妹の遺し物


 「ん……ううん……?」



 暖かくて、柔らかい。心地よさに包まれながら、私は目を開けた。視界に飛び込むのは、夏風に揺れるカーテンと、そこから溢れる日光。



「あれ、朝か……」



 穏やかな目覚めが、とても久しぶりに感じる。身体も重い。なんだか、長い長い夢を見ているような気がした。眠っている間に別の世界で暮らしていた、と思うほどに。



 上半身を起こすと、仏壇が目に留まる。お父さんとお母さん。そして、妹の海月みつきの遺影が置いてある。



「あれからもう10年、か……」



 長いような、短いような。あの頃は受け入れ難かった現実も、今となっては、ちゃんと私の人生の一部になってしまった。そのことが、妙に胸を苦しめる。



 ベッドから出た私は、顔を洗ってすぐに仏壇の前に正座した。朝の挨拶を、家族と交わすために。



 線香をつけて鈴を鳴らす。澄み切った音の中で、私は今日もまた、おはよう、と言った。返事は返ってこないけど、多分聞こえている。



 挨拶を終えた私は、新聞を取るべく玄関に向かった。そして、靴を履こうとした時だ。私はとある違和感を覚えた。



「これって……海月みつきの、靴?」



 亡き妹の靴が、綺麗に並べてあった。それも、両足揃った状態で。この靴の片方は、海で事故にあった時に無くしたはずだ。ここに、あるはずがないのに。



「もしかして……」



 私の脳裏に一つの予想が浮かぶ。しかし、現実的にあり得ない。けれど、信じていいのかもしれない。



「ありがとう、海月みつき



 私は微笑んだ。妹も、笑ってくれていたら嬉しいな。

 

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夜の忘れ物 葉名月 乃夜 @noya7825

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