第8話 付き合ってください!




 僕は緋翠さんがいるはずの講義室へ向かった。

 ちょうど六限目が終わったところだろう。

 扉も開放されているしと思い、僕は中に入った。

 

 室内はさっき講義が終わったにも関わらず、ガラッとしている。


 その中に緋翠さんは……あ、見つけた。

 だけど、男の人と話している。

 邪魔しちゃいけないな、なんて思ったけどあの表情は……多分困惑している顔。


「何度も言ってるけど、今日だけだからさ! 緋翠さんもテニスサークル入ってるならちょっと顔出してほしいなって」

「サークル活動には行くけど、飲み会はちょっと……」

「でもさ、みんな緋翠さんと話したいって言ってるよ?」

「だから私は話したいなんて思ってないんだって」


 聞こえてくる会話の内容もあまり好ましくない雰囲気。

 僕は少しずつ距離を詰めていく。


「それは緋翠さんがみんなと話してないからだよ。それに君、彼氏とも別れたらしいじゃん。いい人見つかるかもよ?」

「わ、別れてなんかないっ! 今はちょっと喧嘩中だけど、きっとまた仲直りして……」

「いや、だって君の彼氏、今大学休んでるんでしょ? 彼女と別れたからってメンタル弱すぎ。そんなやつよりいいやつ絶対いるって!」


 なんだが僕の悪口になってきた。

 二人との距離もだいぶ縮まってきたしそろそろ声をかけようと思った時、緋翠さんが声を荒げる。


「そんなことないっ!! 陽くんは……私の好きな人は、どんな人よりも素敵な人だよっ!!!」


 この講義室内に彼女の声が響き渡る。

 話は思わぬ方向へと変わり、なんだか僕が聞いてはいけないようなセリフが耳に入ってきた。

 僕の中で嬉しいとか照れる、といった感情よりも、盗み聞きをしてしまった罪悪感がわずかに勝っている。


 相手の男側もこんな勢いよく叫ばれるとは思わなかったのかキョトンとしているし、なんとも歪な空気だ。

 これはもう僕が話しかけるしかないか。


「あの……、迎えにきたよ」


 彼女は肩をビクッと跳ねさせ、こちらを向く。

 僕の顔を見た途端、藍華は一瞬にして目を潤ませる。


「陽くん……っ!」

 

 今にも大泣きしそうな顔だ。

 無理させてたんだな、本当にごめん。


「ちっ! なんだよ」


 それを見た男子学生は面白くなさそうに、この場を去っていった。


「また……陽くんに助けられたね」

「そんなことない。それよりも藍華、この前はごめん」

「ううん、私こそ話を最後まで聞けなくてごめん」


 お互い謝罪したことで、なんとなく和やかな空気へと変わった。


「藍華、今日は話がしたくて……と言ってもこんなところじゃ」


 これは講義室で話す内容ではない。

 どこか移動したいけど、どこがいいだろうか。


「私もちゃんと話をしたい……あ、じゃあ話せる場所に行こっ!」


 藍華はそう言って僕の手を引いていくのだった。



 ◇



 藍華の向かう先は大学内ではなく外。

 それもしばらく歩き続けている。


「藍華、結局どこ行くんだ?」

「もーちょいで着くよ……ってもう着いた」


 彼女はパッと足を止める。

 ふとその場を見上げると、そこに答えがあった。


「ここって……」

「そう、私達が初めて会った居酒屋! もう17時だし、一杯どうですかい?」


 藍華はクイっとおちょこで飲む手ぶりをする。


「おいおい、そんな酒飲みだったか?」

「へへ、冗談っ!」

「まぁでも場所はいいかもな」

「でしょっ?」


 ってなわけで、店内へ入り腰をかけた。

 まさか出会った日と全く同じ席になるとは思わなかったが。


「まさかのデジャブだね〜」

「だな、席まであの時とハモるなんて思いもしなかった」

「ははっ! あの日ほど人と言葉がハモった日はないな〜」

「それは間違いない」


 出会った日を二人で楽しく振り返っていると、席にビールが二杯届く。

 お疲れ様の乾杯をした後、本題に入った。


「それで、藍華……話をしてもいいか?」


 彼女は数秒の間の後、「うん」と縦に首を振る。


「僕は約束を破った。これは君と離れたいがための言い訳ではない。本当のことなんだ」

「約束って……? 本当に覚えがなくて」

「恋人役を引き受ける時、約束しただろ? 君をそういう目で見ないって。僕はそれを破った。だから君の前から消えたほうがいいって言ったんだ」

「え、それってつまり……」

「あぁ、僕は藍華のことを好きになってしまった。まずはこれを謝りたくって……って藍華!?」


 彼女は口元を押さえ、すすり泣き始めた。


「うぅ……ごめん、違うの。これは、う、嬉しくて……」

「嬉しい?」

「う、ん……。私、あの時、嫌われてるんだと思ったから、う……っ!」

「嫌うわけない。君と過ごすようになって僕の人生がどれだけ明るくなったか。恋愛なんてしないと思ってたのに、そんな気持ちどっか行っちゃったよ」

「よかった……。私も陽くんが大好きだよ」


 え……。

 あれ、さっき講義室でチラッと聞いた言葉。

 分かっていたのに、面と向かってされる告白の威力に圧倒された。


 彼女はそんな僕の顔を心配そうに覗いてくる。


「あれ、聞こえなかった? 私、陽くんが大好き!」


「ぐは……っ!」


 ドンッ――


 いけない、テーブルに勢いよく突っ伏してしまった。

 僕のメンタルでは、許容量を超えた照れの処理方法が分からない。


「陽くんっ! 大丈夫っ!?」

「あぁ、なんとか……」


 そう言って僕はゆっくりと顔を上げた。

 僕の慌てた態度が面白かったのか、彼女はくすくす笑っている。

 くそ、バカにしやがって……可愛いなこのやろー。


 兎にも角にも、僕達は両想いになった。

 お互いの気持ちは伝わったが、僕はこの後もう一言付け加えなければならない。

 この場合、基本は男からに限る……はず。


「藍華、僕と……」

「あ、ちょっと待って!」


 僕の一世一代の告白を、なぜか今から伝えるはずの張本人に止められた。


「え、どうしたの?」

「その先さ、一緒に言わない?」


 藍華はへへ、と口角を上げながら提案してくる。

 彼女は僕が今から言おうとすることが分かるようだ。

 こういうのは男からと思ったが、僕達の出会いを考えるとそれも悪くない。


「あぁ分かったよ」

「なんだ、陽くんも乗り気じゃん〜」

「ほら、そんなこと言ってるうちに僕から言っちゃうぞ」

「あ〜ごめんって〜」


「じゃあいくよ?」


 藍華の合図で僕達はお互い声を発する。


「「せーのっ!」」


「僕と」

「私と」


「付き合ってください!」

「付き合ってください!」


「へへ、じゃあよろしく、陽くんっ!」

「藍華、こちらこそよろしくな」


 今日が僕達の本当の記念日になった。

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【ボイスドラマ8話完結】もう恋愛なんてしないと決めた僕と大学一の美女がお付き合いするまでの話 甲賀流 @kouga0208

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