第15話 底辺×高さ÷2(残り92日・水曜日)

その日、ソラナは部室へと向かわず屋上へと向かった。


(影麻呂君は、部室で待ちぼうけしてるのかな。)


 罪悪感もあったけれど、それ以上にソラナの中の意地の悪い部分が喜んでいた。

今彼が何を考えていて、遅刻した私に何というのかな?それを考えるのも楽しい。


 屋上の出入りは禁止されているのだが、さて、どうなることか。

 だが、カギはかかっておらず最後のドアを開くと、青い空が見えた。

 地面は打ちっぱなしのコンクリート。

 時が止まったように静かで、人の気配はない。

 屋上から見るグラウンド、下校する生徒たち、緑に包まれた広大な敷地。

 中庭の植え込みも上から眺めることができる

 どれも初めて見る光景でテンションが上がる。目的も忘れ、フラフラと屋上を見回るソラナ。


「ひゃん」


 僅かな違和感を感じて、慌てて振り返る。

 そこには一人の少女がしゃがみ込み、自分のスカートの中を覗き込む姿があった。


「あ、あなたは姫野々さん!?」


「ども。転校生の天花寺さん」


ひょこりと頭を下げる。長い前髪が両目を隠している。

プロのヴァンパイアハンターであるソラナの背後を取るとは只者ではない。


「天花寺さん、随分といいブツをお持ちですねぇ」


 不気味な彼女の言動。しかし、そこからソラナが連想したのは、かの少年のことだった


「ひょっとして……あなたってば蛇崩君のカノジョさん!?」


 ニッカリ、姫はめいっぱい大きく口角を上げて嗤う。


「なんでそう思うんですかぁ?」


「だって、その、あの、そうね、発想が似てる?」


「おやおや、ということは蛇崩君も天花寺さんには随分と「素」を見せてるんじゃないですかぁ、有難いことですねぇ、SSRですねぇ」


 それでは答えになっていない、と表情で答えるソラナ。

 ソラナ自身は思いの外、余裕ない自分の姿に気付いていない。


「まーお互い赤の他人同士ですし、腹の探り合いは無し。端的にお話ししましょうか」


「クラスメートは他人じゃないよ?」


 姫は、ヒヒヒと思わず笑い声が漏れる。

 影麻呂とソラナの二人もきっとこんな風にかみ合わないのだろうなと想像したからだ。


「ふふ、安心してください。ボクが蛇崩君の彼女だとか、へそが茶を沸かしますよ。草って奴です。ではでは、ボクからの質問ですよ。ソラナさんは蛇崩君の何なのですぅ?」


 姫の回答を聞いて、ソラナは少し思案を巡らせる。

 カノジョ。うん、いるわけがない。

 影麻呂の態度を観れば、予想通りの結果だ。

 だから、その回答を聞いて特に何も思わない。安堵も無ければ落胆もない。

 だったら、なぜそんな質問をした?どうして私はその答えを聞きたかったのだろう?


「私はね、蛇崩君を助けたいの。簡単には信じてもらえないと思うけど、私は蛇崩君に命を助けてもらったから、その恩に報いないといけないの。これはとても真剣な話なんだけど……」

 

 影麻呂の裏稼業のことは、おそらく姫野々は知らない。だった、どこまで話していいものか。そんなことで迷っていると、 ソラナの一流の聴覚が、姫の心臓が激しく脈打つのを聞いた。彼女は激しく興奮している。半分しか見せないその顔の表層がかすかに紅潮している。


「信じますよ。全く大袈裟な話ですよ。いつの時代を生きているのだか。でも、だからこそ蛇崩君らしいです」


 姫は必死に笑いをこらえている。

 ソラナは事情が呑み込めず、何と声を掛けるべきか逡巡する。


「蛇崩君との関係性、ボクも答えないと不公平ですね。ボクは、彼の観測者です。蛇崩君はああ見えて、規格外なんですよ。いつもボクの予想を超えるナニカを見せてくれるんです。そんな彼が、ちょっと美人の転校生が現れたからと惚れた腫れたの片思いで想い悩んでいる、なんてことがあれば幻滅しちゃうところでした……」


 いつもの彼女の姿からは想像できないほどに、情熱的で、迫真的で、そして、とても早口で語る姿があった。


「女のニオイ……本人は誤魔化していますけど、最近の彼がおかしいのは明らかでした。部活の共同申請なんて、あり得ないことですよ。時期的に、学校中の噂の的、転校生である天花寺さんが関係してる可能性は高いと思いましたが、まさかの蛇崩君が、陽キャの代表みたいなソラナさんに恋をするなんてことはないとも思いたかったのです。でも、先ほど確認させてもらいましたが、惚れたのはそのお顔ではなく、下半身の筋肉でしたか。ボクも自身があったのですけど、天花寺さんほどの肉付きはないですね。いやはや、ひとめぼれするのも納得の下半身です。彼が一方的につきまとってご迷惑をかけているようならなら、ボクがお助けしようかとも思いましたけど、まさか天花寺さんの方が興味津々だとは、本当に予想を超えてきますねぇ、脳汁出まくりですよぉ」


「……いつもと雰囲気が違うね。うん、それは姫野々さんも蛇崩君のことを大切に想っているってことだよね!」


 そう言って一人うなずくソラナ。


「あ、はい。ボクってすごくゴーマンなんです。つまらない人間には興味がないので」


 姫は右手を差し出す。ソラナは慌てて同じ手で握手をした。


「蛇崩君を助ける、最高かって。そんな面白そうなことはないや。なのでボクは全面的に天花寺さんに協力するよ、よろしくね」


「私のことはソラナって呼んで」


「じゃあボクのことは姫野々さんって呼んでください」


……しばし、沈黙……


「いやん、ゴメンです。ボクのことはユエと呼んでもらって、恥ずかしいけど……」


「えーっと、無理はしなくていいけど、ユエって名前、あなたにぴったりだと思うよ。」


 かくしてここに偏屈な陰キャ少年を救うための小さな同盟が生まれたのであった。


                ◇


「ねぇご主人様。今日のパンツ姿ですか?」


「ああ」


「でも、ホントは全身ヌードのデッサンをしたいんですよね」


「ああ」


「じゃぁ、私はいつまで待てばいいのかな? いつまでパンツ姿を眺められなきゃいけないのかな。毎日下着にだって気を遣ってんだからね」


「なんだよ、見せられないパンツでもあるのかよ」


「あるに決まってるでしょ! パンツは他人に見せるためのものじゃないんだからさ!」


「なんで遅刻してきて早々、テンション高いんだよ!」


 今日は久しぶりにデッサンの日。

 影麻呂としては、少しづつ調子を戻していきたいところなのだが、なぜだか今日の奴隷は反抗的だった。 


「これだけは言うまいと思ってたけど、もう我慢できない。もうね、写真でよくない? 写真なら1秒で終わるよ、デッサンいらない」


 その言葉は鋭利に影麻呂の胸をえぐった。一瞬、心臓が止まったかと思った。

 大きく呼吸をし、それを吐き出すように反論する。


「バカバカ、素人はこれだからバカ。分かってないなぁ、俺はさ、俺たちは目に映っているモノをただ書き写してるわけじゃあないんだよ。その中身、筋肉の構造、質感、動き、変化。そういったものをデッサンする中で学び取ってんだよ。対象を知る事、それがデッサンなんだよ」


「じゃあ、触ったらいいじゃん。もうね、そんなに私のお尻が好きなら、触ればいいじゃん。触りたいって言いなさい」


「嫌だよ。俺には俺のタイミングがあるんだ。男の子は繊細なんだ。トラウマになったらどうすんだよ」


「もうほとんど、触ってるようなもんだからね。男らしくないよ」


「男らしくないだって!? その昭和の亡霊を追い払ってくれ。21世紀になって、。文明国日本で、そんな言葉は聞きたくなかったよ。男女同権はどこに?」


「ご主人さまと奴隷の間に男女同権なんてないのよ。もっと自分に素直になろうよ」


「でも、今日のお前、全然奴隷じゃない。嫌ならいいよ。もうおしまいにしよう……」


「あーん、ごめんごめん。ちょっと言い過ぎた。ご主人様!元気出して!何でも言うことを聞く、そう言ったのは私。その気持ちは変わってないよ」


「うん。俺も悪かった。でもさこういうのって、とても繊細なことなんだ。辛抱強く、待っていて欲しい」


「そうだね。可愛いパンツ、買いだめしておく」


「ああ、あとご主人様としての命令なんだけどさ。部活動の顧問の先生を探さないといけないんだけどさ、全部お前に丸投げしていいか?」


「ええーーーーーー」

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100日後に死ぬ俺なので、キミには奴隷になってもらいます 影咲シオリ @shiwori_world_end

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