ゴルフ場で知らないおじさんと真剣勝負した話

木沢 真流「漂流病棟」GANMA!で連載

突然声をかけられた

 ゴルフとは個人のスポーツである。 自分の中でその技を極め、コースでそれぞれ競い合う紳士のスポーツである。そのゴルフ練習場のあるあるネタにこんなものがある。


「知らないおじさんが指導してくる」


 自分がスイングをしていると、「ここはもっとこうだ」とか、「肩が落ちている」とか曖昧なことを頼んでもいないのに言ってくる人がいる。そういう人は親切心で言っているのかもしれないが、言われた方は迷惑極まりない、多くのゴルファーが一度は経験したことがあるのではないだろうか。


 今回お話するのはそんな迷惑おじさんではなく、たった一度きりしか会うことのなかったそのおじさんが、振り返ると忘れられない思い出となってしまった、というお話である。


 私はゴルフが下手だ。それ以上に負けず嫌いだ。イコールめちゃくちゃ練習をした。しかし大学生だった私はお金がなかった。そのため、お金をかけずにどうすれば練習できるかを必死に考えた。


 行き着いた先は「ミニゴルフ場のパター練習場」である。ミニゴルフであればお金はそこまでかからない。そのゴルフ場は練習グリーンがしっかりしていたので、長い時は3時間くらいひたすらパター、そしてアプローチとよばれるグリーン周りからのショットを練習したものだ。


 大学生だった頃のある日、私が平日の午前に一人で練習していると、知らないおじさんも一緒に練習をし始めた。これは珍しいことではなく、迷惑をかけないよう距離をとりながら私は練習をしていた。


 しばらくすると、おじさんの視線を感じるようになった。嫌な予感がした。


 これ……まさか迷惑指導おじさんか?


 嫌な予感は的中した。


「おい、兄ちゃん」


 声をかけらられた私は、無愛想に返事をした。


「はい」


 しかしその後かけられた言葉は私の予想とはかけ離れていた。


「ちょっと勝負せんか」


 勝負? こんなところで?


 不思議な症状をしていた私におじさんは説明を始めた。


「スタートはここや。最初のホールはそこ。次のスタートは……」


 なるほど、この小さな練習グリーンを本コースを小さくしたミニコースよりさらに小さくしたコースと仮定して、その打数を勝負するというものだ。


 正直私はあまり気がすすまなかった。午後からの授業に間に合わせるために、ここから一時間かけて大学に戻らなければならない。やりたい練習はもっとあったのに、それを止めてまで付き合う必要があるのか? なんか面倒くさそうな気もしたのだが、どうも断ることができず、私はその誘いに乗っかった。


 やってみると意外に面白かった。 スタートの位置が工夫されていて、垣根をこえなければならない場所だったり、傾斜の場所だったりとそれなりのテクニックが要求されるものだったのだ。


(この人実はすごい人だったりして……)


 という私の期待は残念ながら裏切られた。 下手ではなかったが、すごくうまいわけではなかった。勝負はお互いいい勝負で終わったような気がする。5本くらい勝負し、おじさんとの戦いは終わった。


 最後におじさんはこう言った。


「いやー、楽しかったよ。ありがとう」


 最初は乗り気でなかった私だったが、感謝されるとまんざらでもなくなっていた。良い練習になったし、決して無駄な時間ではなかった。


 軽く会釈をするとそのおじさんは去っていったのだが、その去り際を見て、私ははっとした。


 おじさんはよく見ると足を引きずって歩いていたのだ。


 ちいさいグリーン周りでは歩くこともそこまでないので、気づかなかったが、おそらく足が不自由だったのだ。足が踏ん張れなければ力強いショットは打てないだろうし、何しろカートがあるとはいえ、10kmにおよぶコースを回り切ることは難しいだろう。


 ひょっとしたら今まで生き甲斐だったゴルフができなくなり、そのわずかな楽しみを得るためにここにきていたのかもしれない。


 そう考えると、なんだか自分がちっぽけな存在に思えてきた。 他と比べて下手くそな自分、時間がないと自分の練習だけをしたかった自分。でも自分は五体満足にゴルフはできるわけだ、それがどれだけありがたいことか。


 結局その後、そのおじさんと再会することはなく、今ではそのゴルフ場は太陽光発電所に変わっている。


 それでもあのおじさんは今でもどこかのグリーンで、誰かをつかまえて勝負でもしているんだろうか。


「おい、兄ちゃん。勝負せんか」

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