第2話 御剣ナオキの独白

 ・(ここまで三人称視点)

 ・

 ・(ここから御剣みつるぎナオキ視点)


「たっだいまー! あー、疲れた……」


 玄関の方からこんな声がしたので、その方へと行ってみると、案の定、俺の義娘ぎじょうである御剣みつるぎユウカがそこで寝そべっていた。当然のように玄関を開けたままで。


「ユウカ、疲れているのは分かるが、せめて玄関は閉めろよ。いくら疲れててもそれくらいは出来るだろ」


 俺はこう言いながらも、ユウカを踏まないように体を捻りつつ、開けっ放しになっている玄関を閉める。そして、玄関先で倒れている彼女をリビングにあるソファーへと運んでいく。


「そういえば、ゲオステⅥの電源、切ってくれた? 確か私、ゲームやりっぱなしで出て行っちゃったでしょ?」


「あぁ、ちゃんと切ったぜ」


「ふあぁ、それは良かった……むにゃむにゃ……」


 どうやら、ユウカは俺が運んでいる間に寝ちまったらしい。このぶんだと、1時間くらいは起きなさそうだな。俺は彼女をソファーに寝かせて、用意してあった夕食にラップを掛ける。


 ……俺がソファーに寝かせたこの女の子の名前は、御剣ユウカ。俺はこいつと、ボロくはないが広いわけでもないアパートに2人で住んでいる。一応、ここにはリビング・キッチン・風呂・トイレの他に俺の部屋とユウカの部屋が両方あるのが救いだな。


 で、御剣ユウカは、は俺の娘であり、この近くにある高校に通う高校生である。しかしその正体は、インヴァーテッド・モンスターと呼ばれる、ダンジョンに現れるモンスターの変異種だ。ダンジョン管理委員会の下部にある「IMインヴァーテッド・モンスター管理課」によると、「シュラインフォックス」という種族らしい。


 正直言うと、俺はインヴァーテッド・モンスターについてはよく知らないが、少なくともそいつらは人間に友好的だということは知っている。そうでなくちゃこいつをこの家に住まわせることはないだろう。


 俺は10年前、1人でダンジョンに潜っていた時にこいつを拾った。「新大久保の奇跡」と呼ばれる事件で仲間たちをみんな失い、半ばヤケになっていた時だったな。今でも覚えている。


 俺はその事件の後、冒険者を辞めようと一般の企業に就職した。皮肉だが嬉しいことに、1社目に受けたところの社長が俺の功績を知っていたからかトントン拍子に内定をもらった上に、そこがかなりのホワイト企業だった。俺はその恩を返すために、頑張って仕事を覚えていったんだっけな。


 ただ、俺はそれからも、俺自身の思いに反して、毎週土曜日はダンジョンに潜り続けていっていた。今でも、ヤケなのか、仲間たちを殺したモンスターたちへの恨みなのか、その理由はわからない。会社の人たちがそれについて触れなかったのは、嬉しかった。


 で、今から10年前、俺がいつも通りダンジョンのβ層に潜っていた時、別のモンスター――エルダーゴブリンだったか――にいじめられていた、狐のような姿をしているモンスターを見つけた。その時俺は、何を考えたか、周りに人がいないことを確認すると、エルダーゴブリンをなぎ倒したあと、傷ついていた狐のようなモンスターを、持ってきた袋で包んで家に持ち帰ったんだっけな。


 モンスターを持ち帰るなんてする奴を想定していなかったためか、それともむしろか、ダンジョンの出入り口にモンスターを感知する装置が付いていなかったのが良かった。


 そしてその狐を連れ帰った俺は、家でそいつの傷を癒やしてやったり、ミルクを与えたりしていた。もちろん会社にいる時は世話ができないが、そいつはその時でも家を荒らしたりはせず、大人しく俺のことを待っていた。


 そしてその狐をそろそろダンジョンに帰してやろうと思いながら家に帰ると、その狐は、狐耳と尻尾を持った、金髪で5歳くらいの背丈を持つ女児になって玄関先に出てきていた。しかもどこで覚えてきたのか、


「わたしを……たすけてくれてありがとう」


 だなんてたどたどしくも言ってきたし。もちろん彼女は全裸だったから、通報されるのを避けるためにすぐに玄関の扉を閉じた。5歳の全裸少女と25歳くらいのくたびれた男が一緒にいるなんて、他の人が見たら通報されてしまうだろう。


 当然、俺は何が起こったか分からず半ば錯乱し、ダンジョン管理委員会に電話した。するとどうなったか。俺とそいつはその地下にある秘密組織「IM管理課」に連れて行かれ、は戸籍(と一応の服)を与えられて、俺と一緒に暮らすことになったのだ。名前はもちろん俺が付けた。


 その時、鑑定スキルを欺瞞ぎまんする装置もくれたんだっけな。ユウカを鑑定すると、本来はシュラインフォックスというモンスターとしての情報が表示されるが、これを持っていると、ダンジョンに行ったことがない人間としての情報が表示される。


 そうしてユウカは俺と暮らしていくうちに、日に日に「人間を守りたい」という気持ちが強くなってきたようで。彼女は人が傷ついたり死んだりするニュースを見たりする度に心を痛めていった。


 俺がそれを「IM管理課」に相談すると、その組織は彼女に、自由に使えるトレーニングルーム・一瞬で服を着替えられる装置・変装用の服一式・周囲の記録装置を機能停止させる装置を与えてくれた。これらもダンジョン内から出てきた素材を使って作られてるんだっけな。まったく、ダンジョン様々ってやつだ。


 そして彼女は学校に行きながら3年もの間トレーニングルームで猛練習をした後、ダンジョンでの救難信号を受けて冒険者を助けるようになった。その時には既に俺より強くなっていたな。苦戦しながらもδ層のボスを単独で倒せるようになっていたし。


 それ以外にも、ダンジョン関係なくとも災害時に現地に行って救助活動をしたりしている。昨年あった大雨で土砂崩れが起こったときも、すぐに直行して崩れた土砂を斬り、土砂崩れに巻き込まれた人を助けていた。


 そんなユウカは、ネット上などでは「光の狐」として、関東近辺で現れるヒーローとして人気になっている。彼女が現れることが冒険者たちにとっての生存フラグ。人気にならないわけがなかろう。


 そしてそれから6ヶ月ほどが経過し、現在に至るという訳である。


「ん……んぁ……やっば、寝てた……」


 さっきまで寝ていたユウカが、寝始めたジャスト1時間後に起きてきた。寝ぼけているからか、狐耳と尻尾を出してピコピコさせている。ったく、時間があったら、尻尾に顔をうずめて狐吸いをしていたところだぞ。


「ユウカ。お前が寝てたせいで晩メシが冷めちまったぞ。さぁ、温め直して食べるぞ」


 俺がこう言って、テーブルの上にある晩メシをキッチンに持っていこうとしたが、ユウカが頭を下ろして落ち込んでいるのに気づいた。また、助けられなかった人がいたんだろうな。


 っていうか、すぐに分かるぞ。こいつは、こういう時は、いつもトレーニングルームで気が済むまでトレーニングをするんだ。今日こいつが玄関先で倒れたのも、そんなになるまでトレーニングをしてたからだ。ダンジョンで人命救助をした後、こいつは電話でそうするって言っていた。


 ……毎回思うが、あんなフラフラでよくここまで帰ってこれるな。


 俺は、ユウカの隣に座って、こいつの頭の上に手を置く。


「どうしたユウカ、こんなに落ち込んじまって。もしかして、また、なのか?」


 俺が優しくこう言うと、ユウカは、ゆっくりと話し始めた。


「うん。何人か分からなかったけど、助けられなかった人がいたみたい。私が遅れたせいで……」


「『何人か分からなかったけど』って……それもなんか気になるが、今回は、確か埼玉北ダンジョンのγガンマ層1階まで行ったんだよな」


 そこでイレギュラーが発生したって、ネットニュースで速報があったから俺も知っている。まぁ、それより、ユウカが持っているホットラインの方が伝わるのはいつも早いが。


「うん……それが結構遠くて……。私がもうちょっと速ければ良かったんだけど……」


 俺は、ユウカの頭の上に置いていた手をポンポンと置き直す。


「まぁなんだ、なくなった命だけ数えるなよ。今回は何人助けられたんだ?」


「……ひとり」


「1人だけでも助けられたなら、お前が行った価値があったってもんだ。それに、イレギュラー警報があってから、ここ、東京の南の方から埼玉北ダンジョンのγ層1階まで行って人助けをするなんて、今のところお前しか出来ないんだぜ。お前みたいな速さでビルの屋上を走るなんて、俺にゃ無理だ」


 実際、関東にいる冒険者たちと比べても、ユウカは抜きん出た強さのはずだ。前には、δデルタ層下階のボスを単独で倒したりしたし、「IM管理課」の人からしてみれば、ユウカと同じ強さの人があと3人いれば、εイプシロン層どころか、その下にあるζゼータ層すら攻略可能らしい。……こいつと同じ強さの人なんて、存在はしているらしいが俺は知らない。なにせζ層なんて、というデータだけ残っているが、というデータはないのだ。だったらなんで攻略可能だなんて言われてるかって? 知らん。


「だから……今日のところは晩メシ食ってゲームして風呂入って寝ろ。明日は学校なんだろ? 早く寝とけ」


「……うん、分かった! 一緒にご飯、温め直そう」


「誰のせいだと思ってんだ~?」


 ……何度も何度も繰り返しただろう会話で、ユウカは元気を取り戻してくれたようだ。それでも、見たところまだ空元気のようだが。


 ただ、ユウカにああは言ったものの、なくなった命を今の今まで気にしているのは俺の方なんだけどな……ユウカにああ言うのは、自分にも言い聞かせてるからなんだろうか……。

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