05 小日向明璃
「ちょっとちょっとコレはどういう事なんでしょうか、
翌日、あたしの部屋を訪れたのは
何やら慌てふためているのか、異様なテンションで突入してくる。
「明璃ちゃん、どうしたの?」
「わたしのリアンがマリーローズさんになるとは聞いてませんよっ!」
そうなのです。
明璃ちゃんとルナがリアンを組む事になったのだ。
(千冬さんとルナの元リアン同士が組み、あたしは一人といった状態です)
「それが何かいけないの?」
「マリーローズさん、全然お話してくれないから……く、空気がツラいんです」
おお……クラスの雰囲気をリアンでも同様にやっているのか、あの子は。
想像は何となく出来るけど……。
「でも二人ともそんな仲悪い印象もなかったけどね?」
ルナは時折だが明璃ちゃんとも話している印象はあった。
もちろん積極的というわけでもなかったけれど。
「もちろん、無視されているというワケではありません。必要最低限な会話はありますけど、でも……その……柚稀ちゃんとの恋人関係になってから微妙な空気感も混ざっていると言いますか……」
「おおう……」
そ、そうか。
あたしの恋人達は今熾烈なライバル関係にある。
それは明璃ちゃんやルナも例外ではない。
そんな複雑な空気感の中でリアンとして生活を共にするのは居たたまれない雰囲気になるのは察しが付いた。
「そ、それは申し訳ないね……わ、わたしのせいで……」
「なんでニヤてるんですかっ」
「え、うそっ!?」
「鼻の穴が膨らんでましたよっ」
いや、そんなはずはないっ。
恋人の皆があたしの事を真剣に思うからこそ生じる不和、それがちょっと嬉しいだなんて断じて思ってはいないっ。
皆が仲悪くなるのは嫌だけど、でもそれはあたしを好きでいてくれるという証拠でもあるという二律背反な気持ちなんて……だ、断じて抱いてはいないっ。
「でも、それはあたしもどうしたらいいか分からないというか、難しい相談だね……」
「マリーローズさんと普段たくさんお話している柚稀ちゃんなら良いアドバイスが頂けるのではないかと思ったんです」
なるほど、ルナに対するコミュニケーションの相談という事か。
確かにルナと一番会話をしているのはあたしだろう、それくらいの自負はある。
具体的にどうしたらルナと円滑なコミュニケーションをとれるのか考えてみる。
……。
「うん、考えてみると、あたしといる時はルナの方からけっこー話しかけてくるかも」
「モテる女アピールしないで下さいっ!」
えっ!?
そんなつもりじゃなかったのにっ。
「でも普段、ルナとの会話が続かない事ってあんまりないから……」
レスポンスも良いし、ルナの方から質問もしてくれるし。
何だったら彼女がコミュニケーションをとらない性格であった事を忘れていたくらいだ。
「モテる柚稀ちゃんはいいですねぇ! 彼女との会話には困りませんかっ!」
「そんな高飛車な発言をしたつもりはないんだよ!」
まずい、話がどんどん明後日の方向にかけ離れて行く。
あたしは明璃ちゃんも大事なのだから、もっと彼女の悩みにも寄り添わなければならない。
「じゃ、じゃあ……今度あたしも間に入ってお茶する機会でも……」
「話聞いてました!? 柚稀ちゃんの影響による微妙な空気もあるんですよっ、三人でいたらバチバチに取り合いになっちゃいますよっ!」
「う、ううっ……」
ど、どうしたらいいんだ。
明璃ちゃんの言葉を借りるならコレが“モテる女の悩み”なのか……?
まさか、あたしがこんな悩みを持つ日がくるとは……。
思っていたよりも板挟みでツラいのに、言葉に出したら嫌味になるというこの立場。
そうか、幸せって振りまくと不幸になる事もあるんだね(白目)
「あ、でも昨日のマリーローズさんは上機嫌で帰って来て……いつもよりお話してくれましたね」
「昨日?」
はて、何がルナをそこまで上機嫌にさせたのだろうか。
もしそれが再現出来るのなら二人の悩みも解決に導けるかもしれない。
「はい、部屋から出て行ってしばらくして鼻歌混じりで戻って来たんですよね」
「ほう……とは言ってもここはヴェリテ女学院、外に出れるわけでもないから寄宿舎で何かあったって事だよね」
「そうですね。わたしも待ってる間にマリーローズさんのメイドさんからお茶を頂いてたので安らいではいたのですが……」
「ん?」
ルナのメイドというのは、つまりココリネさんの事だろう。
昨日の出来事、ココリネさんが寄宿舎を訪れている、部屋に戻ると上機嫌なルナ。
「……あ」
この要素だけで察しがついてしまったのだが……。
「あれ、柚稀ちゃん、何か思い当たる事がありました?」
「えっ、あ、いやっ、何でもないと言うか……」
いや、しかし、このエピソードを恋人同士で争っている明璃ちゃんにシェアするわけにはいかない気もする。
余計な火種を生む事にもなりかねない、事態を穏便に進めていく必要がある。
「隠し事が下手ですねっ、何か分かったなら教えてくださいっ」
「え、いや、何でもないって」
「誤魔化そうとしているのが雰囲気で丸分かりですっ、それじゃ騙されませんよっ」
ぐ、ぐぬぬっ……。
やはりあたしに対する観察眼は明璃ちゃんも鋭いものがある。
「でも、ほらあたしの勘違いかもしれないし?」
「それならそれでいいんですよ、今は少しでも情報が欲しいんですっ。それを手掛かりに仲良くなれるかもしれないじゃないですかっ」
いやぁ……これを再現してもルナと明璃ちゃんが仲良くなる未来は見えないのだけど……。
しかし、それも説明しないと納得してくれなさそうだし……。
「ほら、恋人同士で隠し事なんてなしですよっ。わたしのこともっと信用して下さいっ」
そ、そこまで言われると二つ返事するしかないじゃないか……。
確かに恋人を前にここまで気取られて誤魔化す事は出来ないし、嘘をつき続けるのも不自然だ。
言うしか、ないのか。
「えっと……多分だけど、昨日ルナにその、ちょっとだけ舐められた? みたいな。それが理由なのかなぁって、頭をよぎった的な?」
だいぶオブラートに包もうとしているのだが、中身が巨大すぎて突き破っている感がハンパない。
ま、まぁ……正直に言ったのだから、明璃ちゃんもこれで少しは落ち着いて――
「ん? 舐められた? ええ? わたしがいない間にそんな事してたんですか?」
――ないねっ!
ニコニコしているのに、言葉の怒気が強いっ。
目元だけ笑っているのに口元が引き攣っているアンバランスさが、彼女の心情を物語る。
やっぱり言うべきじゃなかったねっ。
「いや、ちょっとだけだから。ペロリ的な? そんなペロペロとかはされてないからっ」
あれ、なんか説明すればするほど変な表現になってしまう。
こんな事を言わなければならないって、恋人との関係ってこんなに難しいの?
「へぇー。そうなんですねぇ、ペロリくらいなら柚稀ちゃんは平気なんですねー」
「いや、平気ってわけでは……」
「って事は他の恋人さんとはもっと凄いことやってるって事なんですかねー? これくらい慣れちゃってるって事なんですかねー?」
「あばば……!」
やばいっ、羽金先輩や千冬さんとのエピソードまで行ったら取返しがつかない……!
「そうですよねー。恋人同士なんですから、それくらいしますよねー」
「いや、まだそんないっぱいしてるわけじゃ……」
さっきから語尾が伸びていて、感情の起伏がない、怖いぞ明璃ちゃん。
「でもわたしは何もないですよねー。あれれ、わたしって恋人じゃなかったでしたっけー?」
ああ……すいません。
そ、そうですよね。
「いや、明璃ちゃんだけしたくないとか、そういう気持ちではなくてね……た、たまたまと言いますか……」
「そうですよねー、仕方ないですよねー、分かってますよー」
ぜ、絶対分かってないヤツ……!
感情を押し殺して無理矢理に自分を納得させているだけの時の発音だこれは……!
だが、こんな思いをさせているのは誰のせいだ?
そうだ、あたしの責任だ……!
こ、ここは責任をとらねば……!
「じゃ、じゃあ……明璃ちゃんにもするよっ!」
「え?」
ここでようやくきょとん顔の表情に変わる明璃ちゃん。
そ、そうだ……もうやるしかないっ。
あたしは皆の笑顔を守る責任があるっ!
「ちょ、ちょっと失礼するよ……」
あたしは明璃ちゃんの首筋に口元を近づける。
今回はあくまでルナとの出来事が発端だ。
その出来事を知りたいと話している明璃ちゃんに答えを教えつつ、彼女だけが仲間外れではない事を示さなければならない。
だから、あたしが出来る事はこれくらい……。
「え、あ、わわっ」
あたしは明璃ちゃんの首筋を甘噛みしてみる。
はむはむ、と何度か唇で挟むと首筋がドクドクと脈打って、肌の柔らかさも同時に感じる。
いきなり足を舐めるのはあたしにはレベルが高すぎるので、首筋からにさせて頂いた。
いや、これはもうどっちがレベルが上とか下とかよく分からない。
とにかく、そんな事をしちゃったんだねっ!
「ゆ、柚稀ちゃん、こ、これは……」
明璃ちゃんも予想外の展開に驚きを隠せず、そして頬を赤らめて恥ずかしがっているようだった。
それは勿論あたしもなのだけど……。
「こ、こういう事だね……これでルナとの関係性は深まりそうかい?」
「余計に嫉妬しちゃいそうで、もっと難しくなってきました!」
そうか、あたしが恋人との関係を深めていくと、他の皆との関係性はより険悪になってしまうのか。
ギルティ……。
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百合ゲーの悪女に転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインとのラブコメになっている。 白藍まこと @oyamoya
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