#3 ミギョウさん

 私が昔住んでいた村には、古くから“ミギョウさん”と呼ばれるモノがいた。ミギョウさんは神社のお社の中に住んでおり、姿は見えないものの確実に存在はしていた。神社にいると、時々ミギョウさんの「ぁおぅうぅー」という鳴き声が聞こえることもあった。


 そして一番の特徴は、ミギョウさんに手紙を書くと返事が返ってくることだった。例えば、「なくした えんぴつのばしょ おしえてください」と書いた紙とおにぎりなどの食べ物を添えておくと、翌日にはおにぎりがなくなり、紙の裏に「えんぴつ つくえ なか」と返ってくる。この返事が、だいたい3行で帰ってくるから、三行さん。または、未完成なはっきりとしない文章だから、未行さんと呼ぶ。と、大人たちは言っていた。


 村の子供たちはこれを面白がってよくミギョウさんに手紙を書いていた。手紙のルールは、「すべてひらがなで書くこと。難しい言葉を使わないこと。」のたった2つだけだったので、敷居の低さからほとんどみんな書いていたと思う。ただし、食べ物を添えないと返事がないこともあった。


「○○くんの すきなこは だれですか」

『あ から はじまる』


「うんどうかい かてますか」

『かち でも しらない』


「なにが すきですか」

『おにぎり おいしい ありがとう』


 内容の正確性はとても低いうえに手紙が返ってくるだけなので、小学生以下の子供の遊びという感じで、中学生になる頃には止めている子供が多かった。例に漏れず、私もそのうち手紙を書かなくなった。


 そんなミギョウさんを一目見てやろうと神社に行き、お社を開けようとする子供が現れる。私もその一人であったが、開けようとすると必ず神主のおじいさんが飛んできて、ほうきで殴られる。そしてそのことを家に言われ、祖父母にもこっぴどくしかられた。なんでも、ミギョウさんは見てはいけない存在らしく、見たものは気が狂ってしまうと大人たちは口を揃えて言っていた。正直、手紙を書くだけのミギョウさんよりも怒りの形相の方がよっぽど怖かった。


 私が高校生の頃のある日、村の子がミギョウさんから返事が来なくなったと騒いでいた。ここ数日、手紙どころか食べ物にも手を付けていないらしい。今まで律儀なほどに返事を返していたミギョウさんがいなくなったのだ。神主さんに話をきいても、「さぁ……、引っ越したんかもしれんなぁ……」と遠い目で言うだけ。村の大人たちはあまり騒いでおらず、父に言っても「そうか。」と一言つぶやき、いつも通りTVを見ながらビールを呑んでいた。


 結局、1ヶ月経っても2ヶ月経っても手紙に返事はなく、当初は悲しんでいた子供もだんだんとミギョウさんのことを忘れていった。


 そして時は流れ、私が大学2年生の夏のこと。お盆休みで実家に帰省していた私のもとへ、神主のおじいさんが訪ねてきた。


 家の座敷に神主のおじいさんと私、父と祖父母の5人が集まり厳かな雰囲気を醸し出していた。祖父が「……もう、ええんですね?」と神主さんに尋ねると、静かに「……はい。既に、他の子にも」と返事をした。そして私のほうを見ると、神主さんは語りだした。


 「ひさしぶりね、大きくなって。突然で驚くかもしらんけんど、ワシが生きとる間にきちんと話しておこう思って。昔、うちの村にいた“ミギョウさん”について」


 「……あれはな、ワシの甥や。」

 優しくも、悲しそうな顔で神主さんは続ける。


 「そもそも、本来のミギョウさんの由来は手紙じゃない。『未だ人の形ならざるモノ』で未形さん。異形さんとも呼ばれとった。今で言うところの奇形児や」


 「昔は、奇形児や双子みたいなのを忌み子、鬼の子として神のもとに返す言うて、神社に捨てとったんや」


 「ワシのねえさんが生んだ子も、顔が潰れた未形さんやった」

 横目で見た祖父母は、ただ目を伏せていた。


 「あいつはつんぼで、口もきけんかった。でも、頭は少しあったから、教えたら簡単な文字は書けた。それがお前さんらが言ってた、ミギョウさんの正体や」


 「誰が始めたか知らんが、神社に手紙を置いておくと返事が返ってくる。未形さんとは違う、三行さんとして神社に住むことになったんや」


 「あいつと遊んでくれてありがとう」

 いつも手紙を楽しそうに読んでいたと言い、それ以上は何も語らなかった。


 お盆が終わり、私は実家を後にした。神主さんや祖父母に聞きたいことは色々あったが、やめておいた。そこは当人が話すことで、若い者の役目は過去を適切な形で引き継ぐことだと悟ったからだ。ただ、少しだけ実家に帰りにくくなった。

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短編集(仮) 伏見 @huseruinu

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