあった?」

「…何で?」

「急に帰るから」

「あ…うん、1人でゆっくり考えたい事あって」

「どうしたの?」

「んー…上手く言えないや」


歩きながら夜子は疲れたように下を向いた


夜子はまだ僕に話そうとしない

どう話せばいいのか分からないのだろう


「僕は夜子の味方だよ」

呟くように言うと

夜子はゆっくり前を向いて

少しだけ笑った

「私もだよ」

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カテゴライズ のいこ @bannouyaku

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