FOX MAGE

@cocosmos

魔法食を始めましょう

前編

 ラララ〜ランッランッラァ〜

 魔法食を始めましょぉ!

 どれだけ食べても太らなぁぃ!

 でもおかしみたいでとってもおいしい

 ランララン

 魔法食は安心! 安全! 腐らない! 

 衛生的経済的効率的万能食

 あなたも今日から魔法食!

 ヘザーおばさんの魔法の食卓




 「……何これ?」


 ブラインドを締め切った警察署の刑事課の一室で、得体の知れない動画を見せられていた。丸机におかれたノートパソコンの前、スーツを着た刑事二人が私を挟むように座っているのも、より困惑させた

 細くしなやかな指をこれ見よがしに使い、マウスの操作を行うのはキルケ刑事。背中の中ほどまで伸びたブロンズのロングヘアー、キリッとした目つき、パンツルックのスーツ姿を着こなす魔法犯罪係の主任だ。

 魔法犯罪と思わしき通報が入ったといい、魔法残渣解析班である私、エメリーを警察署に呼びつけた当人。

 急いで駆けつけてみたのに覚悟していたものとは違い、カルトちっくな動画を見せられている。困惑している。


「この動画は最近ネットに溢れている広告だ。詐欺商品の可能性があると通報があった。ただの詐欺なら魔法犯罪係の担当ではないが、、という商品名から魔法犯罪に該当するものと推測される」


 魔法食、初耳だ。

 動画では、イラスト調のふくよかなおばさんが、間延びした歌に合わせ魔法の杖を振り、件の商品を出現させる。それを実写の子供が食べカンペをガン見の棒読み演技で感想を言う。そして販売サイトに繋がるURLが表示し、おばさんの顔のアップで終わる。


「魔法食について捜査官、心当たりはあるか?」


 キルケ刑事は私物のノートパソコンを閉じ、男の部下に指示を出す。名前はラウル・サトヤマさん、歳は三十歳で主任の四つ上。その体おっきな男の刑事さんが写真を添付した書類を私に手渡した。


「知らないや、ごめんなさい。けど何かの隠語じゃないの?」

「麻薬取締官に確認しましたが、聞いたことはないそうです」

「となると、単に魔法で作られた食品というわけか」

「でもそれって普通だよね。むしろ魔法を使わない店のほうが珍しいよ」


 キルケ刑事は鼻の下を指で掻き「確かにな」と、少し照れくさそうにして私に同意した。


「その女に見覚えは?」

「今さっき……ってのは冗談。ヘザー・グラム……【ヘザーおばさんの魔法の食卓】代表、四十四歳。なんか見たことあるような。有名人?」


 書類に書いてある経歴を見てもピンと来るものはない。だけど顔写真を見た時にぼんやり頭に浮かぶモノがある。


「恰幅のある中年女性って、たとえ知らない人でも既視感を覚えますよね。これぞ肝っ玉母ちゃんみたいな」


 冷ややかな目線を送るうら若き主任刑事。軽率なことを言ってしまったと、バツの悪そうな顔をして私たちから目線を逸らした発言者S氏。私たちは愛想笑いができない類の人間だ。


「チッ……彼女はタレント活動をしていない。前科もなし。見た目はマーケティングの一環だろう。。いいや、親しみを持ちやすい見た目で視聴者の警戒心を和らげる」

「優しそうだよね。私の仕事は彼女の確認だけ?」

「いや、しっかり魔法を解析してもらう。……そろそろだな」


 部屋の壁にかけられた古時計を一瞥。スーツのジャケットの裾を持ち上げ腰に両手をあて、部屋のドアが開かれるのを待っているようだ。そうしたのも束の間。図ったかのようにドアが開かれた。


「お待たせしましたぁ。箱が大きくって大変で」

「ミナちゃん!?」

「ヤッホー。エメリー」


 背が高くて切りっぱなしのベリーショートの女の子、アルジャンナ・トミナが私に片手を振った。大きな無地の段ボール箱を丸机の上に置くと四角に変わってしまう。重くは無いみたいだけど。机と合わせると私より背が高い。


「どうしてミナちゃんが来たの?」

「私が頼んだ。雑用係なんだろ?」

「それはうちの会社での担当であって警察の雑用じゃないよ。民間企業をパシらせたの? 私は問題だと思うな」

「いいのいいの。こういう仕事を貰わないと刑事課に入れないんだから。キルケ刑事は気をつかってくれたんだよ」


 幼馴染の同僚がいるのは心強いけど、なんだか腑に落ちない。私は公僕の言いなりにならないぞオーラを、キルケ刑事に向けて精一杯の抵抗。我関せず、ガサゴソとサトヤマさんが箱を開ける。


「見てください袋がパンパンですよ。軽いっ。緩衝材じゃないかと思うほどに」

「感想はいい。納品書は無いのか?」


 箱をひっくり返しそうな勢いで手を動かす。「見当たりません」そう言いサトヤマさんはスナックバーのような十二本の細い袋を片手で抱え、箱を床の上に移した。チラリと箱の中を覗いたら本当に空っぽ、それこそ緩衝材すら見当たらない。


「きっちり一ダース分だな。小箱にすら入ってないのはコスト削減のためか。包装は……紙のような質感で、表示マークはない。なんだこりゃ? 栄養成分も原材料名もない。会社のロゴと商品名、ヘザーおばさんの魔法食」

「振ると音がしますね。でもなんか感覚が伝わってこないというか」


 いつの間に手に入れたのか各々が魔法食を調べていた。慌ててサトヤマさんから一つ拝借して、私も捜査の輪に入る。


「チョコバーとかプロテインバーってこんな包装ですよね」

「そうですね。アルジャンナさんはよく知っておられるのですか?」

「私はあんまりかなぁ。エメリーはチョコバー好きだよね」

「まあ、甘いし、安いし、お腹いっぱいになるし。でも、これが商品棚に並んでいても手に取ることはないよ。何味かわかんないし。本当に通販だけのモノなんだね」

「そもそも食品掲示法違反だろ。刑事が出る幕があるといいんだが」


 キルケ刑事が袋を開けた。パンっと、空気が弾ける音がした。勢いよく中身が飛び出し慌てふためく主任、なんて可愛いミスをするはずもなく淡々と中のモノを手に持ち調べている。私たちも音に気をつけながら袋を開け、魔法食と対峙した。


「携行食? チョコではないよ」

「ビスケット? 軽さのわりにしっかりしてるかな」

「長さは十五センチぐらいでしょうか。あっフルーツの香りがします。りんごかレモンですかね?」

「………………鑑識に回しとけ」


 ミナちゃんが口に入れようとしたのをキルケ刑事が制し、私の目を見て「始めてくれ」。ようやく私本来の仕事が始まるのだ。

 サトヤマさんが気を利かせてエアコンの電源を落とす。丸机の中心に魔法食を置き立って向き合う。

 これから私が使う魔法は、誰かが魔法を使用した際に発生する魔法エネルギーの微少な残渣ざんさを解析するものだ。故に空気の流れがあると見落としやすい。ここにいるみんなは、雑用係ミナちゃんを除いて、魔法犯罪のプロなので準備に滞りはない。


「いきます」


 目を閉じ両手を胸の前に置く。ゆっくりと前に動かし対象にかざす。指先をくすぐる微かな何かを感じた。魔法が使われたのは間違いない。魔法の系統ごとにくすぐり方の癖があって、私は全て記憶している。魔法残渣解析班になる為には必須のスキルだ。


「魔法使用の形跡、確認しました。使用された魔法の系統…………変形……知覚操作……以上です。……ふぅっ。袋も調べる?」


 深く頷いて私に再び仕事を与えたキルケ刑事は、ヘザー氏の経歴が載る書類を睨みつけていた。私はペライチだったのに彼女が持つ書類には二枚目が存在している。きっと民間企業の私には出せない情報なのだろう。


「魔法使いは血筋が命、ってね。魔法残渣の解析は成功だな。変形魔法はありふれた血統だが、知覚操作魔法は中々ない血統だ」

「袋からも魔法が確認できた。熱量変化、袋の口を魔法で綴じたんだ。なんて言うんだっけこういうの?」

「シーラー加工ですね」


 私は魔法以外の知識はてんでダメだった。


「熱量変化魔法か……。もし扱える一族に生まれたなら、一生食いっぱぐれがないレアな魔法だ。当然、ヘザー氏にも血筋は繋がっている。六親等以内に解析で判明した三つの魔法系統を持っていることから鑑みて、魔法食はこの女が製造しているとみて間違いない」

「子供は?」

「独身、ちゃんと書いてるだろ」


 書類の一枚目を指差し私に注意を促す。自身の書類はジャケットの内に仕舞い込み、ジロリと私に視線を向けた。釘を刺したつもりなんだろうけど私が普通に見落としてただけ。二枚目にどんなことが書いてあるか気にはなるけどね。


「んじゃま、食うか」


 見た目はビスケット生地のスナックバーを握り、周りを伺う。流石のキルケ刑事にも得体の知れない物を口にするのは躊躇いがあるみたいだ。


「このおばさんの魔法のカスが付いてるって考えたら、あんまり良い気はしないよね」

「そういうこと言っちゃダメでしょ!」


 ミナちゃんに怒られた。だからみんな食べたくないんじゃないの。


 意を決したキルケ刑事が親指一本分ほどの長さを齧りとった。バリバリと音を立て咀嚼する。齧った瞬間に粉や破片は全く飛ばなかった。


「食感は、パイだ。歯触りは悪くない。味は……ほんのりだな、不快な味はしない」


 ごくんっと喉を鳴らす。すると眉間に皺を寄せ、明らかに困惑した様子で喉の辺りをさすった。


「主任どうかしましたか?」

「……今のは、なんだろうな。口にモノがあったようなんだが、いや確かにあった。それを飲み込もうとしたら、喉を通った感じがしなくて、でも直接腹に何かが……溜まったような気がする」


 今度はお腹をさすり、不思議そうな表情でみんなの顔を見ている。主任刑事らしくないたどたどしい説明を受けた私たちは、一様に隣の様子をキョロキョロと確認し合った。そしてサトヤマさんが大きな口で一気に半分ほど齧り、ミナちゃんがその真似をして三分の一ぐらい頬張った。私は怖いから角をちょっと齧るだけにしよう。


「重さだけでなく食感も軽いですね。今は口の中にモノはあります」


 ゴクンッと喉仏が上下に動く。


「……確かに主任の言う通り、全く喉に違和感、喉越しというモノを感じませんね。それでいて満腹感を得ている…………不思議です」


 私も少しだけを、飲み込んだ。少しだから分かりづらいけど、ちょっと違和感はあった。


「パイやビスケットなら喉にまとわりつく感じがするよね。水が欲しくなるっていうか。これにはないね」

「それですよ。見た目と食感にズレがある」

「知覚操作の魔法だな捜査官?」

「うん。私には素材がなんなのかわかんないけど、何かに変形魔法をかけてスナックバーにしたものに、満腹感を付与したんじゃないかな」


 研究対象としては面白い。捜査対象としては難物。

 私は箒で空も飛べないし、それなりの血筋を引いてるのに固有の魔法は扱えない落ちこぼれ魔法使い。できることは魔法残渣解析と魔法に関する知識で推理するだけ。だから他人の使う魔法には興味が尽きない。


 食べかけの魔法食が三つ、机の上に置かれている。あれっと思い、やけに大人しい幼馴染の方を向く。


「まだ食べてるの? もうやめときなよ」


 フルフルと首を横に振る。


「こんな時に食い意地を張るのはよして」


 そう言いかけたところで、ミナちゃんの頬っぺたがやけに膨らんでいることに気づいた。


「舐めて消えるか確かめてたの」

「うわっ。さすがミナちゃん。並の発想じゃないね」


 本来、捜査官の私が思いつかないといけないんだろうなあ。なんて反省はあとにしよう。

 彼女が大きな口を開けると、舌の上に魔法食の塊が乗っかっていた。


「全っ然小さくならなかった」

「確かに角も残ってるね」

「主任、水に浸けてみますか?」

「鑑識にやらせろ。こっちの仕事じゃねぇ」


 ミナちゃんはバリボリ音を立て、咀嚼して、口の中を空っぽにした。


「あーお腹いっぱいかも。味はりんご味でしたね。薄めすぎたジュース、違うな、あれだ、あれですよ!」


 突如テンションを上げみんなの注目を集める。魔法食の正体がわかったかもしれないと言っているのだけど期待半分、不安半分。


「ほら香水とか口をパクパクすると甘さとか苦さを感じるじゃないですか。あれに近いかも」

「えっミナちゃんそんなことやってるの?」

「店でやっていたら通報されますよ」

「お前ひもじいのか?」

「ち、違います! 経験あるでしょ!? みんな、エメリー、ね? ねっ!?」


 ミナちゃんは昔から不思議なところがあるからなぁ。


 とりあえず今わかったことは、魔法食には実態がある、飲み込むときの感覚はない、でも満腹感は感じる。私は使用された魔法の系統を解析することはできるけど、モノの成分はこれっぽっちもわからない。物体の解析は科学の分野に一旦任せ、私はキルケ刑事ら魔法犯罪係と共にヘザー・グラム氏の住まいへ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

FOX MAGE @cocosmos

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ