いつもそばにいるよ
ぴぴぴっと体温計が鳴る。表示された数字は38.5℃。
「じゅう、ごめんね……」
「謝ることないだろ。しんどいのはお前なんだから」
「だって今日はお出かけするの楽しみにしてたのに……」
「そんなんまた機会があるさ。他にしんどいところは?」
「……だるいのと喉が痛いかな」
「了解。明日朝イチ病院行って薬貰いに行けよ。解熱剤と鎮痛剤の余りがあった気がするからちょっと救急箱漁ってくるな」
「うん、ありがと……」
救急箱を探しにリビングへ行く。お目当ての薬を見つけて、そういや朝メシもまだだしおかゆでも作るかと思い立ち薬を持って眞佐樹のもとに戻る。
「眞佐樹、食欲はあるか?」
「うん。柔のごはん食べたい」
「わかった。じゃあ、おかゆ作ってくるからちょっと待っててな」
「ありがとね」
しんどいはずなのに眞佐樹は綺麗に笑う。いつ何時も失われないその美しい笑みに、どれだけ俺は救われてきたことか。
「礼なんていらない。お互い様だ」
「でも柔は風邪ひかないじゃん」
「風邪ひかなくても、俺はお前に助けられてんの」
「えぇ?」
「眞佐樹の笑顔とか、俺にありがとうっていつも感謝を伝えてくれるところとか、俺の作ったごはんをおいしそうに食べる様子とか、こんなのほんの一部だけどとにかく俺は眞佐樹に助けられてるよ」
そう言うと眞佐樹は驚いたような顔をしていた。どうせそんな些細なことでって思ってるんだろうけれど、まあこれからじっくり教え込んでいけばいいと思った。幼少期に十分な愛情を貰えなかった分、俺が眞佐樹に愛を注いでその寂しいと泣く器を愛で満たしていけばいい。
「キッチンにいるからなんかあったら呼べよ」
「……うん。わかった」
寝室を後にしてキッチンへと向かう。キッチンに辿り着いたらまずは昨日多めに炊いて余っていたお米をざるに入れて水で洗い、ぬめりを取る。具材は何にしようか。食欲はあるみたいだから栄養が摂れるように少し贅沢に具材を使おう。ねぎとにんじんを食べやすい大きさに切って、お米と水と共に鍋に入れる。鍋を強火で煮て、沸騰したら弱火にする。しばらく煮込んで最後に卵を回しかけ、だし醤油を少し加えたら卵がゆの完成だ。
お椀に完成した卵がゆをよそって、眞佐樹のもとに持っていく。寝室に戻ると眞佐樹は疲れがたまっていたのかすやすやと寝ていた。その美しい寝顔をそっと眺める。今は閉じられたきらきらと輝く大きな瞳、それを彩る繊細で長い睫毛、すっと通った鼻筋に薄く形の整った血色感のある唇。透き通るような肌の白さも相まってなんだか精巧な人形のように見えるけれど、よく見ると目じりには少し笑いじわが滲んでいるし、うっすら髭も生えている。その人間らしさが愛おしくて小さく笑みを溢す。
起きた時に、眞佐樹が寂しい思いをしないようにしばらく俺もここにいよう。目覚めた時に一番に眞佐樹の目に映るのがいつも俺だったらいい。そうして俺の注ぐ愛とぬくもりに溺れて幸せになってしまえ、なんて思う。眞佐樹が気にしないようにマスクだけして、俺は眞佐樹のそばでずっとその寝顔を眺めていた。
二、三時間ほど経って眞佐樹が目を覚ました。目を開けて俺がいるのを確認した瞬間、ほっとしたような嬉しそうな表情を浮かべるもんだからああ、待っていてよかったなと思った。
「おはよう。結構寝ちゃってた?」
「いいや、二時間ぐらいだ。調子はどうだ?」
「さっきより少し体が軽くなった気がする。最近忙しかったからあんま寝れてなかったのかも」
「よく眠れたならよかった。おかゆ温めてくるな」
「わざわざ作ってくれたのにごめんね」
「気にするな。あと、そういう時はありがとうって言っとけ」
「……ありがとう」
キッチンに戻っておかゆを温めなおし、再び寝室に持っていく。眞佐樹がふーふーとおかゆを冷ましながらちょびちょび口に運ぶのを眺める。
「そんなに見ないでよ」
「ああ、すまん。おいしいかなって思って」
「もちろんおいしいよ! 優しくて、あったかい」
眞佐樹はおかゆをいたく気に入ったようでおかわりもした。これだけ食べられたなら回復するのも早いだろう。
「ねえ、柔」
「なんだ?」
「そばにいてくれてありがとう。起きたら柔が隣にいてすごく嬉しかった」
「そのくらいどうってことない」
「俺にとってはすごく大きなことなの。子供の頃は熱を出しても家に一人で、ごはんもなくて。おなかが空いて寂しくて辛くて一人で泣いてたからさ。今こうやって柔がそばにいて、おいしいご飯を食べられるのが言葉にならないくらい嬉しいの」
そう語る眞佐樹の瞳には寂しさが滲んでいたけれど、それ以上の幸福で満たされているのがわかったから、俺はただ、眞佐樹の手を取って微笑んだ。いつか寂しい思いをした子供の眞佐樹を、大人の眞佐樹と一緒に抱きしめられるように俺はずっとそばにいるよ。心の中でそう誓って幸福な時間に身をゆだねた。
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