その手を取ったのは

 俺が眞佐樹への想いを自覚したのは、中学二年の時だった。

 自覚するとその気持ちはすとん、と俺の心に落ちてきた。恋なんて幼稚園の頃に里奈ちゃんが好きと言ってからかわれた記憶から止まっている。つまり、実質的に初恋だった。

 初恋は実らないとか、そもそも同性だとか、問題は山積みだったけれど当時の俺はあまり悲観的には考えていなかった。というのも自分の想いを眞佐樹に伝える気はなかったから。また男から言い寄られるなんてあの時のこと思い出して眞佐樹は嫌だろうし、この関係を壊すくらいなら俺が自分の気持ちにふたをすればいい。そう思っていた。

 だから高校の卒業式の後、帰り道で告白されたときはびっくりした。俺と眞佐樹は進学先がばらばらだったから、卒業すれば関わる頻度は当然減る。そのことが眞佐樹は酷く怖かったらしい。どうにか俺をつなぎとめたくて必死に告白してきた眞佐樹のことを、俺は世界で一番愛おしく思った。

 そこからだ。俺たちが付き合い始めたのは。そして今日、俺たちは付き合って十年目を迎えた。

 二人して有休をとって、朝からちょっと遠くのアウトレットパークに出かけてお互いの服を選んで、昼はおいしいパスタランチを食べて、夜は二人で奮発してディナーを作った。メニューは豚肉とプラムの赤ワイン煮、白菜のシーザーサラダ、桜海老のビスク、鱈とじゃがいものグラタン。豚肉はほろほろとして赤ワインの旨味が凝縮されていて、シーザーサラダはあっさりとした白菜と濃厚なソースのバランスが絶妙、スープは海老の旨味がこれでもかと詰まっていて、グラタンは鱈の塩気とじゃがいもの甘さの相性が抜群で明日に残しておくつもりだったのに綺麗に平らげてしまった。手間と時間をかけて二人で作った料理はとびきりおいしくて、たくさん笑顔が咲いた。

 片づけを終えて、程よい疲労感と満足感に浸りながら二人してソファに腰掛ける。何も喋らず、ただ手を重ねて穏やかに過ぎる時間はあまりに心地よくて。願わくばこの幸せな時間が一生続けばいいのにと思った。

 でも俺にはまだ大事な仕事が残っている。一世一代の。

 重ねていた手をそっと外して、眞佐樹の方を見る。そして俺は跪いた。

「眞佐樹、この先もずっと俺と一緒に生きてください」

 小さな箱を開いて眞佐樹に差し出す。中に入っているのは、紛うことなき結婚指輪だった。

「え……。柔、これ結婚指輪だよね。いつのまに?」

 まさか俺からプロポーズされるとは思っていなかったのか、眞佐樹がうろたえる。次第に大きな瞳にはうるうると涙の膜が張り、間もなく決壊した。

「……細かいことはあとで答えるからとりあえず受け取るか受け取らないか決めてくれ」

「受け取るにきまってるじゃん! ……不束者ですがこちらこそ、よろしくお願いします」

 嬉し涙を浮かべながら、恭しく眞佐樹が結婚指輪を受け取る。そのしぐさがまるで王子様のようで見惚れていると、眞佐樹がもじもじし始めた。

「……どうした?」

「えっと、実は俺も用意してて……」

 そう言ってこれまた高級感のある小さな箱を取り出す。今度は眞佐樹が跪いて俺に指輪を差し出す。

「先越されちゃったけど、俺からも。どうかこの先も、ずっと俺のそばにいてください」

「もちろん」

 お互いの指輪を左手の薬指に嵌めあう。二重になった指輪がおかしくって笑って、幸せがあふれた。この先続いていく日々が、どうか幸せに満ちたものでありますように。そう願った、夜。

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