聖女様の裏アカ

阿炎快空

聖女様の裏アカ

 魔王の討伐から数百年。

 世界は平和になり、文明も飛躍的な発達を遂げていた。


 とは言えどれだけ物質的に豊かになろうと、未だ慈愛の女神を崇める教団への信仰は厚い。

 神殿には日々、多くの人々が祈りの為に訪れていた。


 そんな中、かつて魔王討伐にも参加した神官の血を引く聖女・ルカの最近の関心ごとは、もっぱらSNSであった。


 ルカも今年で15歳。

 無理からぬことである。


「聖職者たるもの、そうした俗世的ものに手を出すのは……」


 聖母として名高い母がそう言って渋るのを、


「私達が相手にすべきは、その俗世に生きる方々でしょう?それに教団の教えを広めるのにも繋がるはずです!」


 と説得。

 スマホを買い与えられたルカの開設したアカウントは、大勢のフォロワーを獲得するに至った。

 自撮り写真には大量の「いいね」とコメントがつき、聖典の内容をわかりやすく意訳した呟きは若者に支持され、広く拡散された。

 

 この結果に教団側も胸を撫で下ろしたが、ルカは彼らの認識を遥かに超えた次元でSNSを使いこなしていた。


 匿名の別アカウント——即ち裏アカの存在である。


「教団関係者だけど、信者の悩み聞くのタルすぎ。庭で育ててるマンドレイクにでも愚痴ってろ」

「ドワーフの酔っ払いマジ無理。仕事もしないで、朝っぱらからエール酒飲んでんじゃねえし」

「てか魔族が大通り歩くなよ。侵略者の子孫共がよ」


 幼い頃から聖女として育てられた彼女は、溜まりに溜まったストレスを裏アカで発散していった。


 そんなある日、異変が起こる。

 治癒や予知を始めとする、奇跡の力が弱まりだしたのだ。

 歴史上そうした事態は稀に起こっており、教団ではその理由を『道を外れたため』と解釈していた。

 慌てたルカは、礼拝堂にて必死の懺悔を始めた。


「慈愛の女神よ。投稿は全て削除し、スマホも一旦解約致しました。しばしネットを離れ、一からリテラシーを学びなおします。その上で、再びネット上にて教団の布教を……」


 と、その瞬間——礼拝堂一体に邪悪な気配が立ち込め、狂ったような笑い声が響き渡った。


〝フハハハハ!我は破壊と混沌の化身!畏れよ、愚かな人間共!〟


 嗚呼、何ということだ!

 私の分不相応な力と、SNSに未練を残した中途半端な懺悔とが、異教の邪神を呼び出してしまったのだ!


 蒼白となるルカだったが、笑い声はすぐに止み、代わりに天井から純白の光が降り注いだ。

 呆気に取られるルカに、先程までとは別人の、消え入りそうな声が告げた。


〝す、すいません……アカウント間違えました〟

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