私とキミと、とある夏の日

栗花落 璃斗

私とキミと、伝えたいこと。

あのね、私、キミに伝えたいことがあるの。





生温い風が頬を撫でる。

まだ六月のくせに、地味にイライラする暑さに思わず舌打ちを零した。



「あっつい…」



先ほど此処で待っててと言い残して、何処かに行った彼女を待つこと10分。

スマホのバッテリーの残量は残り僅かで、暇つぶしもやるにやれない。こういう時に限ってモバイルバッテリーを持ってきていない自分と、容赦なく照りつけてくる太陽を心底恨んだ。



「日和ちゃん!」



顔を上げれば走ってくる彼女の姿が見えた。

ああ、どんくさいくせにそんなに走ったら…



「うわっ!」



言わんこっちゃない…。



「ほら、大丈夫?杏」


「へへ、ありがとう日和ちゃん」


「もう…」



柔らかく笑った杏に、思わず頬が緩む。

この笑顔が堪らなく好きなのだと伝えたら、一体どんな反応をするのだろうか。

驚く?恥ずかしがる?それとも…気持ち悪がる?


結局私はキミにそんな反応をされるのが怖くて、今の関係が壊れてしまうのが怖くて、なにも伝えることが出来ない臆病者だ。



「あのね、暑いからアイス買ってきたの!」



なるほど。ニコニコと笑う杏の手にある袋の中には確かにアイスが2つ入っている。

少し色褪せたベンチに隣り合って座ると、さっぱりとしたシトラスのいい香りがふわりと鼻を掠めた。



「はい、半分こ!」


「うん、ありがと」



シャクリ、渡されたアイスをかじると、すっきりとした甘みと共にキーンとした刺激が頭まで走った。それは杏も同じだったようで、思いっきり顔をしかめている。



「杏、顔」


「うう、だって~…」



もう変顔と言ってもいいであろう顔に遠慮なく笑いながら、もう一度目の前のアイスにかじりつこうとした。


――そう、"した"のだ。



「日和ちゃん。私ね、好きな人ができたの」



ひゅっと息が詰まる。

時間が止まったような錯覚を覚えた。


そんな私に気づかずに杏は言葉を続ける。



「とっても素敵な人でね、私の初恋なんだぁ」



頬を染め、きらきらと瞳を輝かせた杏。今まで見たことのない表情に見惚れると同時に、杏にそんな顔をさせた「素敵な人」とやらにモヤモヤとした黒い感情が芽生えた。



「私の小さい変化にもすぐ気づいてくれてね、運動が得意で、とっても優しい人なの」


「そ、そうなんだ…」



惚れた弱みとは恐ろしいもので、杏の話を無視するという選択肢は私には無く、結局最後まで聴いてしまう。


好きな人が別の誰かに恋してるっていう事実だけでも辛いのに、恋バナまで聴かされるってどんな地獄だ、これ。


溜息を吐くのを堪えながら、とある質問をするために口を開いた。



「それで、杏の初恋をかっ攫ってった素敵な人っていうのは誰なの?」


「…」



そう訊くと、杏は何も言わずにうつむいてしまう。



「…杏?」



訊かないほうが良かったのか、心配になって名前を呼ぶと杏は一度肩を揺らしたあと漸く顔を上げた。

その顔が。



──ねえ杏。私、期待してもいいの?



さっきよりも朱く色づいた頬。緊張したように、どこか不安そうに潤む瞳。


違うかもしれない。本当は私の勘違いで、引かれるかもしれない。

でも、それでも、キミに伝えたい。

腹は括った。覚悟も決めた。

なら、あとはありのままの気持ちを言葉にするだけだ。




「あのね、私…───」

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私とキミと、とある夏の日 栗花落 璃斗 @Hina0619

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