第26話 最終話 全部伝える、その手段


「お疲れさん、相棒」


「相変わらずくさい台詞が好きだな、お前は。カメラが無いのが不思議なくらいだ」


 二人揃って軽口を叩きながら、卒業証書を軽くぶつけ合った。

 本日、卒業式。

 これで俺達の高校生活は終わり、これからはまた違う世界が待っている。


「しっかし、やるなぁ俊介。全教科満点とか、普通出来ねぇって」


「勉強だけなら、誰だって出来るだろ。むしろお前の方がスゲェよ。また賞を貰った上に、今度は写真集が出るんだろ?」


 親父から渇を入れられた翌日から、俺はひたすら勉強した。

 答えのない問題が無い以上、そこまで苦しいとは感じなかったが。

 そして俺がそんな事をやっている間、友人はバシバシ写真を撮っていたらしく。

 それらが編集者に買われ、高校を卒業した瞬間プロのカメラマンになるらしい。

 すげぇな、ホント。

 人生って何があるか分からない。

 などと思いながら、校門前で駄弁っていれば。


「先輩、お待たせしました」


「二人共ご卒業おめでとうございまーす!」


 後輩二人が、俺達に声を掛けて来るのであった。

 永奈と美月ちゃん。

 いつ見たって可愛いと思える自慢の後輩と、律也のモデルとして活動している後輩。

 後者に関して、ガチでアイドルやらモデルやらの依頼が入っているらしい。

 律也が写真を撮り始めた影響なんだが……本当に人生ってのは不思議だ。


「今日は皆で飯食う約束だったよな、何が良い?」


「ブワァァカ。こういう時こそ、事前に予約取っとくべきだろ」


「私は特に希望はありませんかね……先輩と一緒なら、何処でも良いです」


「はいはーい! 祝いの席ですし、ステーキでも食べに行きましょうよ! もちろん先輩達の奢りで!」


 誰しもが明るい声を上げ、軽口を言い合いながら歩いて行く。

 これから変わっていくであろう人生に、不安と期待を抱きながらも。

 今だけは、いつも通りに最後の思い出を残していく。


「永奈、ステーキだって。ソレで良いか?」


「はい、大丈夫です。でも、その……私は小さめなヤツでお願いします。おっきいと、ちょっと顎が疲れちゃうんですよね」


 などと会話しながら、手を繋いでいれば。


「いやん永奈、昼間っからエッチな事言って」


「それはつまりアレか? 俊介はそこまでデカくないっていうか……」


 前を歩くバカップルがそんな事を言った瞬間、永奈はポカンとしたまま首を傾げ。

 次の瞬間にはボッと顔を赤くした。


「ち、違います! 今はステーキの話をしているのであって――」


「永奈~落ち着け。乗るな、話に乗るな。コイツ等からかってるだけだ、俺もショックを受けるかもしれない」


 相手の悪乗りに便乗しかけた後輩を止めつつ、俺達は無駄話を挟みながら卒業祝いをする為に飯屋へと足を運ぶのであった。

 卒業、卒業かぁ。

 もう俺、高校生じゃないんだなぁ。

 そんでもって、永奈と一年くらいは別々の環境に置かれる訳で。

 ちょっと心配になりながら、隣を歩く彼女に視線を向けてみれば。

 ニコッと柔らかい微笑みを向けてくれる。

 あぁもう、可愛い。

 間違いなく、俺は勝ち組って事で良いのだろう。

 無駄に勝利の味を噛みしめながら、皆揃って歩いていれば。

 俺の肩ちょんちょんと突っついて来る後輩が。

 そして、両手を動かし。


『あと、丁度一年です』


 永奈が卒業するまでって、そう言いたいのだろう。

 うんうんと頷くと。


『一年後でも、同じ気持ちなら。全部あげますから、先輩に』


 恥ずかしそうに、そんな事を伝えて来る。

 あぁ、不味い。

 飯屋の前にホテルを探したくなって来た。

 と言う事で、此方も手話で言葉を手で返してみれば、


『愛しています』


「はい、私もです。先輩!」


 ひっそりと会話をしていた筈なのに、後輩からは元気な声を頂いてしまったのであった。

 いやまぁ、嬉しいんですけどね?


 ※※※


 卒業式。

 それはとても特別で、何かがガラッと変わる様な気がしていた。

 でも卒業証書を持った私は、昨日までの私と何も変わって無くて。

 むしろ先輩が卒業してしまった日の方が、心境的な変化が大きかったくらいだ。


「永奈、お疲れ~」


 そんな事を言いながら、友人が肩を叩いて来た。

 一年、 それは学生にとってはとても長い。

 先輩が居ない学生生活は、とにかく苦行だったと言えよう。

 “これまでの経験”で言えば。

 でももう、昔の私じゃないんだ。

 高校では友達が出来たし、先輩が居ない一年間だって大きな問題なく過ごせたと思う。

 そしてこれからは、大人としての人生が待っている。

 だからこそ、自分の責任は自分で取らないといけない。

 何があっても先輩に頼りきる弱い私は、この一年で捨て去ったつもりだ。

 もしも先輩に、大学で好きな人が出来ていたら。

 もしも先輩に、私を構う余裕が無くなっていたら。

 その時ばかりは、私は身を引こう。

 どうしたって、彼に迷惑を掛けてしまうのだから。

 だから、先輩が他の人を好きになるなら仕方ない。

 私を捨てるのだって、当たり前だ。

 そんな考えながら、校門へと歩いてみれば。


「卒業おめでとう、二人共」


「大人の仲間入りだな、めでたい! よしっ、飯食いに行こうぜ!」


 最近買ったという先輩の車が、学校の近くに止まっていた。

 そして出迎えてくれるのは一年前と一緒の二人。

 更には。


『愛しています』


「……先輩達、来てくれたんですね」


『一緒に居よう、ずっと』


「えっと、この後は……えっと」


『結婚、して下さい』


 先輩が、手話で勝手に話を進めていくのだ。

 ズルい、ズルいよ。

 優しい微笑みを浮かべながら、こんな人の多い所で。

 他の人には聞こえない方法で愛を伝えて来るのだ。

 確かに、一年待って欲しいって言った。

 私が卒業するまで、決断するのを待って欲しいと言葉にした。

 でも、卒業した瞬間。

 こんな事ってあるだろう?

 だって自由に生きて欲しいって、恋人を作っても構わないって言ったのだ。

 だと言うのに、先輩は。


「永奈」


「……はい、はい!」


 名前を呼ばれて、そのまま彼の胸の中に飛び込んでしまった。

 私みたいな人間と一緒になれば、絶対迷惑を掛ける。

 今後生きて行くにも、大変な思いを続ける事になってしまう。

 それが分かっているからこそ、彼に逃げ道を作ろうとしたのに。

 先輩は、こうして私を迎えに来てしまった。


「言葉は嘘つきだ、だから両方で伝えるよ」


 そう言って私を放し、彼は両手を動かした。


「やっぱり、君が好きだ。永奈以外考えられない、一緒に居よう」


『愛しています』


 いつだったか、私が先輩に教えた嘘の手話を使いながら。

 彼は“どっち”でも愛を囁いてくれるのであった。


「一年経っても、変わりませんか?」


「変わらないな、お前が好きだ」


「他に好きな人とか、出来なかったんですか」


「モテないからな、お前に捨てられたら泣いてしまいそうだ」


 嘘です。

 今の先輩は、昔よりずっと恰好良くなりました。

 周りが放っておかないって、そう思ってしまいます。

 それに律也先輩からも教えてもらいました。

 女の子の躱し方、聞いたりしてますよね?

 なのに。


「本当に良いんですか? 多分、後悔しますよ?」


「後悔させてみろ、後輩。俺はお前と一緒の時が、一番幸せなんだよ」


 ニッと口元を吊り上げながら、先輩はそんな事を言って来るのであった。

 そして。


『大好きです、一緒に居て下さい』


 自信満々な口調とは裏腹に、形作る言葉は震えていた。

 本当に、この人は。

 私と同じで、隠し事が下手だ。

 結局全部先輩に見破られて、全部ひっくり返されて。

 私の幸せを具現化してくれるこの人に、此方から送れる言葉は。


「約束ですからね、全部あげます。先輩」


『私も、愛しています』


 そう言いながら、思いっきり笑みを浮かべるのであった。

 多分私はこの世界で、今一番幸せな女の子だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛していますを伝える、言葉以外の方法。 くろぬか @kuronuka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ