隣の席の石黒さんは美少女だ。しかし、変わっている

タカ 536号機

隣の席の石黒さんは変わっている。


 僕の隣の席に住まう石黒 雲雀ひばりさんは校舎を歩けば行き交う生徒の視点を一点に集め、街を歩けばスカウトに声をかけられる正真正銘の美少女だ。


 しかし、変わっている。


 どのくらい変わっているかと言うと、ある日突然「私は将来自分の力で月に到達しそこに住む!」と宣言した後、当時一年ながらも全国2位を手にし、学校からも一心の期待を背負っていた水泳を辞めたかと思えばバスケ部に入り、ダンクの練習ばかりをするようになったという話があるほどだ。


 ちなみに本人はこの件について「月に住むと決めたのはいいが、娯楽が少ないと感じたからかねてより楽しみにしていた重力の小さな月での運動をより楽しむ為に、今からジャンプ力を高める事が必要だと思ったからだ」と大真面目に語ったそうなのでやはり変わっていると言わざるをない。


 それ以外にも彼女の奇行は絶えず、完全に学校では変人としての地位を盤石なものとしている。その為か、入学当初は擦り寄って来る男子生徒も多かったらしいが今ではすっかりなりを潜めている。


「石黒さんに告白された!? えっ、それ本当に言ってる?」

「マジ、マジ、大マジ。金曜の夕方突然呼び出されて言われたんだ。「貴方のことが好きです」ってな」


 そんな石黒さんの話題を朝から親友である友近が口にしたので、またどこかで彼女が変な事をしたんだろうとばかり思っていた僕は予想外の友近の言葉に目を丸くする。


「で、どうなったの? 教えて」


 続きが気になった僕はまばたきも息も忘れ、思わず友近の肩を軽く掴みゆすって急かす。


「お前にしては珍しいな焦るな。落ち着けって。そこが問題なんだよ。普通、付き合うのかどうかって話になるとこだよな? でも、石黒さんが続けて言うには「あっ、いや付き合いたいとかではないんだけど」なんだよ」

「へっ?」


 自分自身もまだ理解出来ていないような困惑気味の表情で友近は急かす俺を押さえると、ダラダラと汗をかきながらそう言った。

 勿論、僕も意味がわからず固まることしか出来ない。いや、元々彼女の行動を理解出来たことなんて一度もないんだけど。


「だから、断るに断れないしどうしたらいいのか分からなくなって「ありがとうございます」とだけ言って逃げ帰ったんだよ。って、ことでお前石黒さんとそこそこ仲良いらしいし席も隣だから今日告白の意図を聞いてきてくれない? 頼む」

「うーん、聞いた所で分かる話かなぁ」


 友近が僕に何故このことを話したのかの意図は分かったが、人より少し彼女を知る僕からしてみれば彼女の行動を理解をしようとすることは砂漠でナイアガラの滝を探すようなものだ。つまり不可能といって差し支えない愚かな所業なのだ。


「アイス奢るから、な?」

「聞くだけなら」

「サンキュー」


 しかし、そんな所業もアイスを貰えるとなると話が変わる。


「ハーゲンダッ◯楽しみだな」

「勘弁してくれ」


 というわけで、親友想いの僕は快く相談を引き受けるのだった。



 *



「おはよう、石黒さん」

「うーん。おはようすいくん、君から話しかけてくるとは珍しいね」


 教室に入り、机にうつ伏せになっていた石黒さんに声をかけると石黒さんはガバッと体を起こし、軽く伸びをした後に笑いかけてくる。しかし、彼女が疲弊していることは明らかだった。まぁ、別に珍しいことではないけど。


「たまにはね。それより石黒さんのその目のクマはどうしたの? また前みたいに一晩中上空を通り過ぎる飛行機でも数えてた?」

「いや、昨日は納豆を一日中混ぜたらどうなるのか唐突に調べたくなってね。それを朝から始めたから今日の朝までやらなくちゃいけなくて、寝れてない」

「なるほどね」


 石黒さんは今日も変わらず変わっている。


「そういや、1つ石黒さんに聞きたいことがあるんだけど聞いていい?」

「どんどん珍しいね。翠くんが自分から挨拶だけじゃなくて、話を持ちかけてくるなんて。どうぞ」

「友近への告白ってどうゆう意図で行ったの?」


 彼女に回りくどい言い方は余計に話を拗れさせるだけと理解している僕は、ストレートにそう尋ねてみる。


「どうゆう意図もなにもそのままただの告白

 だよ」


 すると彼女は訳がわからないと言わんばかりに首を横に振ると、そう言い返してくる。


「でも、付き合いたいとかではないって言ったんでしょ?」

「えっ? それって、なにか変?」


 僕の言葉に彼女は逆に更に困惑した態度をとる。


「変というか、告白って基本的にその人と付き合う為に行うイメージだから」

「あー」


 彼女は納得したように頷くと、考え込むような仕草をとる。彼女にしては珍しく人(僕)にキチンと自分の意図を伝えようとしているらしい。やがて考えがまとまったのか、また顔をガバッと上げると口を開いた。


「ちょっと話が変わるけど、翠くんって自分がいつ死ぬのか分かる?」

「大分、変わったね。いや、分からないけど」

「だよね。80年後かもしれないし、50年後かもしれないし、もしかしたら明日かもしれない。だから、気持ちは伝えられる時に伝えておくべきだと思うんだよ。いつ死んでも後悔しない為にね。ってなことに、つい先日思い立って告白することにしたの」

「ふーん」

「おっ、分かってくれた感じ?」


 僕の態度に彼女が少し嬉しそうに頬を緩ませる。

 今回の彼女の言い分は分からないものではない。まぁ、だからといっても普通の人はそう思い立ってもそんなこと即座に実行出来ないし、あまつさえ「付き合いたいとかではない」などとは口にしないので変わっていることには変わりないのだが。

 でも、確かに僕は少し共感した。


「これ友近くんにも伝えてきて貰っていい? 多分、彼困ってるんでしょ?」


 そして彼女はなんてことないように僕にそう頼むのだった。


 *



「友近、橋本さんと付き合うことになったて」

「私もそれ聞いたよ。いやー、良かったよねぇ」


 翌日、僕と石黒さんは昨日誕生したカップルについて話をしていた。


「友近、石黒さんの告白の意図を聞いて橋本さんに告白する決心を固めたって言ってた」

「いやー、まさかこの私が恋のキューピットになるなんて照れますなぁ」


 石黒さんは心底嬉しそうに軽く頭をかきながらそんなことをいう。その表情には曇り1つなくて、本心でそう口にしているようだった。


「本当にこれで良かったの? 石黒さんなら分かってたでしょ、こうなることくらい」


 本当に石黒さんは変わっている。自分の好きな相手の他の人に対する告白の背中を押すだなんて。


「だから、私はそもそも付き合うつもりはなかったって言ったじゃん。私は気持ちを伝えられて、友近くんは念願叶って両思い。win-winってやつだよ」

「そういうもんかなぁ」

「そうだよ。こうなってからじゃ流石の私も気持ち伝えられなかったしね」


 まだ納得出来ない僕に対し、満足しきった様子の石黒さんはニコニコとそう続ける。


「それに私はちょっと変わってるらしいからね。友近くんが誰かとくっつかなくたって選ばれないよ」

「そんなの分かんな...くもないか」


 友近が好きなのは大人しくて素直なタイプの子だ。その点において石黒さんは範囲外と言わざるを得ない。

 そこはちょっとくらい否定してくれても良いんだけど? と彼女は笑うと、



「ほら、気持ちは伝えておくに限るでしょ? いつもボサーと生きてる翠くんも見習ってみてよ。いるのか分からないけど、翠くんに好きな人がいるなら私みたいに気持ちは伝えておかないと、付き合う付き合わないはさて置き気持ちさえも伝えられないまま人生終わっちゃうかもだよ。嫌でしょ? これ、変人すぎて恋人が出来ない私からのアドバイスね」


 軽い口調だが目だけはどこまでも真剣にそう続けた。やはり、分からない。失恋をして辛いはずなのに友近を祝福するどころか、僕のことすら気にかけるだなんて。

 やはり石黒さんは変わっている。でも、まぁ、


「うん、石黒さんのそういう所が僕は好きだよ」

「えっ?」


 そういうことなら伝えておくことにしよう。放っておくと、平気で海外とかなんなら宇宙とか行っちゃいそうだし。


「あ、ありがとう...? えっ、というか、なに!? どうゆうこと?」

「いや、なにって石黒さんが急かすから伝えたんたけど」

「そうじゃなくてね!?」


その後も彼女は僕を問い詰めてきたが、「気持ちを伝えただけ」でなんとか乗り切るのだった。


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