異変



 そして、問題の体育の時間になった。



 体育館で準備体操をして、チームごとに練習をする。但馬、平井、遠山と同じチームでプレーする。



「フジ、今日はアンマ、無茶すんなよ!」



「あぁ、うん、わかってる」



「今日は勝とうぜ!」



俺たちは円陣を組んだ。



『おう!』


 

 気合が十分な男子たち、しかしこの中にバレー経験者はいない。



 気持ちだけで勝とうとしている男たちだ。




「試合始め!」



  試合が始まって、ボールが激しく行き来する。チームのメンバーは俺に無理させすぎないようにいつも以上の運動をしている。しかし、



「ダメだ、数の力はやっぱり大きいな…」



 俺があまり動けないことで相手にどんどん点が入っていく。それに、



「あいつ、新崎を止めろー!」



新崎、バレー部の部員で、長身、運動神経抜群の隣のサエと同じクラスの男子。やはりプレーが光っている。






「キャー!新崎君!」



黄色い声援が隣のコートからするのを見ると、かなりモテるようだ。



「はぁ。スゴイね、こりゃ」



 ため息をつく。



 高校生にもなると、モテる男とモテない自分を比べて落ち込むようになった。



 何も考えず、何故か「モテるかも」と漠然と思っていた自分に戻りたくなる時がある。



(あ、そうだ、サアは?)



  隣のコートを見る。サエもやはりクラスの女子と試合をみて、笑いあっていた。



 そして、



「!?」



 サエが笑顔でこっちを見た気がして、一瞬ドキりとした。



 気のせいだ、こういう自意識の高さはダメだ。



 しかし、

「フジ! 前、前!」



  ハッと我に帰ると、目の前に高くジャンプしてくる彼が前に迫っていた。



(まずい! 俺に止められるか?)



 いつもの俺なら壁のように立っていようが、ジャンプしていようが、あっさり抜かれてしまうだろう。




だが「その時」は違った。



  不意に不思議な感覚になった。



(なんだ? この感覚。相手の動きが…)



 ゆっくりに見えたのだ、まるで時が動かなくなってしまったかのように、ゆっくりと。



(これならいけるんじゃないか…?)



 俺は一歩前へ踏み出し、飛んだ、新崎と同じ高さに。その「止まっている(ように見える)」ボールが自分の手のひらに吸い込まれてくる。



(このまま、得点までいけたりして? なんてね)



 手のひらに吸い込まれたボールを角度をつけることで勢いを殺し、自分のコートの空中へ返した。



「⁉」



 新崎は目を見開き驚いている。



「ナイスワンタッチ!」



 チームメイトがボールをレシーブする。



「よっしゃ、チャンス! フジ、決めちゃえ!」



 もう一人のチームメイトがボールをネット際で高く上げた。



 トスは技術的には五十点といったところ、いつもならタイミングが合わずどこかに飛んで行っただろう。



 しかし、


 俺は一歩踏み出し、飛び上がる。



「!」



 相手のブロックよりも高く飛び上がった。



 コートの向こう側が見えた。



 そしてボールをアタックした。



 ボールは俺の手を離れるとまた直線を描きながら、飛んでいった。



 果たして、



「いいんじゃない…?」



 ボールは見事相手のコートに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る