第4話 かずら橋の男女

 鐘子しょうこ速登はやとは、森の中の狭い道を歩いていた。月食の晩でもあり、辺りは闇に沈んでいる。速登の持つ「光の剣」が懐中電灯代わりだ。

「申し訳ないことをしてしまった。君のためにも絶対に現代へ帰らないとな」

 速登の言葉に鐘子はうなずいた。

「そやな、明日も学校があるしな」

「僕も来週から学期末試験が始まるから、月曜には大学の寮へ戻る予定だった。君は高校生だったな」

 速登の問いを聞きながら、鐘子は自分の気持ちが落ち着いていくのを感じていた。つい普段の話しぶりが出てしまう。

「うちは今高二やけど、来年卒業したらどないしようか悩んどるん。いずれはうちの民宿の手伝いをするつもりやけど、何か役に立つ資格を取りに学校に通うか、ホテルや旅館で働こうか」

 鐘子の話を受けて速登が話し出す。

「そうか。将来についてしっかり考えてるんだな。僕は大学の教養学部に入ってるけど、本当は歴史や古文書について学びたかったから、歴史系や古文のゼミをとっているんだ。骨董品の鑑定士になって、うちの店を手伝いながら古文書の研究をするのが夢かな」

 ふと速登が立ち止まった。「光の剣」を前に掲げる。

「良かった、森から出たみたいだよ」

 今までよりも道の幅が広がっている。そして、微かにざわめく音が聞こえてくる。

「川の音や!」

 鐘子は思わず前に出た。


 森を離れた道は、谷川の脇に続いていた。空には相変わらず月食の満月が浮かんでいる。

「かずら橋、今の奥祖谷には二つしかあらへんけど、昔はもっとあったらしいや。近くにあるとええんやけどな」

 川を見ながら鐘子が話し続ける。

「今というか、未来というか」

 速登がツッコミを入れたが、鐘子は気にせず歩いて行く。

「そういえば、斗南となんさんはかずら橋渡るの初めてやな。怖かったら蔓にしっかり捕まってな」

 道はどんどん川に近づいていき、上り坂になった。

「ほら、あそこに橋が」

 鐘子が指し示す先に、木の蔓を絡ませて作った吊り橋が見える。その対岸から、別の光が動いている。どうやらかずら橋を渡ろうとしているようだ。

「ちょっと隠れよう」

 速登はとっさに「光の剣」を背中に隠すと、鐘子の手を引っ張って橋のたもとに身を寄せた。


 かずら橋を小走りに渡ってきたのは着物姿の男女二人だ。男は光る物体を持ち、若い女の手を引いている。まるで何かに追われているようだ。

「そこにいるのは誰だ」

 男が気配に気づいたらしく、立ち止まって鐘子と速登を見つめた。光に照らされた男の肌は緑がかって見える。

「お願い、見逃して」

 若い女が手を合わせる。速登は覚悟を決めたように『光の剣』を取り出した。

「僕たちはあなたがたの味方です。話を聞かせてください」

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