残暑
一本の電話があった。
「梟編集部さんでしょうか?」
「はい。梟編集部です。お名前とご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「西山凛と申します。旧姓は片桐です。“追憶”を書かれた作者さんに、伝えていただけませんか?あの夏の続きをしようと、あの日の駅で待っていると。」
電話の言葉を聞いた僕はその日のうちに帰郷の準備をした。
大学進学とともに上京し、両親に頼らず生きるため、日々バイトと作家業を続けた。彼女が生きているかもしれない望みに賭けて、彼女との思い出をネットに投稿した。運がいいことに、多くの人に見てもらえて、書籍化の話をいただけて。なんとか毎日の生活費を得ている。
綺麗事のように言っていても、結局は僕は未来のために、大切で踏み躙られたくないはずの記憶を売ったのだ。言い繕いが上手くなって、綺麗に整えられた物語はきっと、本当の記憶を知っているりんには笑われるかもしれない。
この電話が本物かはわからない。
彼女が帰ってきたという話は聞かなかった。
りんの父親がどうなったかも、近所付き合いのない両親とコミュニーケーション能力の不足した僕では何もわからない。
夏の逃避行は誰にも見られておらず、僕がそこそこ遠くの病院から帰ってきたこともあって、近所では特に話題に上がらなかった。学校の教師は僕のことをそれ以来気にするようになったが、今更だと思った。取り繕った笑みでやり過ごした中学生時代。思い出すだけで、苦味が口を占めるような記憶だ。
背が伸びて、声が変わって、君と向き合っていた僕の特徴はもう残っていないかもしない。彼女に気づいてもらうために、彼女との思い出のギターを背負っていこうと思った。星の本と楽譜も持った。線香花火を買っていこうと思った。
本当に彼女だったら、僕はなんと言えばいいのだろうか。
彼女がもし生きているなら、それは過酷な人生だったはずだ。
彼女を忘れて、なんとなく生きてきてしまった僕なんかと違って。
思い出した僕は罪の意識に苛まれてる。
彼女に会わないという選択もできるのに、僕の荷造りの手は止まらない。
僕は君に会いにいこうと思う。
きっと自分のために。
そして、あわよくば彼女のために。
七年前、手放した手を今度は握るために。
*
新幹線に乗る前に、自販機で飲み物を買った。
あの日以来飲んでいない清涼飲料水を気づいたら押していた。
喉を心地いいほどの爽快感が駆け抜ける。
あ、そうだ彼女に会ったら、抹茶のアイスでも一緒に買いに行こう。
そんな呑気なことを思って、歩き出した。また左手が冷たくなった気がした。
あとがき
これは僕の物語です。僕の夏です。これが全てです。
僕は生きています。
今日も楽しく、苦しく、退屈から逃れるように書いて書いて書いて生きています。
夏が来ます。
今年も、桜が散って、艶やかな朝からカラッとした朝へと、震えるような夜から逃げ出したくなるような夏へと、変わっていきます。
その度に何度も思い出します。何度も切りつけられます。
天の川を見るたびに、花火の輝きを見るたびに、暑さを感じるたびに。
傷口が発火していきます。
それでも、息をします。
だから、ここに一つ言葉を置いていこうと思います。
生きていたら、また明日。
生きていたら、また会いましょう、と。
追憶 霜月 偲雨 @siyu_simotsuki_11
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