第4話 2人の密談
玉川ダンジョンで起こった一件の翌日。
そして校庭にいる陸上部らしき男がユウカの姿に気づくと、
「おーい、ユウカー! お前はやっぱり陸上部に入る気はないかー!」
と、彼女に大きな声をかけてくる。
一度ダンジョンに入ってモンスターを倒してしまうと、非常に高い身体能力を得てしまうがゆえに、運動系の部活に入れず、体育の時間も免除されるという決まりがある。
そのため、名目上はそのようなことをしていないにも関わらず体力テストで高得点を叩き出したユウカは、いろんな部活からこのようにお誘いを受けるのだ。
しかしユウカは、現在その辺にいる冒険者を凌ぐ能力を得ている。それに、関東圏で災害が発生したときなんかに人命救助をする仕事をしているため、
「いやー、私は気楽な帰宅部でいいよー」
と返すしかないのだ。
学校に入ったときから行われる運動部の猛アタックをかわしつつ、ユウカは下駄箱に到着する。そして自分の上履きが入っている扉を開けるとそこには何やら茶色の長封筒のようなものが入っていた。彼女がそれを下駄箱から出すと、それを見たお調子者の男子が、
「えっ、それって、もしかして、いわゆるラブレターってやつ!?」
と大声を出してきた。とたんにユウカの周りには人だかりが集まり、彼女は困惑してしまった。
「いやいや、ラブレターって言ったら、なんかこう、正方形に近くて白い封筒にいれるもんでしょ。こんな茶色で長い封筒、入ってたとしても果し状だよ」
「うーん、言われてみればそれもそうかー……でももしラブレターだったら、俺にこっそりと教えてくれ」
「ラブレターだとしたらもっと教えたくないわ!」
ユウカは、お調子者の男子にできるだけ手加減をしてビンタをし、この場から走り去っていった。なお、そのビンタの跡は1日中残ったという。
「ふーっ、ここまで来たら大丈夫でしょ」
ユウカは、自分の教室に行く前に、一旦近場のトイレにある個室に入り、カバンをフックに掛けた。そして、下駄箱に入っていた封筒を見る。長くてあまりいい印象を与えない封筒。開けてもあまり吉報が入っているとは思えないが……。
「まぁ、私の下駄箱に入ってたんだったら私に伝えたいことが入ってるんだろうし、開けて読んだほうが良いよねー」
ユウカはこうつぶやきながら、無駄に糊までしてあった封筒を開け、中に入っていた手紙を見る。その手紙は、正方形の紙であり、それに書いてある文字は手書きではあるがとてもきれいだった。
「えっとなになに……『御剣ユウカへ 放課後、静寂インダストリー本社にある個室で会いましょう 受付に「静寂ナルミの紹介で来ました」と言えば通してくれるはずです 私はあなたの正体を知っています もし応じなければ……分かりますね?』……だぁ?」
この手紙、筆跡からして、書いたのはユウカの隣の席にいるナルミだろう。やはりあの人魚はナルミであり、なぜかは分からないが私の正体が彼女に割れてしまったのだろう、そう思ってユウカは便器に座りながら頭を抱えた。
ただ、ユウカは、
(光の狐の正体が私だと明かしたところでナルミ、ひいては
とも思った。そうしたところで多分IM管理課に情報操作をされてなかったことにされるだろうし、最悪の場合会社自体が潰されて本人も口封じに……。そんなこと、IM管理課が許しても私が許せない。
ただ、ユウカはそんなに頭が良くなかったので、「まぁ静寂インダストリー側にも何か考えがあるんだろう」という浅い考えのもとに、その本社へ行くことに決めた。
――放課後。
ユウカは、静寂インダストリーの本社の前にいた。彼女はそこについてほとんど知らなかったので、場所はネットで調べて電車に乗って来た。知っていたことは、ナルミがその会社の社長令嬢ということと、ナルミの父が社長であるということくらいであった。
一応、ユウカは電車の中でその会社について調べていたが、あまり面白いことが書いていなかったので、その会社がBtoB――会社同士――の取引を主に行っていることという情報を得た時点で飽きてしまい、いつもの動画漁りに移ってしまった。
「……さて、乗り込むとしますか。何が起こるかわからないけど、まぁ、なんとかしてみせましょう」
ユウカは、意を決してこうつぶやいて、静寂インダストリーの本社の中へ入っていった。
ユウカは受付の前に行き、
「失礼します、御剣ユウカです。静寂ナルミさんの紹介で来ました。……こう言えば案内してくれると本人から聞いたのですけれど……」
と言った。すると受付の女性は、
「了解しました、只今アポイントを確認しております……確認ができました。ただいま、案内いたしますので、はぐれずに付いてきてください」
と言って、ユウカを先導し始めた。彼女は、やっぱり本社ということもあってセキュリティが厳重なんだなぁと思いつつ、受付の女性について行った。
ユウカが案内された場所は、ビル15階にある小さい応接室だった。中には2人がけのソファーが2つ、小さいテーブルを挟むように置いてあり、周りにはポットなどが置いてある。ユウカは気づかなかったが、普段ならここで商談などが行われるような場所だ。
案内されたユウカが扉に一番近いところに座ると、しばらくしてナルミが扉を開けてやってきた。ナルミは、ユウカの姿を見てクスクスと笑う。
「な……何がおかしいの?」
ユウカが怒りと困惑混じりにナルミにこう聞くと、
「い、いや、上座に座って良かったのですけれど……ならば、私はここに座りましょう」
ナルミはこう返しながら、扉から遠い方のソファーの、扉から近い方に座った。2人は近くで向かい合う形になる。
「……で、私にこんな手紙を渡してきたからには、何か考えがあるんでしょうね?」
ユウカは、こう言いながら懐から封筒を取り出し、ナルミに見せつけてからテーブルに叩きつける。無作法だが、これはユウカが前に見た映画であったシーンと同じものだ。ちなみに、そのシーンも、今とだいたい同じ状況だ。
なお、今のところユウカ自身は何かしようという考えはない。ナルミの出方を伺ってから対応を考えようとしているのだ。
「……ま、手紙をテーブルに叩きつけるなんて不躾なこと。でも、こういうの、嫌いじゃないですよ」
ナルミは、テーブルに叩きつけられた手紙を受け取る。そして、
「そして、私があなたを『光の狐』だと知っていて、何をしたいか、聞きたいんですね」
と、笑顔になりながら言い放った。それと同時に、辺りの空気が一瞬にしてひりつく。ユウカからはナルミが不敵に笑っているように見え、少し恐怖さえも感じる。
「私が『光の狐』ってなんで分かった」
ユウカはダウナーな調子で、早口でナルミにこう聞く。すると、
「髪型と髪色、そして声、ですね。今年度に入ってからずっと隣の席なもんで、印象に残っちゃって。で、改めて聞きますけど、私があなたを『光の狐』だと知っていて、何をしたいか、聞きたいんですね」
と返ってきた。これにはユウカも、
(あんにゃろー、だから仮面に変声器付けようって言ったのに……)
と思うしかなかった。
「あぁそうよ。でも、脅しには屈しないから。私には、詳しくは言えないけど、後ろ盾とか、あるし?」
「脅しとは言いませんが……とにかく、単刀直入に言います。『光の狐』、いや、『御剣ユウカ』さん、私と一緒に、ダンジョン配信をしましょう!」
「はぁ!? いやいや、あんたが私を『光の狐』だと知っていることと、ダンジョン配信するって……、全然頭の中で結びつかないし」
ユウカは困惑した表情になりながら、ソファーの背もたれまでのけぞる。そして、それでも表情を崩さないナルミに、かなりの恐怖を覚える。何なんだこいつ……、そういう感情がユウカの心の中を満たしていた。
相手がそんな状況になっている間でも、ナルミは表情を崩さず、話を進める。
「もちろん、ただのダンジョン配信ではありません。私の父が社長をしているこの会社、『静寂インダストリー』、その新商品、
この言葉を聞いたユウカは、ナルミの言葉に少し興味を示し、テーブルに頬杖をついて、それに体重を預ける。
「『私にとっても良いもの』というと?」
「それでは、我が社の新商品、コア・モジュールについて、簡単に私がまとめたスライドがあるので、ご覧ください。ふふっ、今後一般に配布されるであろうパンフレットを元に、私が夜なべして書いたんですよ」
ナルミはこう言うと、持ってきていたノートパソコンをテーブルの上に置き、2人でその画面を見られるようにして開く。そして彼女がそのノートパソコンを操作すると、画面いっぱいにスライドが広がった。そこには、「簡単にわかる!コア・モジュールとは」と書かれている。
「まずコア・モジュールとは、」
ナルミがノートパソコンをさらに操作すると、スライドが2ページ目に移る。
「背中のバックパック、『コア』と呼びますね。それと、専用の装備を接続することで使える新しい装備です」
スライドには、背中にスラスターのような見た目のバックパックを背負っている男の姿と、そのスラスターのようなものに様々な装備――キャノン砲や背負い式ガトリング銃、そして手持ち式ミサイル――を接続するような図が描かれている。
「ほう……なんかこういうの、ロボットのゲームとかで見たことあるなぁ」
ユウカはゲーム好き……というより、ゲームを通して新たな戦い方を探求するのが趣味である。そして彼女はその一環で、ロボットを操縦するタイプのゲームも遊んだことがあるのだ。ただ、あまり新たな戦い方を作り出す役には立っていなかったが。
「そうですね、そういうのが好きな人が発案した、そう噂で聞いたことがあります。実際その人は、会社の中でも、そのような兵器がダンジョンで使われていないことに苦言を呈していたみたいですし」
「まぁ、モンスター相手では魔力が使われていない武器は使い物にならないし。銃とか砲とかに魔力を込めるのは難しいって聞くから、そういうのが使われないのも仕方ないことだね……で、なんでそれがダンジョンで使えるわけ?」
ユウカは顔をかしげつつ、ナルミに質問をぶつけた。多分、このスライドを初めて見た冒険者であれば、当然するであろう質問である。もちろん、ナルミはこの質問に対して回答を持っている。
「これらの武器は、実弾ではなく魔力を押し固めた弾丸、魔弾を発射するものです。分かりやすく言えば、無属性魔法と同じものですね。あれも高圧縮された魔力をぶつけるものでしょう?」
「うーん、私魔法とか使ったことないからなぁ~。でもそういうのは聞いたことある気がする」
「多分、あなたが思っているものと同じだと思います。あと、このコア・モジュール、魔力は使用者から供給することもできますし、使用者の魔力が実力不足や魔力の浪費などで不足していれば、取り換え式のカートリッジからも供給できますよ」
「へー……よく分からないけど……」
「その辺りは後に実機を使ってもらうとして……では、次のスライドに移りましょう」
ナルミは笑顔をそのままにしつつ、ノートパソコンを操作して次のスライドを出す。そこには、「初心者でもより深い層に!」というテロップが踊っていた。
「そしてこのコア・モジュールの強みは、あまりダンジョンに潜ったことのない人でも、ある程度の能力が出せることです。私自身、ダンジョンに潜ったのは昨日で2回目でしたが、あんな大きなドラゴン相手にも立ち回れるようになったのですよ。単独で倒すにはまだ性能が不足していましたが」
ユウカはそういえば、と昨日のことを思い出した。昨日ナルミを見たのはドラゴンの前であり、その周りには焼死体以外誰もいなかった。そんな中、彼女は単独でドラゴンに立ち向かっていた。それは、他の人が逃げる隙を作っていたためだろう。推定δ層ボスを相手に単独で立ち回れるのは並大抵のことではない。倒せるわけではないにしろ。
「あんな大きなドラゴンって……アレ多分δ層ボス相当だと思うんだけど……。そのコア・モジュールってのを着ければ、みんなそんな強くなれるの?」
「まぁ、流石に量産型ですとこうは行きませんが。私が使っていたのはハイエンドのワンオフ機ですし」
「ハイエンドのワンオフ機?」
「最高品質のオリジナルモデルだと考えてもらえれば。私のお父さん、私が反対を押し切って『コア・モジュールのキャンペーンガールになる』って言ったら張り切っちゃって」
「ほう」
ユウカは、分かったような分かってないような、そんな表情をした。
それに対してナルミは、ユウカは頭があまり良くないし実機を良く見たことがないのだから、仕方ないだろう、とちょっと無礼にもそう思った。
「ただ、このコア・モジュール、一番グレードが低いβ層向けの量産型でも一時的に能力を大幅に高める機能がついてはいるので、もし昨日みたいなイレギュラーが起こっても逃げる時間くらいは稼げると思います」
「つまり、それを着ければ死亡率が大きく減らせるってこと?」
ナルミの言葉を聞いたユウカは、一気に目を光らせて興味深いような表情になった。人間が好きで人間に死んで欲しくない彼女としては、昨日みたいなイレギュラーが発生しても死なないような技術には興味があるのだ。
「そうですね。それでも、完全に0には出来ないと思いますが。おっと、すみません、先のスライドの内容を言ってしまいましたね。次のスライドに移ります」
こう言ってナルミが示した次のスライドには、「『エマージェンシー・ブースト』などの安全装置により、悪性イレギュラー下でも生存率が大幅に向上!」と書かれている。これを見て、ユウカはスライドに一気に引き込まれた。
「なるほど、コア・モジュールを使えば、昨日のような事件が起こっても、なんとか逃げ延びることが出来る確率が上がるんだね……もしかしたら、あの時『エマージェンシー・ブースト』を使えばあのドラゴンを倒せたんじゃないの?」
「それはそうかもしれませんが、あの時は他の方が逃げる時間を作りたかったですし、最終的には不慣れな私1人で戦うより慣れているパーティが複数人で戦ったほうが良いと思ったんです。『エマージェンシー・ブースト』も、あまり長い時間持ちませんしね」
「なるほどね」
ユウカは納得した表情で、再びスライドの方を向いた。ナルミも同じ方を見る。
「ただ、こうは言っていますが、作っている人たちにとってはここまでは建前で、次からが本音なんだと思います……」
ナルミはこう言いながら複雑な表情になると、ノートパソコンを操作して次のスライドに移った。それには、
「ダンジョンに現れるモンスターを銃やグレネード砲で蹴散らす快感!」
と書いてあった。これにはユウカも流石に苦笑い。
「まぁ、そういうのが好きな人がたくさんいるっていうのは知ってるけど……、ここまであけっぴろげにされると苦笑いするしかないね……」
「ですね……とはいえ、私もコア・モジュールを使ってダンジョンでモンスターを倒していると、なんか楽しくなっちゃって」
「あー、その気持ち、理解できなくもないかも」
2人は、揃って苦笑いをしあった。その間には、さっきまであった不信感というものはほとんどなくなっていた。
……ナルミは、パソコンを閉じて、ユウカと向き合い、一転して真面目な表情になる。
「『光の狐』は、正体を明かさず、ただ人々を助けるだけ。助けた人に感謝されることもしない。しかも、私見ました、あなたが亡くなった方に向けて祈りを捧げていたのを。人の死はない方が良い、その思い、しかと受け取りました。その上で、改めて聞きます」
「はい(……ってナルミさん、私が祈ってたの見てたのか……)」
ユウカも、真面目な表情になってナルミと向き合う。ただ、その胸中には若干の迷いもあった。
「私と一緒に、
ナルミのこの言葉を聞いたユウカは、一瞬間をおいてから、
「もし、私がここで首を振ったらどうするつもりなの?」
と言った。するとナルミは、
「もしそうなったら、私はこのことも、あなたが『光の狐』だってことも、忘れて墓場まで持っていこうと思います。騙すようなことをして申し訳ありませんね。本来ダンジョンに行ったことがないはずのあなたを、周りに不審がられずにダンジョン配信に誘うだなんて、こうでもしなければできなかったと思います」
と答えた。ユウカはこの言葉にとても驚き、手紙の内容を思い返した。
(確かあの手紙には、「もし応じなければ……分かりますね?」としか書いていなかった。私がそう考えていなかったとしても、「ただ思い違いをしていた」ってことになるのか)
そしてユウカは、ちょっと目をつぶってから、
「まったく、私よりよっぽど女狐してるじゃん。それで、私の『光の狐』としての活動は」
と言いかけたが、そこにナルミが食い気味に、
「邪魔をしません。もし配信中にイレギュラーや災害が発生しても、人助けの邪魔にならないようにしますから。あっそうそう、あなたが『光の狐』だと知っている人は会社にもいませんし、ここでの話の内容は記録されていませんよ」
と重ねた。ここまでくれば、ユウカが断る理由より、
「分かった。私、あなたのダンジョン配信に協力するよ。コア・モジュールが広まって、ダンジョン内での事故で亡くなる人が少なくなると、私も嬉しいし」
引き受ける理由のほうが大きくなった。
「でもその前に、静寂さんを連れていきたいところがあるんだ。時間かかるけど、良いよね?」
「はい、分かりましたけど……、どこでしょうか?」
「ふふん、『ダンジョン管理委員会』!」
光の狐と翠の人魚(プレビュー版) 待夜 闇狐 @yami-5
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