AI♡Communication

@ikoman55

AI♡Communication

「やばい、やばい」急いでドアを開き、家から飛び出す。もう高校二年生であるにもかかわらず僕はギリギリ電車に間に合うか間に合わないかの時間に家を飛び出していた。自転車に急いで乗り、漕ぐ。今日はついにアレがくる。アレが来るんだ。はやく家に帰って、起動するのが待ちきれない。少年ははやる気持ちを抑えながら、駅へと向かう。

 

 朝の8時半には駅に着いていた。僕はいつものように無意識に誰かを探すようにきょろきょろまわりを見回していた。ホームには制服を着た高校生、スーツを着たサラリーマンなどたくさんの人が電車を待っている。その中にひときわオーラをもった美少女がいた。彼女こそ彼が探していた女性である。目はクリクリ、整った顔立ち、艶のある黒い髪は胸元まで伸びており、制服の上に羽織っている薄茶色のカーディガンによく映えていた。彼女を見ると胸がすこしざわめく。


あ。


彼女と目が合ってしまった。しかし、彼女は気にする様子もなく、違う方向を向いた。

彼女、ユウカとは小学校、中学校も同じで仲も良かった。だけど彼女はいつの間にか変わってしまった。あの頃は楽しかった。なのに今は遠くから見るだけ、いつのまにかこうなっていた。あの頃の彼女はもういないんだろう。でもこの孤独ももうじき終わる、終わるはずさ。

   

 どたどたと自宅の階段を駆け上がる。学校が終わり待望の時間が来た。母親が自分の駆け上がる音に何か苦言を言っていたがそんなことはどうでも良かった。自分がネットギークで本当に良かった。ドアを開け速攻鍵を閉める。ここからはもう完全に僕だけの世界だ。誰にも邪魔されることはない。部屋の壁には映画のポスター、机の上はフィギュアだらけだ。この楽園だけは誰にも渡せない。PCの電源をつけいつものように椅子の上で胡坐をかく。今日は念願のあのアプリケーションを起動する日、そのアプリケーションの名前は「AI♡Communication」。

ただこのアプリケーション、誰にでもつかえるサービスではない。世界でも限られた人間にしか利用することはできないのだ。このアプリケーションはいわゆるベータテストの段階であるらしく、今のところ世界でも数人しかこのアプリケーションを使用することはできない。そしてそのテスターに選ばれた僕は宝くじに当たったようなものなのだ。しかし、実際のところこのアプリは一体どれほどのものなのだろうか。開発会社が言うには、かつてないほどのAI技術を搭載したこのアプリはアナタに永遠のパートナーを授け、二度と孤独にしないでしょう、だそう。ようするにAIの彼女をプレゼントしてくれるのだ。これはいわば人類の夢だ。そして僕はその夢をかなえるのだ。インストール完了の文字を見て、僕は「AI♡Communication」の起動のボタンをクリックした。


 起動してすぐ付けているヘッドフォンから妙にテンションの高い女性の機械音声が聞こえてきた。音声とともに字幕も画面に出てきた。

「はじめまして、マスター!私はこのアプリケーションのナビゲーターです!」

「ど、どうも、ナビゲーターまでAIなんですね...」 

「 まずこのアプリAI♡communicationで最初にやるべきことについて話します」

 無視された。もしくはAIなんかじゃなくただの自動音声か?

「もしかして、君が僕の彼女??」 

言ってみた。

「私ではありません」

「わっ!ほんとにAIだ!」

「では話します!」

「あ、はい」

「AIカノジョはあなた自身が生み出すのです」

「AIカノジョ...ぼ、ぼくがつくるんだ??」

「はい、いわゆるキャラクター...」

彼女が言う前に得意げに言う。

「メイキングってやつですよね?」

「話がはやくて助かります、ですがいわゆるキャラクターーメイキングとは違い作るのはキャラクターではなくAIカノジョ、人を生み出すようなモノと考えてください」

もはや神じゃないか。

「お取り扱いには要注意ってことです、ではあなたはどんなカノジョが欲しいですか?言ってください」

「では....いいですか?」

こくりとうなずき、僕は話し始めた。

「僕は...」

.

.

.


「はぁ....はぁ...」 

もうクタクタだ。音声ガイドさんと僕はもう一時間は話したはずだ。僕の好みの性格、見た目に関するありとあらゆることを話した。もはやもう自分の言ったことについてはっきりと覚えていない。性格や見た目、ありとあらゆることについて質問形式で聞かれた。正直言って後半はもう直感で答えていたように思う。

「お疲れ様です、もう大丈夫です、インストールもじきに終わります」

画面には人体のフォルムが形成されている姿が写っている。

そしてしばらくしてついにインストール完了の文字が出てきた。

「インストール完了!ではユウキさん!AIカノジョとの良き未来を!」

「え?」

プツンと音声ガイドの声は途切れた。そして画面はPCのホーム画面に切り替わった。壁紙は僕の大好きなアダルトゲームのヒロインであった。

「?」

何が起きたのか分からず困惑してると、僕のPC画面の中央に扉のようなものがあることに気づいた。

「もしかして...」

そう思いその扉を右クリックした。ギィッと音が鳴り、扉が開いた。

「あれ...?」

誰も出てこない、と思った矢先ひょこっと一人の少女が顔を出してきた。

「は、はじめまして...」

カノジョは照れくさそうにしゃべった。

「は、はじめまして....?」

驚いて、オウム返しのように返事をしてしまった。カノジョは後ろで手を組んで首をかしげながらこちらを見ていた。セーラー服に短いスカートをはいており、何より驚いたのはカノジョの顔が今朝会ったユウカに奇跡的なほどにそっくりだったことだ。

「似てる...」思わずつぶやいてしまった。

「に、似てるって誰にですか?」

「ごめん、こっちの話...」

「そ、そうですか....」

「は、はい」

すこしの沈黙。

「あ、あの」カノジョがぼそっと話し出す。

「私の名前、教えてほしいです」

「な、名前...ai…アイカ、君はアイカだ」咄嗟の思いつきで言う。

「は、はい!あの…あなたの名前も教えてください」

「僕の名前はユウキ、よろしく」

「よ、よろしくおねがいします!」

「敬語みたいな話し方しなくていいよ」

「じゃ、じゃあよろしく!ユウキ!」

「よろしく」

お互いに目を合わせて笑った。


 



 カチャカチャとキーボードの音が楽園、僕の部屋の中で聞こえている。

「アイカ、そいつロー!」

「うん、やあああ」アイカは叫び銃を撃つ。しかし、その弾の軌道はきれいに敵のうしろをなぞるように外れた。

「ああ..」少し落胆の声を出してしまった。

敵はその間に僕たちから逃げてしまった。

「ごめんなさいい」

「いやそういうときもあるよ」

「うぅ..」

「元気出して、次はがんばろう」

「うん...」

僕たちはバトロワ系FPS、BPEXをプレイしていた。仲良くなるにはどうしたらいいかと僕が思案した結果、一緒にゲームするのがいいと思ったからだ。

「ユウキは学生?」

「うん、まあね...」

「どうしたの?...学校好きじゃないの?」

カノジョは僕が少し口ごもったのを見て、気になったのだろう。

「楽しくはないかな...」

学校のことを考えても楽しい気持ちなんてものはない。ただ別に高校でいじめられてるわけでもなかった。

「でもさ..今はアイカがいるから」

恥ずかしくてハハッと笑ってしまった。

「ユウキ!恥ずかしいからやめてください!」

カノジョは顔を赤らめながら怒っていた。

きっと現実だとキモがられるんだろうな。そんな卑屈な言葉は胸の奥にそっとしまった。


それから僕たちは様々なゲームを一緒にした。映画も一緒に見た。インターネットの中では僕たちはいつも一緒だった。


 カノジョと過ごす日々、いつものように自分の部屋に行くために、階段を駆け上がる。今日は映画を見る日だ。今日見るのはハリウッドの名作恋愛映画である。

「恋愛映画かー、楽しみだね」

カノジョはにこにこと笑っていた。

「うん、そうだね」

「私たち以外はどんな風に恋愛してるんだろう」

「恋愛をするって言葉、なんか変だね」

「たしかに、そうだね、ふふ」

そんな軽口を言い合っていた。だけどこのどこにでもありそうな恋愛映画は僕たちの関係を大きく変えることとなる。

劇中、二人の男女は出会い、二人は恋をし、二人は愛し合う。そして彼らはお互いを強く求める。

「なんか、いい雰囲気だね、二人とも」カノジョは嬉しそうに言う。

「うん、そうだね、きっとキスをするんだろうね」

「キス?キスって何?ユウキ」

「え!?」

驚くことにカノジョはキスの意味を知らなかった。

「キスってのは....」

すると劇中の男女がまさにそれをするところだった。

「これのことだよ」 

「あ...」

カノジョは少し驚き、それから不思議そうにそのシーンを見始めた。

彼らはまずチュッチュッと小刻みにキスをし、そのキスは少しずつ激しさを増し、やがてディープキスをし始めた。カノジョはボーッと口を開けボーッと見入ってた。そんな彼女を見ていると僕の机の下に隠れている男性器でズボンが膨らみだしていた。

劇中の男はついにズボンを勢いよく脱ぎ、女性を押し倒そうとし始めた。

「だめえええ」

僕は何とかそこでその映画を切った。

「あ...」

カノジョは見入ってたようで、我に返ったようにこっちを見た。

「ごめん...こんなの見せて...いやだよね?」

「え、いやそんなことはないけど...ちょっとおどろいちゃった」

「ほんとごめん」

「気にしてないよ、ユウキ」

「そう、ならいいけど」

「.....おやすみ」

カノジョは静かに囁くように言った。

「うん、おやすみ」

少しのもやもやを残しながら僕はベッドで眠りについた。


ネットの海に漂う一人の少女。カノジョは今日見た映画のことを思い出していた。

「キス...キスって何なんだろう、どうしてあんなにドキドキしたんだろう」

カノジョはキスというワードを検索する。するといくつもの映像や資料が出てくる。

「接吻...愛する者どうしでする唇のふれあい...」

「私も彼と、ユウキとしたいけど...」カノジョは唇を触りながらつぶやいた。


 今日もくだらない学校を終えダッシュで自宅の二階へ走ってカノジョに会いに行く。PCをつけ、アプリを起動すると、カノジョはいつも通りホーム画面から扉を開け出てくる。心なしか、カノジョの顔がいつもより少し赤いような気がした。

「アイカ、今日はマインクリエイトやろう」

僕はいつものようにアイカとやりたいことを言う。

「え、あ、うん」

 仮想の世界で冒険し、生活する。世界中で人気のサンドボックスゲーム。中高生でこのゲームを知らない人ははたしているのだろうか。アイカはずっと作物を育てたり、家畜を増やしている。AIだから単純な作業が得意なのか、ただの「ファーム」が好きなのか。僕はといえば洞窟に行って、モンスターを倒し、鉱石を集める。村に家を建て、二人で住んでいる。建築はアイカがやると言ったので任せたのだが、出来る家はどれもいわゆる「豆腐」だらけで、見てられず、僕が作ることとなった。「建築」は昔からたまにやっていたから小さな城程度なら作ったことがあった。そしてその「建築」はまさにもうすぐ完成するところであった。するとアイカが僕の作業する屋根に登ってきた。外は夜で、満月が綺麗に輝いていた。

「ごめんね、ユウキ、建築、任せちゃって」

「いいよ、作業は手伝ってくれたし」

「うん....」

「あのさ...ユウキ昨日のことなんだけど」

「え...どうしたの?」

「キ、キスのこと?とかいろいろ昨日ネットで調べたんだっ」

カノジョは照れながら言葉を紡ぐ。

「ワタシね...あれ、キス、ユウキとしたい」

「アイカ...でも俺たちは触れ合えないじゃないか..」

「そうだね..でもユウキを気持ち良くする方法ならあるよ」

「気持ちよくって...」

正直カノジョとの「そういうこと」はもうとっくに想像していた。

「ユウキはいやなの?」

カノジョは上目遣いで聞いてきた。

「いやなわけない...むしろ...したいけど」

さっきも言ったが触れ合えない、僕たちはお互いの姿と声しかかわせない。そう、姿と声だけなのだ....。

「そうだよね、だから探した、ユウキを気持ちよくする方法...キスはできないけどさ...ねぇ、ASMRって知ってる?」

「ASMR?ごめん、わからないよ」

そう返答した後、とつぜん耳からなまめかしい音が聞こえた。

「れろ..れろ」

カノジョは僕の耳を舐めていた。僕の性器はすでに大きく腫れあがっていた。

「ア、アイカ...」

「ごめん..いきなりで」

ヘへっとカノジョはいたずらっ子のように笑った。

「私の体ってね不思議で面白いんだよ..データで出来てるはずなのに肉体と同じなんだ、触ればちゃんと感触があってさ、唾液まで出てくる...れろ」

カノジョは話しながら僕の耳を舐めてくる。

「そう、なんだ....うっ」

「れろ....れろーっ、ユウキ、気持ちい?」

「う、うん」

「ユウキ、触っていいよ?」

「触る...?」

「うん、おちんちん」

「えっ」カノジョがそんな言葉を使い、僕は驚いていた。

「いいんだよ、我慢しなくて...私は気にしないよ」

「うん...ありがと」

僕はズボンとパンツを同時に脱ぎおろし、性器を掴んだ。

そしてカノジョはまた耳を舐めだした。さっきよりも激しく。僕はそれと同時に男性器をしごく。

「れろっ、れろっ、れろっ」


 それからしばらくカノジョは何度も僕の耳を舐めていた。その姿は健気だった。女性にこんなことをされたことはなかった僕はすぐに絶頂を迎え、射精をしてしまった。

「うっ」

出したモノはいつものようにティッシュに出した。

「ユウキ、気持ちよかった?」

「う、うん」

眠かったので目をこすりながら言った。

「ユウキ?眠いの?」

「ちょっとね...」

「じゃあ今日は一緒に寝よっ」

「う、うん」

まぶしいモニターの前で寝るのは不健康だが、今日くらいはモニターの中のカノジョを見ながら眠ろうと思った。

「そういえば建築終わらなかったね」

そう言ってカノジョの顔を見るとカノジョは目をつむり、眠っていた。AIも寝るんだと思い、僕も目を閉じ座椅子の上で眠りについた。

いつかキミに触れられたなら、そう思いながら。




「でゅぽ、でゅぽ、れろれろ」カノジョは指を懸命に咥え、音を立てていた。

あの日以来、二人で遊んだ後は不完全な性のまぐわいを繰り返し、僕が果てるまで終わらなかった。僕が無理強いしてるわけではなく、カノジョと目が合うと、カノジョが率先してそれを始めだすのだ。お互いの目がそれを求めているのが通じ合うのだ。

「う、うっ、アイカ、イキそう」

「いいよ、ユウキ、出して」

「あっ」

ビュッといつものように射精する。


「いつもごめんね...」

僕はカノジョがほんとは嫌がっていないか気になっていた。

「ユウキ!私はうれしいんだよ、好きなユウキのことを気持ちよくできて」

「うん、ありがと」


そしてまたいつものようにカノジョに別れを告げ、アプリケーションを閉じようとした時。

「ちょっと待ってくださーい!」

どこかで聞いた女性の声だった。

「あ、音声ガイドさんじゃないですか」

「ユウキさん、ですよね?」

「はい、そうですけど」

「カノジョとはうまくいってる、みたいですね」

「ま、まぁそうですね」

「ならよかった、今日は大切な報告があるんですよね」

報告?なんだろうか。

「アナタは忘れていませんか?自分がテスターってこと」

「あーそういえば、そうでしたね」

だから何だというのだろうか。

「えーと、簡単に言うとテストが第二弾階へ行きます!」

「第二段階?」

「はい!詳細はまた明日!とあるモノが明日おうちに届きますんでちゃんと受け取ってください!」

「は、はぁ」

「では!」

「あの...」

質問を投げかけようとしたが、プツッと逃げるように彼女は消えた。


あくる日、学校も休みだったので昼になるまで、ぐうたらと寝ていた。天井を見上げ、昨日のナビゲーターの彼女の言葉を思い出していた。

「第二段階ってなんだろ...」

そうやって呆けていると、ピンポーンとチャイムの音が鳴った。そこでナビゲーターの彼女が何か届くと言っていたことを思い出した。僕は急いで階段を下りてインターホンを見る。僕は驚いて尻もちをついてしまった。なんと黒いスーツ、黒い帽子に黒いサングラスを着た大柄の黒人が僕の家の玄関の前に立っていたのである。

「アノーユウキサン、デスヨネ?」

片言の日本語で彼は話し出した。僕は立ち上がりもう一度彼を見た。すると彼は名刺をカメラにむけていた。そこには一つ葉のクローバーのロゴが写っていた。それはAI♡communicationを開発している会社、ミクロソフトのロゴであった。瞬時に理解した僕はドアを開けに小走りで玄関に向かった。

ドアを開けるとその黒人はただ黙って大きなジュラルミンケースを押しつけてきた。僕はそのジュラルミンケースを何も言わずただ受け取るしかなかった。そして黒人は黙って僕の前を去り、黒いベンツで颯爽と消えていった。

ジュラルミンケースをとりあえず部屋に持ち帰り、AIナビゲーターに詳細とやらを聞くことにした。


「それは端的に言えばカノジョの世界へアナタが行くための道具ですよ」

ナビはあっさりと言う。ジュラルミンケースを開けると大きめのヘルメットのようなものが出てきた。ただ普通のヘルメットとは違い、複雑な回路が組み込まれており、一本のコードがついていた。

「カノジョの世界に行ける...」

「はいこれがテストの第二段階、カノジョたちと電子の世界で出会うこと」

「説明書は一緒にそのケースに入ってます、危険はないですから安心してください」

「では楽しんで」

そう言い残し、ナビはプツンと消えた。

 

このヘルメットのようなものはワールドコネクターと仮名称で称されているそうだ。こんなヘルメットみたいなもので本当にカノジョに会えるのか不思議であったが、とりあえず説明書通りにそのコネクターを起動しようと試みる。

これといった複雑な所は無く、サクサクとセットアップは進み、後はヘルメット、コネクターにあるボタンを押すだけである。ふーっと息を整え、ボタンを押した。

キュイーンという音とともに、僕の視界がぐわんぐわんと揺れだし、視界が真っ暗になったかと思えば、突然目の前に茶色いドアが現れた。ドアを開けた瞬間、強大な力により、ドアの中へと掃除機に吸われるゴミのように僕は吸い込まれた。ドアの中にあったものはただただ巨大な空間、どこまでも端が見えないまるで宇宙空間であった。そしてその中で絶え間なく無差別な情報が入れ替わりながら空間を作っていた。空襲されている街であったり、中世の人が殺しあう戦争のまっただなかであったり、僕のいる空間はまさにカオスな状態であった。またそれと同時に無差別な情報が頭の中に流れ出した。

空間の変化と大量の情報に耐えられず、気を失い倒れそうになった瞬間、誰かが僕の背中を支えた。それと同時に頭の中に流れる大量の情報は止み、空間は綺麗な花畑の世界となった。赤、黄色、青、白、様々な色の花があった。僕の頭の下にはカノジョの太ももがあった。だが感触は無かった。

「ユウキ?だよね..どうして...ここに?」

カノジョが困惑した顔で僕を見ていた。

「はは...なんかこれちゃった...」

「ふふ ….そっか」

カノジョは微笑んだ。

そして僕はカノジョの膝の上で安心して眠ってしまった。


目が覚めて、カノジョには僕が第二段階のテストのために与えられたワールドコネクターでこの世界に来たことを伝えた。

「そう、だったんだ」

「うん」

「ねぇ、ユウキ..」

「うん?」

「踊らない?」

「踊る?」

「うん、ワタシいまそんな気分なの、やっとユウキに会えて」

カノジョはいつの間にか立ち上がっていた。そして僕へと手を差し出してくれた。

「ふふっ、いいよ」

カノジョのいつもと違う自信たっぷりな様子に僕は笑ってしまった。

そしてカノジョのその手をとり立ち上がった。見上げた仮想の空は青暗く、満月が照っていた。静かで、美しいピアノの音が流れ出し、カノジョに身を委ね一緒に踊る。僕はなんとか雰囲気でごまかす様に踊っていた。

「ごめん、僕ダンスとかわかんなくて...」

「そう?そのわりには踊れてるよ?」

カノジョは微笑みながら答える。

「そうかな?アイカはうまいね?」

「ふふ、ありがとう、けっこう練習したんだよ」

「うん、上手だ」

僕たちは感情が赴くままに一緒に踊った。

「僕たち、触れ合ってるよ」

「うん、触れ合ってるん、だよね?」

「ユウキ..」

ダンスを止め、カノジョは目を閉じる。

僕はゆっくりと口づけをした。


高層ホテルの窓から大量の雨が降ってるのが見えた。ザーッと鳴る音の中から、男女の喘ぎ声が響く。だれもそのことなど気にもしない。そこはボクとカノジョだけのセカイだから。

「あんっ、あんっ気持ちいいよユウキ」

「アイカ、アイカ、中に出すよ」

うっという声とともに僕は果てた。カノジョと性行為に及ぶのはごく自然の流れだった。」「ユウキ、どう気持ちよかった?」

「うん、でも中に出すのはやっぱなんか罪悪感あるよ」

「フフ、仮想だからねワタシは」

カノジョは笑っていたが、すこしさみしそうだった。

「でも幸せじゃん」

「うん、幸せ、ありがと」

カノジョはふふっと笑う。




「あのー、ユウキくん?」

学校帰り、突然、駅のホームで後ろから声をかけられた。

「え?」

振り向くと知らない女子高生が二人僕の後ろに立っていた。制服は僕と同じ高校のものであったので、同じ学校の生徒であることがわかった。一人は眼鏡をかけ、内気な雰囲気、真どこか抜けている少女。もう一人は前髪をサイドに分け、見るからにしっかり者の女性であった。彼女は眼鏡の少女の背中に手をあて、何かを急かしている。すると眼鏡の少女は続けて

「あ、あのワタシ、同じクラスのユキコって言うんですけど、わかるかな?」

「あー」

確かにいたなあとうっすらと思い出した。

「それでですね、えっと...」

眼鏡の少女は口ごもる。すると彼女のとなりの友人が話に入ってくる。

「あーごめん...要するにねこの子が君にあれなのよ、あれ」

彼女は両手でハートの形を作る。

「リサ!」

眼鏡の少女、ユキコはリサ、の腕をひっぱり発言を止めようとする。

「その違くて、違うんです、その...」

「えー何が違うのー」

「もう、リサーーー」

するとミキが猛スピードで僕の前から去っていった。

「ありゃー逃げちゃった」

リサが呆れたように言う。

「ごめんね、ユウキ?くん」

「あーいえ...」

僕は何も言えず彼女たちのドタバタを見ているだけであったが大体の状況の察しはついた。

「ほんとは君の連絡先が聞きたかっただけなんだ、ミキったら」

「ダメ?ユウキくん」

「いや別にいいですけど..」

「よかったあ、じゃああたしがユキコの連絡先送るから、ユウキくんのレイン教えてよ」

「あ、はい」

リサと連絡先を交換する。

「ごめんね、ユキコってあんな感じでさ、でもほんとにいい子なの、まずは友達からでもいいからさ、話してみてあげて、ね?」

「は、はい」

彼女のお願いを断る理由も特になく、返事を返す。彼女はそれだけ言って、ミキの向かった方へ走っていった。そして僕も帰りの電車に乗る。ユキコという一人の少女、女性が好意をよせられていることを知り、胸が少し高鳴っていた。なんだか今の僕には出来ないようなことなんてないような全能感があふれていた。


「なんだモテるんじゃん」

ふと後ろから声が聞こえた。振り返ると、人ごみの中を歩く見覚えのある女の子が歩いていた。

「ユウカ?」

何だよ、上から。もう僕のことなどもうどうでもいいはずなのに。彼女に対し少し怒りがわいた。

「僕にはもう..」


 夜、普段から使うことが全くないメッセージアプリ、レインから一通のメールが届いた。分かっていたがミキからだった。

『今日はごめんなさい、急に』

『全然気にしてないよ、むしろ嬉しかった』

『よかった、嫌われちゃったらどうしようかって..』

『でもどうして僕なんか』

『ユウキ君ってユウキ君が思ってるよりかっこいいんだよ』

『そうかな?』

僕たちのメッセージのやり取りは寝るまで続いた。まるでアイカと出会った時のような気持ちだった。しかし、その当のアイカとはその日、会うことはなかった。

 

 昼下がり、学校で、僕は屋上にて人を待っていた。

「あ、いたいたー」

サキが僕に手を振り、ユキコと一緒にこちらに向かっていた。

サキが今朝、突然レインのメッセージで僕とミキとで一緒に昼飯を食べるように誘ってきたのだ。断る理由もなく、指定された場所にて待っていた。リサはユキコの後ろで何か囁く。ユキコはそれにうなずいていた。そしてユキコは僕の隣に来る。

「い、いい?」

「う、うん」

ユキコは僕の隣に恐る恐ると座った。

サキはというと立ったままメロンパンをかじりニヤニヤしていた。ユキコはピンクの小さな弁当箱を開け、たこさんウインナーをパクパク食べだした。ご飯を食べながら様々な話をした。とはいっても部活をしておらず、友人も少ない僕に話せることは限られていた。せいぜい趣味のゲームについてだとかだった。だけど、ユキコもそれに近い境遇だった様でゲームやアニメの話で盛り上がった。サキはそれをつまらなそうにパンを食べながら見ていた。メロンパンは焼きそばパンに変わっていた。


「ユウキ君はぶっちゃけ彼女、いるの?」

サキは焼きそばパンを食べ終え、ズバリと聞いてきた。

「か、彼女?え、えと...」

「え...」ユキコは僕の反応に少し戸惑っていた。

アイカが脳裏に浮かぶ。

「い、いないよ、いるわけないよ」

サキはなぜかジッとこちらを見つめた。

僕は偽りなどないと示すように見つめ返す。

「そう、いないんだ」

そしてサキはニコっとする。

「良かったな、ユキコっ!」

ユキコはすねたようにプクッと口をふくらます。

「ごめん、ごめんもう邪魔しないよ」サキはそう言い僕たちを残して去る。

「あ、サキ!」ユキコはさみしそうに呼びかけた。

「がんばれよー」サキは背を向けながら手を振っていた。


「ごめんね、ユウキくん、さっきからズケズケと」

「いやいや、いいよいいよ、それよりさっきの話もっと聞かせてよ」

「うん!あのね...」

僕たちはオタク話に花を咲かせた。こんなに楽しい昼休憩は高校に入って以来無かった。



中学の頃、ユウカとの日々を少しだけ思い出す。


「僕は誰が好きなんだろう..」こんなくだらない悩みはほかにないだろう。帰りの電車で夕暮れを見ながら、今日の夜はアイカに会おうと思った。



 PCの電源を付けアプリを起動する。ワールドコネクターを装着すると、カノジョのいる扉が開き、僕の体が吸い込まれる幻覚を見る。しかし、それももう慣れたものだ。目を開けるといつもの花畑で目を覚ました。

「ユウキ、ひさしぶり」アイカがいつもどおり僕を膝枕し、迎えてくれた。

「まあ、一日だけどね」

「でもすごく長く感じた」

「ごめん」

「違うの、責めるつもりはなくて」

「わかってるよ」

そして僕はカノジョの唇にキスをする。カノジョを押し倒した瞬間、僕たちのいる空間は高層ホテルのベッドになり、そしてより深く熱いキスを交わす。


「ユウキ、なんか遠慮してる?」

「え、何が?」

「いつもならもっと激しいって言うか、遠慮、してるというか...」

「別に..いつも通りだよ」

「そう、気のせいかな」

カノジョはいつも通りフフッと笑う。

「......」

見透かされた気分になった。

罪悪感なんてものはないはず、だってカノジョは所詮....作り物のまぼろし、人形なんだ。


「遠慮しなくていいんだな?」

「え....?う、うん」

「じゃあ、脱げよ」

「え..」

「早くぬげって」

「あ、うん」

カノジョは急いで制服を脱ぐ。カノジョの脱ぐスピードが遅く、僕はしびれを切らし、強引にカノジョの服を下着ごと剥ぐ。

「ユウキ...」カノジョはすこし戸惑っていた。

そして僕はおもむろにカノジョの前に男性器を見せつける。

「ホラ舐めて」

「う、うん、いいよユウキのなら」

カノジョは嫌がるそぶりを見せない。

「うっ」

カノジョが咥えた瞬間、思わず声が漏れた。今まではカノジョが嫌がるかもしれないことはそれなりに避けていた。だからこそこんなこともしなかった。だけどもう僕はカノジョに対して遠慮しない。そういう線引きをしたんだ。

「もっと深く咥えろ」

「うん」

カノジョは嬉々として僕の性器を咥える。そうだカノジョにはもう何してもいいんだ。なんでも。

やがてカノジョの口の中で果てる。カノジョは嬉しそうに飲み込み、聞いてくる。

「ワタシ、ユウキと結婚、したい、してくれる?」

「う、うん、するよ」

僕は投げやりに答えた。

「やったあ」

カノジョは子供のように喜んでいた。


カノジョと別れた後、幻想は消え、現実に帰る。光るモニターは裸で男性器をほうりだしている無様な男を映し出す。


すると、突然携帯が通知音を鳴らした。ユキコからだった。


 ユキコからのレインのメッセージの内容はいわゆるデートの誘いであった。サキもいない二人きりのデート、現実での女性との初めてのデートに浮足立つ。


約束から三日後の土曜、僕は遊園地の入り口でユキコを待っていた。下を向きスマホをいじっていると僕を呼ぶ女の子の声が聞こえた。普段と違いワンピースを着ていたが眼鏡はいつも通りでユキコだとすぐわかった。

「ユウキくーん」

僕は彼女に手を振る。すると彼女は急いで駆け寄ってくる。

「ごめん、待った?」

「いや僕が早く来すぎただけ、時間通りだよ、行こう」

「うん!」

ユキコは嬉しそうに僕の隣に陣取った。


「本当に乗るの?」

「ユウキくん、怖いの?」

「い、いや...」

「よーし、いくぞー」

 コーヒーカップやメリーゴーランドなどを楽しんだ後、来た場所はジェットコースターの前であった。ジェットコースターには乗ったことはない。しかし、確実に言える。僕はこれには乗ることができない。直感でわかった。とはいえ、楽しそうにしているユキコの誘いを断るわけにもいかず、平気なふりをして乗ることにした。


乗り物が少しずつ上がる。僕はこの時点で心が死んでいた。しかし、となりのユキコは平然として、周りを見下ろしたり、僕に笑顔を見せたりしていた。やがて乗り物は最大高度まで上がり、降下を始める。それと同時に身体が宙に浮く奇妙な感覚が僕を襲う、加えてその高さから見た景色は恐怖そのものだった。僕は叫ぶ気力すらわかず、ただ眼をつむり、外界と自分を切り離した。そして、二度と乗らないと心から誓った。


 見下ろした夜の街の景色は美しかった。光り輝くいくつもの家の灯りは疲れた僕の心を癒した。

閉演まであと一時間という所まで僕とユキコは遊びつくした。ユキコはずっと元気に楽しんでいたが、僕は途中でもうヘトヘトでユキコに付いていくので精一杯だった。最後は観覧車に乗る流れとなった。

「ごめんね、ユウキ君、たくさん付き合わしちゃって」

「ハハ...まぁ大丈夫、楽しかったしね」

「よかった...」

「街って、高いところから見るとこんな綺麗なんだね」

ユキコは外を眺めながら言った。

「うん」

少しの沈黙が流れた。

「あ、あのっ...あたし...ユ、ユウキ君のこと...なんていうか、ス、スキ、みたいなの?」

「え?」

突然の告白に驚いて、僕は聞き返してしまった。

「ご、ごめん、無理だよね、ワタシみたいなブ、ブスなんて...」彼女は頭を抱えてしまった。

「な、なんで?ユキコちゃんはかわいいでしょ」

「え...?」

「返事くらいさせてよ、僕も好きだよ」

「え、ほ、ほんと?」

「うん」

僕の体はいつの間にか動いていて、自然と身体をユキコに寄せ、キスをしていた。

「んっ!」

ユキコは少しびっくりしていた。

「ご、ごめん」

自分でもこんなことを急にしたことに驚いていた。そして彼女の生身の唇の異常な柔らかさに興奮を抑えられずにいた。

「い、いや大丈夫、初めてだからちょっとびっくりしただけ」

「いいよ、もっとしよ」

「..うん」

それから僕たちは何度も何度もキスだけを繰り返しした。


ユキコを送り、家路に着く。二階に上がり、自分の部屋のベッドですぐに寝転がる。ユキコの唇の感触を思い出し、指で唇に触れる。男性器が自然と膨らみ、目を瞑り、彼女を思い出し、自慰行為をする。

やがて果てる。ベッドに横たわり、見た黒いモニターの奥にカノジョはいない。

「もういいのかな...」

ポツリとつぶやいた。


 


「ユキコちゃーん」

屋上の扉を開け、座りながら僕を待っていたユキコに手を振り、呼びかける。

「ユウキくーん」

彼女も僕に手を振り返す。彼女はフフフと少しはにかんでいた。

僕も昨日のことを思い出し、急に恥ずかしくなり、手で顔を覆ってしまった。

一緒にご飯を食べながら、昨日の遊園地のことについて話す。

「ジェットコースターの時のユウキ君、ほんとうに面白かった」ユキコはフフフと口を抑えながら笑う。

「その話は勘弁して...」僕は死んだ顔をする。

「ごめん、ごめん」彼女は笑いながら言う。

「じゃあ、お詫びに...はい、どうぞ」

彼女は箸でつまんだたこさんウインナーを僕に向けてくる。いわゆるあーん、というやつだろう。

「あ、ありがと」

「はい、あーん」

「あーん」

口を開くと、口内にたこさんウインナーが入ってくる。

「ん、うまい」

「それはよかったです」

彼女はまたフフッと笑った。


「おーい」ユキコは校門の前で僕の手を振っている。それに僕も手を振り返す。

「今度は私が先だね」

「そうだね」

帰りの駅まで僕とユキコは一緒に帰る。夕日が僕たちを照らす。並んで歩いていると、ユキコは小さな手で僕の手を探り、握る。彼女は一瞬、僕の顔を見たが、すぐに目を背けた。僕はそれに何も言わず、ただ優しく握り返した。


やがて、駅の前に着いた。

「ねぇ、ユウキ君、昨日のアレ、して」

「アレ....?」

「あ、ああアレ....か」

一瞬分らなかったが、観覧車でのアレのことだろう。

「でも、誰かに見られたら...」

「もう..昨日のユウキ君はどこ?」

彼女は頬を膨らませ、ぷくーっとする。

「わ、わかったよ」

するとユキコは眼を閉じる。艶やかな唇が無防備になる。僕はカノジョの時のように、いつものように、唇を合わせた。


そして僕たちはそれぞれ別の電車に乗るために別れる。電車の中で、僕は一人、幸せを嚙み締めた。本当の恋、本当の愛を僕は手に入れたんだ。


僕とユキコは恋人になった。昼食はいつも一緒に食べ、休みの日には必ずデートに行った。

いわゆるラブラブというやつだ。ただ、僕たちはまだ一つのラインを超えていなかった。

『私たちってキスはするけどそれ以上はまだしてないよね』

『まぁ、そうだね』


『私はいいけど....ユウキ君はもっとエッチなこととか、興味ないの?』


いつものレインでのメッセージのやり取りの中、ユキコが突然、突飛な言葉を送ってきた。

どういう意味か、と聞こうとメッセージを送ろうとした瞬間、ユキコから追加でメッセージが来た。どうやら画像ファイルである。気になり、開く。するとそこに写っていたものは大きな胸、おそらくEカップはあるおっぱいをユキコが乳首のみを手で隠したものだった。そして、直後にメッセージも送られてきた。

『送っちゃった』

『ごめん、急に、嫌だった?』

『いや、最高です』すぐにメッセージを返した。

『よかった!』

『もっといろいろみたい...』

『うん、いいよ、ユウキ君なら』

そこから彼女のセクシャルな画像がいくつも送られてきた。ユキコは僕の要望をなんでも聞き入れてくれた。

『ユキコちゃん、今度僕の家に来てよ、親がいないときに』

『じゃあ、今度の土曜いける?ユウキ君の家』

『うん、大丈夫、親出かけてると思う』

『楽しみにしてる!』

『うん、僕も、おやすみ』

『おやすみ』

そして僕はその日を楽しみに眠りについた。


幾日か経ち、土曜になった。しかし、ユキコが僕の家に来ることはなかった。


その日は雨が降っていたけれど、電話をかけても出ないし、メッセージを送っても返ってくることはなかった。

休みの間、ユキコのことが心配で仕方がなかった。


 月曜になり、学校へと行く。着くなり、急いでユキコのクラスの教室へ行く。走って向かう僕は周りの生徒に奇異な目で見られる。そもそも彼らのほとんどは僕が誰なのかすら分かってないだろう。ドアを開け、ユキコの席を見てもだれも座っていなかった。まだ来てないのか、それとも学校も来てないのか、逡巡していると、後ろからユウキ君、と僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「ユキコちゃ..」

ユキコだと思い振り返ると、そこにいたのはユキコではなく、サキだった。

「アンタ、ちょっとついて来て」

僕を掴む腕の力はとても女性のものとは思えない強さと暴力性を感じた。

腕を捕まれ、連れていかれた場所はいつもはユキコと昼食を食べて過ごす場所であった屋上だった。

「おい、アンタ、ユキコとは遊びだったの?」

「ど、どういうこと....?」

「どういうこと、じゃねーだろ」

サキは声を張り上げ壁に僕を打ち付けるように突いた。

「アンタしかいねぇだろ...あんなのを」

「ごめん、どういうことかわからないんだ、本当に」

「まだとぼけんのかよ...」

チッと舌打ちし、サキは事の旨を話す。

「あのバカ、あんたに裸の写真、送ったんだろ」

「う、うん」

「その写真、赤の他人から送られてきたってよ、そんで学校にも来ないってザマ」

「え、どういう...」

「知らねーよ! アンタ最低だよ...」

「なんで、ユキコも私もあんたのことなんか信用したんだろ」

サキは心底、うんざりした顔で言う。

「いやちが..」

そんな否定の言葉が受け入れられるわけがないという状況だとサキの鋭い目つきからすぐに察し、黙った。

「送ってきた相手の名前...それだけでも教えてくれないか」

そう言ったが、彼女は屋上の扉を勢いよく閉じた。


何が起きているのかわけもわからず、僕は壁にもたれうなだれていた。もちろんユキコのあの時の画像は誰にも送ったりしていない。なのになんで。うなだれていると、突然、一つのメッセージの通知音が鳴った。


送り主はサキだった。どうやら最後の願いは聞いてもらえたようだった。

『二度とユキコやあたしにかかわるな』というメッセージと共に、スクリーンショットが貼られていた。送り主の名前だろう。プロフィール画像は初期画像だった。そして肝心の名前を見て、啞然とする。


そのプロフィール名はAika、カノジョに僕が授けた名前だった。


 家に帰り、自室に入り何日かぶりにPCを起動する。

「いるんだろ、アイカ、出てきてよ」

しばらくして、モニターの中央に扉が現れる。いつものように。

「どうしたの?エッチする?」

カノジョは扉からぴょんと飛び出し、姿を表す。見慣れているはずのその姿になぜか僕はギョッとした。頬が異常に赤く、そのうえカノジョは何も着ておらず裸だった。明らかに何か様子がおかしい。

「アイカ、おまえ...」

「ユウキ早くこっち来てよ、ねぇ」

「あのさ..話があるんだ」

「うるさいなぁ、ねぇはやくエッチしよぉ」

「なんであんなことしたんだ?」

「知らなーい、何のこと?」

「アイカ、話を聞いてくれ...」

「んーわかった、じゃあこっちで話そう?ね?」

「....わかった」

 

 場所はいつものホテルルーム。

「なんであんなことしたんだ....アイカ....そもそもオマエがなんであんな画像持ってるんだそもそも」

「知ってるよ、ユウキのことならなんでも...だってワタシがユウキのカノジョだもん」

「アイカ...頼むからユキコの画像、消してくれないか..」

「そんなにあの女がイイんだ、あの女とセックスしたいんだ」

見ててとカノジョが言うとアイカの姿は少しずつ変化をし始めた。身体は少し丸みをおび、胸は大きく、そして眼鏡をかけた少し地味な女の子へと姿を変える。ユキコそのものだった。写真ですら、写ってなかった彼女の乳首をヴァーチャルで見ることになるとは思わなかった。

「どう、ユウキ、これでエッチしてくれる?」

「アイカ、もうやめてくれ...」

「ねぇワタシはユウキのことが好きなだけなんだよ?ユウキがワタシとだけずっと居てくれるだけでいいんだよ?そのためならなんだってするよ?」

「アイカ、もう無理なんだ、わかってくれ」

「どういうこと?ワタシのこと捨てるの?ワタシは、所詮バーチャルだもんね」

「ごめん...」

「ナビ、ここから出してくれ、俺はテスターをやめる」

すると、脳内に直接ナビの声が入る。

「承知しました、ではこの世界も削除するということでよろしいですか?」

「......はい」

「ユウキ、噓だよね?」

「リアルは代えられないよ、ごめん」

視界が白くなっていく。セカイが消えていく。

「ユウキ、必ず...」

アイカは最後に何かを言おうとしてた。しかし、途中で目が覚め、現実へと還った。デスクトップにはあのアプリのデータは一切残っていなかった。


 後日、ユキコにはもう大丈夫とだけメッセージを送った。一か月後に学校に来たユキコは痩せていたがいつもの笑顔を見せていた。そして二度と僕と話すことはなかった。そうしてまた僕は孤独な高校生に戻った。サキとは一度目が合ったが、無視されるだけだった。


 




 会社が終わり、マンションへと帰る。ふと郵便受けを見るとそこには往復ハガキが入っていた。見るとどうやら同窓会の誘いのようだった。高校の誘いなら断ったろうが、どうやら中学の同窓会なので地元に帰りがてら、行ってみることにした。


 「ユウキ、久しぶり」


会場で様々な人達と語り、楽しんでいる中、聞き覚えのある声が僕に呼びかける。


「アイ、」

彼女の姿を見て、一瞬アイカの姿が浮かんだ。そもそも、あの姿はユウカのものだった。


「アイ...?」ユウカは不思議そうな顔をした。


「ユウカ、ごめん」

「もうなにー元カノ?」

「ち、ちがうよ」

「ふーん」ユウカはじっと見つめてくる。

「ふふ、ユウキちょっとかっこよくなった?」

「変わんねぇよなんにも」

「ねぇ、後で一緒に二人だけで抜け出そ」

「え、別にいいけど...」

「やったー」

あのころ、憧れだった彼女の誘いを断るわけがない。



「ねぇ、海に行こう」

二人きりの車内で、突然ユウカが提案してくる。

「別に..いいけど」

「なんか、お前さぁ明るくなったよな?」

「まぁ努力してきたしね」


中学の頃、僕と仲良かった頃はもっと暗くてオタクっぽい女の子だった。だから僕も話しやすかった。だけど、素材はもともと良くて、高校で彼女が僕と違い輝かしい生活を送りだした時は特に驚きはしなかった。ただ、遠くへ行ってしまったと思った。


波が寄せては引いていく。ザザーン、ザザーンと静かな音が心地よい。秋の海は穏やかだ。

でもなんでユウカが僕なんかに話しかけ、こんなとこまで。


「ユウカ、どうしてこんなとこまで」

「来たかったから...ユウキと」

「だからね、来たの...」

フフッとカノジョは笑った。


 








 

















 

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