第3話 翠の人魚と光の狐

 ・(ここまで御剣みつるぎナオキ視点)

 ・

 ・(ここから三人称視点)


 ――玉川ダンジョンβベータ層3階――


 空を飛んでいる人魚らしき人影を追うように、ドラゴンが炎を吐いている。しかしその人影は、飛びながら炎をなんとか避けている。


 人魚らしき人影をよく見てみると、薄緑色のぱっつんヘアーを頭に頂いた、アイドルっぽい衣装を着ている女性に見える。そして、人魚というからには当然であるかのように、その下半身は魚のように見える。そして、両耳とも機械が覆っていて見づらいが、髪と同じ薄緑色のヒレ耳が、その機械から飛び出している。


 ただ、この世界で人魚といえば、現実に存在するものはモンスターだというのが常識だ。しかし、それ以外にまだいないとははっきり決まったわけでは無いが。いわゆる「悪魔の証明」というものである。


 しかも彼女の特異性はそれだけに及ばない。彼女は、細身だが長さが彼女の背丈くらいのキャノン砲を左肩に、ミサイルの砲台のようなものを右肩に、そして左手には長めのショットガンのようなものを、右手には短機関銃のようなものを持っている。また、それらすべての武器は、彼女が背負っている機械式のバックパックに接続されている。


 本来、ダンジョンにいるモンスターには、魔力を含まない攻撃は効きが異常に悪いというのが基本である。それゆえ、攻撃に魔力を含めにくいとされている銃や戦車砲などはダンジョン攻略にほとんど使われない。武器として使われるのは、たいてい近接武器か弓、それか魔法の触媒になる杖くらいだ。


 また、その人魚は、左目にピンク色のスカウターのようなものを着けている。それもダンジョンでは普段見かけないものだ。片眼鏡ならいないわけではないが……。


 見た目はアイドルのような服を着た人魚で、ダンジョンではあまり見かけない現代的な武器を背負ったり持ったりしている、それだけで彼女の特異性を表すのには十分だ。


 ドラゴンが炎を吐くのをやめた隙をついて、人魚はその方に振り向いて、左肩のキャノン砲と左手のショットガンをドラゴンの目に向ける。すると、


 ズガアアアァァァァーン!


 という大きな音が辺りに響き渡ると同時に、キャノン砲から弾がとても速い弾速で発射された。そしてその弾はドラゴンの目に着弾し、轟音とともに爆発を起こす。するとそのドラゴンは、痛がるように目をつぶり、辺りをドタドタを暴れまわる。


(やはり、目測δデルタ層ボス相当のモンスター相手にも効果があるようですね。時間稼ぎのつもりで戦い始めましたけど、このぶんなら倒せるかもしれません)


 それを見て人魚はこう思いつつも、同時に、


(しかし、本当にギリギリですね……。そもそもこの装備は、δ層をソロで戦えるほどのものではないと聞いていましたけど。とにかく、そろそろ救助が来るでしょう。他の皆さんの避難ももう終わったでしょうし、早く逃げる準備をしないと……)


 と思っていた。


 人魚と戦っているドラゴンは、当然ながら、本来ここには現れないモンスター、イレギュラーによって現れたモンスターである。それも、2層下のボスモンスターが現れるという最悪級のイレギュラーによって。そんなイレギュラーは、発生した場所によっては数十人単位での死傷者を覚悟しなければいけない。


 しかし、この玉川ダンジョンはあまり人気がなく、人が少なかった。それに加え、かの人魚がとっさにドラゴンの敵視を買って出てブレスを空中に逸らしたため、死者はドラゴンが現れた直後にブレスで焼かれた1人しか出なかった。


 そしてその人魚がバックパックに付いているスラスターを吹かせてここから離脱しようとした瞬間。


 黄色い光の帯が飛んできて、ドラゴンの目の前に着地した。


 飛んできた者――「光の狐」もとい御剣みつるぎユウカだ――は、左手に刀を出して構える、と同時に、


「そこの君、大丈夫だったかい?」


 と、空を飛んでいる人魚の方に一瞬だけ向いて言った。すると、ユウカも人魚も、何かに気づいたようにはっとした後、ユウカはドラゴンの方へ向き直り、人魚は上階の方へ向かって飛んでいった。


 ユウカがはっとした理由、それは、その人魚の見た目が、クラスメイト……どころか、ユウカの隣の席にいる静寂しじまナルミと似ていたからだ。


(まさかナルミ本人じゃないよな……)


 と、ユウカが思っていると、彼女の目の前にいるドラゴンが、彼女の後ろを飛んでいる、ナルミかもしれない人魚目掛けてブレスを吐きかけた!


 しかしそんなこともユウカにとっては想定内。彼女は上の方へ高くジャンプすると、抜いた刀を右手でクルクル回して、ドラゴンが吐いたブレスを弾いていく。


「さーて、他の救助が来るまであまり時間がないから、さっさと倒しちゃうよー!」


 そして、彼女は空中を蹴り、ドラゴン目掛けて跳んでいく。そのドラゴンは空中にいるユウカを撃墜しようとまたもや炎を吐くが、彼女は再び刀を使って炎の軌道をそらす。


 炎が幾度も撃ち落とされたドラゴンは、ユウカの強さに危険を感じ、背中の羽を活かして後ろにぴょんと跳ぶ。その動きから生まれた風圧にユウカは顔の前で腕をクロスさせ、その速度を落とす。


 それから空中に浮いたドラゴンは、長大な尻尾を活かして宙に浮きながら縦にくるりと回り、カチ上げるように下から上へとユウカ目掛けてその尻尾を振り上げる。ちょうどサマーソルトキックのような格好だ。


 しかし当のユウカもそれに当たってやるほど優しくはない。彼女は空中でゆっくり回って下向きになると、迫りくる尻尾目掛けてタイミングを合わせて刀を振り抜いた。すると、ドラゴンの尻尾は、それを覆っている鱗ごと一撃でバサッと斬れ、その先端の部分はユウカの背後を放物線を描いて飛び、地面にドサッと落ちた。


 尻尾を斬られた痛みのためか、ドラゴンは空中であわあわと4本の脚を動かしたかと思えば、仰向けに地面に落下した。


 地面に倒れ込んで起き上がろうと暴れるドラゴンの頭の先に、ユウカが降り立つ。そして彼女は、ドラゴンの頭に向けて、一瞬で無数の斬撃を放った。


 頭をバラバラにされて絶命したドラゴンの体が崩れ落ちると、その場に1枚の鱗が残された。ダンジョンにいるにも関わらず素材についてよく知らないユウカが知るべくもないことだが、これは「ドラゴンの逆鱗EX」である。「EX」とは、悪性のイレギュラーによって発生したモンスターがドロップするものに付けられる接尾詞である。この接尾詞が付けられた素材を加工して作られたものは、性能が大幅に上昇するとされている。


 そもそもが強力なモンスターであるドラゴンの、更にレアドロップである逆鱗、そして「EX」の接尾詞が付いたドロップアイテム。加工を生業とする人々が喉から手を出してでも欲しがるレベルのものだ。


 しかし素材には興味のないユウカがあたりを見回すと、端っこの方に丸焦げの死体が転がっているのが見えた。ドラゴンが現れてすぐに吐いた炎に焼かれた不幸な冒険者である。


 ユウカは、そのそばに歩いていくと、いつものように両手を合わせて、目をつぶって祈り始めた。


(私がもっと速く来ていれば……)


 そして救助隊が来た音がすると、ユウカは例のごとく光の帯を残してここから飛び去っていった。


(あの人魚、やっぱりナルミだよな……正体がバレていなければいいけど。でも、私以外にインヴァーテッド・モンスターがいるって聞いたことあったっけ……?)


 このようなことを心残りにしながら。


 ・

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 明るくてどちらかといえば無機質な部屋で、薄緑髪の女性がパソコンを操作している。その姿は先程ドラゴンと戦っていた人魚と酷似しているが、その下半身は人間のものになっている。


 彼女は、ダンジョンに入ったときから自分の戦いを録画していた録画用ドローンカメラを回収して、パソコンに録画データを移してそれを見ている。しかしそのデータは、「光の狐」が現れるちょっと前から真っ暗かつ無音になっている。


「やはり、『光の狐』の姿や声をデータに残すことは出来ませんか。しかし、あの声とあの髪型。『光の狐』の正体は御剣ユウカさんで間違いないでしょう。さて、この偶然知ってしまった情報をどうしましょうか……」


 彼女は、険しい顔になりつつ、パソコンをカタカタと叩いた。

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