4 下校1

 僕は今日まで幽霊というものを信じていなかった。「自分が見たものしか信じない」をモットーに掲げる僕、最上もがみ けんはこの17年間幽霊を見たことが無かったのだから、それは当然のことだろう。


 しかし、2020年の春、僕は見てしまった。まさか「自分が見たものしか信じない」という言葉が幽霊の存在を認める原因になるとは思ってもいなかったが、見てしまったものは仕方がない。


 花子 サンは幽霊だ。まだ確定はしてないが恐らくそうだろう。


 僕は彼女の姿をもう一度しっかりと見る。おかっぱのせいで分からなかったが、よく見ると整った顔立ちをしており、どことなく気品を感じる。車で登下校していたようだし、どこかのお嬢様で間違いないだろう。


「なによ、黙ってこっち見て。」


 彼女はせっかく質問に答えたのに、黙っている僕が気に入らないようだ。


 幽霊とはいえ女の子を夜の男子トイレに放置して帰るのは、人としてどうなのだろうか? せめて今夜は女子トイレに移動してもらって、明日もう一度話したほうがいいかもしれない。そんなことを考えていると、ゆったりとした歌詞のないメロディーが聞こえてきた。


 蛍の光だ。我が長谷高校では、校門が閉まる10分前にこの曲が流れることになっている。


 玄関まで走る必要はないだろうが、今後についてゆったりと話し合う時間もない。


 彼女をどうするべきだろうか? この問いに正解はない。彼女を見捨てたとしたら僕はそのことを後悔するだろうし、彼女を学校外に連れ出したとしたら、それはそれでめんどくさいことになるに違いない。


 僕は巡りゆく思考の中で、なぜか今は亡きヨシばあちゃんとの会話を思い出した。


「ぼくねぇ、ヨシばあちゃんみたいに幽霊さんをたくさん助けて、幽霊さんと友達になりたい!」


 そんなことも言ってたっけな?


 その記憶は、今まで忘れていたとは思えないほど、鮮明なものだった。今ならヨシばあちゃんのしわの数まで数えられそうだ。


 彼女と友達になるのは、少し難しいかもしれない。別に幽霊であるとかは関係なく、単純に性格が合わなそうというだけだ。ただ、幼い頃の夢を叶えるチャンスをみすみす捨て去るのは勿体無いと思った。


 だから、僕は


「うちくる?」


これが僕の限界だった。

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花子さんでも恋がしたい 西田河 @niaidagawa

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