第29話  こんなはずでは……

「まずは、古代レトア語で聖典が読めることが必須ね」


「古代レトア語ってなんですか? 聖典ていうのも?」


 あたしは、『ゼナ・リーア』の称号をもらってすぐに賢者様に呼び出されたのだ。そこには、神殿で一番トップであるタナトス・リーアもいて驚いた。薄茶色の緩いカールした髪を背中に流した。綺麗な人だった。

 東方の出身らしい。


「『ゼナ・リーア』は、中位の上の巫女エルラント・リーアくらいの地位に相当するのよ。全く古代レトア語も出来ずにリーアが務まると思わないで」


 タナトス・リーアの言葉は厳しい。

 その場にキャスパー様もいた。オルランド賢者様もいた。


「でも、エリサ様。その場に居たいという彼女の願いです。そんなに本物の巫女リーアのようなことを押し付けるのは違うと思います」


「言ったでしょう?『ゼナ・リーア』は中位の上の巫女と相当の地位だと。それに見合う能力も身に着けて欲しいわ。古代レトア語が出来ないなら、学問所で徹底的に覚えてらしゃい!!」


「あの……タナトス・リーア……あたし……」


「古代レトア語で聖典を読みこなして、礼拝日にはあなたが、サントスの神殿に来た人の前で、聖典を読み上げるのですよ」


 それ!! あたしの望んだのと違う!! あたしは、神殿の端っこでキャスパー様といっしょにお祈りがしたかっただけ!!

 それを言ったら、タナトスリーアにものすごく怒られてしまった。


「あなたは、次席の大神官グレイス・ルーストを何だと思ってるの?   

 賢者に何かあった時に対処する大任なのよ。いくら新婚で、あなたが若くても、彼の仕事の邪魔は、オルランドが許しても、私は許さないわ。だったらあなたが、彼に近付く方法にしたほうが早いわ」


「でも、あたしは養護施設棟育ちで、ろくに学問所にも行ったことが無くて……」


「お花の売り子をしていたと聞いたわ。計算は出来るのね?」


「花屋のご主人に売り子を始める前に教わったの」


「頭は悪くなさそうね。大丈夫でしょう!!でも、とっかかりだけは、教えておくわ」


 タナトス・リーアは、あたしの頭に手を置くと何やら呟き始めた。

 不思議なことに、一瞬あたしの身体が銀色に光ったのだ。


 知らない文字が、あたしの中で浮かんでは消えていったの。

 この後で、聖典を見せてもらったけど、古代レトア語の基本文字だった。


 タナトス・リーアには、こんな力があるから、タナトスリーアだってことを後から知った。


「忙しくなるわよ、聖典を覚えながら神殿のことも覚えるのよ。急ぐことはないわ。ワタシの従妹もここで結婚までエルラント・リーアをして人々に聖典を読んでいたわ。結構人気だったみたいよ」


「あの、あの大神殿で、キャスパー様のお近くに行くことは無理なのでしょうか?」


「今のあなたではね……キャスパーは、有能な人材で早くから神殿が目をつけていた神官なの。かたや、あなたは神殿育ちでも今から神のことに関わっていく立場よ。末端だと思いなさい」


 言われ放題言われて、あたしは落ち込んだけど、一縷の望みを見出した。

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