第3話 乃地日祠と『鎮めの舞』

 時計が午後9時45分を回ったのを見て、貴星きせい速登はやと鐘子しょうこに呼びかけた。

「では、乃地日のちひほこらへ向かいましょう」

 庭に降りた三人は、懐中電灯を持った貴星の先導で建物の裏へと回った。鐘子は踊りに使う扇子を浴衣のふところに入れ、速登は冊子と箱をしっかりと抱えている。

(毎年お盆の時に踊ってたけど、よその人の前で踊るなんて初めてやな。なんか緊張してきた)

 鐘子が頭の中で母に教わった振り付けを思い返していると、速登が貴星に尋ねる声が聞こえてきた。

「ところで、『乃地日』ってどういう意味か、山乃端やまのはさんはご存じですか」

「さあ。星の名前なんでしょうが、何が真実で、どこからが伝承か、今となっては見当も付きません」

 貴星の答えを受け、速登が話し出した。

「僕の勝手な推測ですが、かずら橋に落ちてきた丸い物体は宇宙船で、『乃地日』というのは光の剣を授けたという宇宙人の名前ではないかと思っているんです」

(この人、意外にロマンチストなんやな)

 鐘子は速登の新たな一面が見えた気がした。


 庭の奥には、半円の塚の上に石作りの小さな祠が建っていた。貴星が説明する。

「この乃地日祠は三波石さんばせきでできています。阿波あわの青石と呼ばれる綺麗な石です」

大歩危おおぼけの吉野川下りの遊覧船に乗れば、辺り一面この石が取り巻いてる光景が見られますよ」

 鐘子は速登に説明するが、速登は月を見上げていた。既に満月はかなり欠けており、影となった部分が赤銅色に沈んでいる。

「鐘子、祠を開くから、斗南となんさんが箱を置いたら『しずめの舞』を頼むぞ」

 貴星の言葉に鐘子はうなずいた。

「はい」


 貴星が祠の鍵を開くと、やはり三波石でできた箱のような空間が現れた。速登は一礼してから桐の箱を開き、祠の中に漆黒の細長い塊を置く。鐘子は扇子を開くと、満月をすくうように掲げる。その瞬間、最後の月の光が隠され、皆既月食が始まった。

 扇子を静かに上下に動かし、蝶が羽ばたくように舞う鐘子は、扇子がいつの間にか金色に輝いているのに気づいた。その光は祠に置かれた漆黒の細長い塊を照らしている。

 突如、細長い塊が満月のように光り始めたかと思うと、浮かび上がった。塊はそのまま鐘子めがけて飛びかかる。

「危ない!」

 速登が鐘子をかばうように前に立つ。速登が塊を掴むと、目もくらむような閃光が辺りを包んだ。


               ○


 光が消えると、鐘子は速登と共に森の中の獣道のような場所に立っていた。空を見上げると、雲の切れ間から赤銅色の月が浮かんでいる。

「父さん?」

 鐘子は思わず声を上げるが、貴星の姿はおろか祠も見当たらない。傍らを見ると、速登が満月のように光り輝く棒を掴んで立っている。

「やはり、これは『光の剣』だったんだ」

 速登が息を弾ませながら鐘子に話しかけた。かなり興奮しているようだ。

「それより、ここは一体どこなん?」

 鐘子の問いかけで、ようやく速登も状況を理解したようだ。月を指しながら答える。

「僕たちはあの本に書かれた月食の晩に来てしまったのかもしれないな」

「それじゃ、これから星が落ちるってこと?」

「とにかくかずら橋を探そう」

 速登の言葉に頷きながら、鐘子はざわめく心を抑えるのに精一杯だった。

(うちら、現代に帰れるんかな)

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