春の花が咲いていた
その出来事が起こったのは、突然のことだった。
「お嬢様!」
慌ただしい様子を顔に浮かべながらメイド長が部屋に入ってきた。
「どうしたの、何があったの?」
そう聞いた私に、
「大変です!」
その後で続いた言葉に、私は動揺を隠せなかった。
ドアを開けた瞬間に、鼻についたのは線香の強い香りだった。
通された部屋の真ん中には、寝台がひとつあった。
そこへ歩み寄ると、白い布が顔にかけられていて…私は、現実を知らされた。
恐る恐る手を伸ばして、顔にかかっている布を外した。
眠っているのかと思うくらいのキレイな顔に、私の目から涙がこぼれ落ちた。
「――敦仁さん…」
彼の名前を呼んだ…けれど、その目が開くことはなかった。
いつも私の手を握っていた大きな手は温かかったはずなのに、今は冷たかった。
「ーー敦仁さん、私よ…萌波、よ…?」
名前を呼んでいるのに、その目は開かなかった。
手に触れてるはずなのに、その手が温まることはなかった。
ーー突然過ぎた出来事だった。
いつものように私を家まで送った後で衛藤さんは交通事故に遭った
反対車線から現れた大型トラックが彼の乗っていた車を直撃して、彼は亡くなったのだ。
「ーー敦仁さん…」
やっと思いが通じたと言うのに、自分の気持ちを言えてお互いに確認しあったと言うのに…彼はこの世を去ってしまった。
「ーー敦仁さん…」
泣いても彼が帰ってこないことはわかっているし、時間が戻ってこないこともわかっている…けれど、あふれる涙を今は止めることができなかった。
頭の中は、いつも彼が占めていた。
心の中は、いつも彼でいっぱいだった。
そこに花があるみたいで、ただ思ってた。
彼のことを思えば、花が咲いたみたいに私は幸せだった。
彼がそこにいるんだと思うと、私は幸せだった。
けど、今は…冷たい手を強く握けれど、その手が握り返してくることはなかった。
彼は、もうここにいないことを知らされた。
「ーー敦仁さん…」
私は、彼の名前を呼んだ。
約束するよ。
あなたと過ごした思い出を忘れないことを。
あなたと過ごした日々を決して忘れないことを。
*
今日は、あの人の命日だ。
シトシトと静かに降る雨を見あげると、窓辺に写真立てを置いた。
写真立ての中に入っているのは、優しく笑っているあの人の写真だ。
私が好きだったあの人の笑顔の写真だ。
それを眺めた後で、写真立ての隣に花を添えた。
ライラックの花――あの人が好きだった花だ。
――ライラックの花言葉は、“初恋”って言うんだ
そう聞こえてきた声に、私は後ろを振り返った。
そこに彼はいなかった。
振り返るたびに、私は何度思ったのだろうか?
あの人は、もういないはずなのに…あの人の声が聞こえるたびに、私はこうして振り返ってしまうのだ。
「ーー寂しい…」
小さな声で、私は呟いた。
私が寂しいと言えば、あの人はすぐに駆けつけてくれた。
あの人は私が眠るまで抱きしめて優しく笑ってくれた。
けれど、あの人はもうこの世にいない。
私のところに駆けつけてくることもなければ、私を抱きしめてくれることもない。
もう、私に優しく笑いかけてくれることもない。
あの人がいなくなってから、私は何回涙を流したのだろう?
どんなに泣いても、あの人は戻ってこない…けれど、あの人と過ごした日々は私の心の中で大切な思い出として残っている。
この世のどんなに美しいものよりも、大切なものなのだから。
☆★END☆★
眠れぬ夜は君のせい 名古屋ゆりあ @yuriarhythm0214
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