04 ルナ・マリーローズ ②
「わあ、ユズキ……」
今度はあたしの部屋にルナがやってきた。
きっとこれもココリネさんの計画の内だろう。
なぜならば、ココリネさんに洋服を着させて頂いたかと思えばルナが同時に入って来て――
『それでは、恋人との時間をお邪魔するわけには参りませんので~』
――と、微笑みながら退散して行ったからだ。
残されたあたしは今こうしてルナに好奇の視線を浴びている。
「いや、豚に真珠というのは分かっていますから、はい……」
ルナの視線があたしに対して注がれているのは、この高級すぎる洋服のせいだ。
皺ひとつなくステッチもミニマルで洗練されたシルエットのブラウス。
裾に向かって広がっていくネイビーのスカートは揺れるたびにドレープを作り、その糸の輝きは太陽の光で多様な色を見せる。
素材は超高級なシルクで、あたし専用の体に合わせ、超一流のデザイナーがパターンを引いてくれたらしい。
物はとっても良いよ、うん、最高でしょう。
でもね、あたしが着ると宝の持ち腐れだよねっ!
分不相応であたしは恥ずかしいよっ。
「そうだね」
「……!?」
こ、肯定された……。
いや、自分で言っといて肯定されたら何驚いてたんだよって話ではあると思うけど……。
もうちょっと優しい言葉を頂けるかと……。
すいません、メンヘラですいません。
「ユズキにはもっと似合う素敵なお洋服があるだろから、これくらいじゃユズキの魅力は引き出せてないよ」
うおおおおおおっ。
そ、そっちの意味でしたかっ。
真珠はあたしで、豚はお洋服でしたかっ。
言葉の使い方としては間違っていても、こういうのはハートの問題だから細かい事はどうでもいいっ。
しかし、そ、そこまで言われると今度は過大評価すぎて反応に困るっ。
「いやいや、褒めすぎ褒めすぎ。こっちの芸術品の方が魅力あるって」
もはやここまで手が混んでいるとお洋服というより、アートの領域に足を踏み入れている。
さすがにこんなお召し物を着させて頂いたら、あたしのポテンシャルはフル発揮ではないだろうか……。
むしろ、あたしがこのアートの足を引っ張っている説すらある……。
「ううん、ルナにはユズキの方がずっと奇跡のような美しい存在に見えてるよ」
「……ごふっ」
そ、そこまで言ってくれるんですか……。
ちょ、ちょっと皆さん、恋人になってからと言うのも手放しであたしを褒めるもんだから情緒が……情緒がおかしくなってしまう。
自分に対する客観性が失われそうで怖いっ。
「だって、ほら」
「……!!」
すると、ルナは手を伸ばしてあたしの頬に触れる。
少し屈んであたしの視線に合わせてくれると、ぱらりと髪が揺れて銀糸越しに透けるアイスブルーの瞳が蠱惑的だった。
ルナの繊細な指先が、あたしの頬に輪郭に合わせてひたひたと沈み込んでいく。
「こんなに暖かくて、柔らかくて、きめ細かくて、触っているとドキドキする。これはユズキしかルナに与えられないモノなんだよ」
「……しゃ、しゃようでごじゃまいしゅか」
語彙どころか、活舌まで死んだ。
そんな熱を孕んだ瞳と指先と言葉に浸されると、溺れてしまいそうになる。
あたしの存在そのものをここまで肯定されて、高揚しないというのには無理があった。
「だからユズキは恥ずかしがらなくていいんだよ、お洋服は着られるためじゃなくて、着るためにあるんだから」
「いやぁ……そうだけど、例えばルナが着た方がもっと似合うとか考えちゃうじゃん」
同じ洋服を着ていても、着る人が変われば印象は変わる。
残念ながらこれは揺るぎない事実だ。
そうでなければ似合う、似合わないといった概念が生まれるはずもないのだから。
「でもルナが着るよりユズキが着てくれた方が、ルナの心は弾むよ? それでいいんじゃない?」
「……そ、そうなのかな」
あくまで恋人だけの世界観でいいのであれば、何も他人の評価など気にする必要はない。
世間体を気にしがちなあたしと、自身の世界を生きているルナとの視座の違いがそこにはあった。
な、なんか深いな今回……。
「綺麗だよ、ユズキ」
「……あ、ありがとう」
ルナの美貌を前にして綺麗と称されるのは非常に違和感は残るが、恋人からの誉め言葉は素直に受け取ろう。
彼女の指先はあたしの頬から徐々に中央へと滑っていき、唇に触れる。
何かを確かめるように唇の上を左右に指先を動かしていた。
「……それで?」
「はい?」
しかし、あたしはその問いかけの意味が分からず、首を傾げる。
「他の人とは、どこまで行ったの?」
「ど、どこまで……とは」
ルナの目が座った。
さっきまでの優し気な雰囲気から、獰猛的な圧力を感じる。
「恋人として、何かしてるんじゃないの?」
「そ、それはですねぇ……」
……と、言っていいのだろうか。
恋人同士なのだからシェアしてもいいのか、それともこれはプライバシーの問題として保護するべきなのか、判断に困る。
争いの火種になっても嫌だしねっ。
「キスは済ませてる……って、ところ?」
—―ギクッ
言葉にこそ出さないものの、心臓は跳ねる。
あたしは黙ったままだが、それだけでルナには十分だったのか、彼女の手があたしの肩に置かれる。
「ユズキ、こんな作られた物より、もっと美しい芸術をルナは知ってるよ」
「……な、なるほど?」
そうか、ルナほどの存在になるとこんなにもお高い洋服よりも更に価値のある本物の芸術品を目にした事があるのだろう。
洋服は
さすが生粋のお嬢様だ。
「うん、目の前にね」
「ん?」
ここは寄宿舎の部屋なので芸術品はございませんが?
と思ったのも束の間、ルナに肩を押されあたしはソファに倒れ込んでしまう。
その後を追うように、彼女は膝を着いてあたしの足元に忍び寄る。
「ほら、こことか」
「……え、ええっ!?」
するとルナの手がスカートの中に滑り込んでくる。
ふくらはぎから太ももにかけて、剥き出しの足を触られ、どんな反応していいか分からなくなる。
「ちょ、ちょっとルナ!?」
「恋人同士なら、これくらいはするよね?」
そ、そうなのかなっ!?
でもフルリスは全年齢対象だからエッチなシーンはないよっ!
あ、でもこれはもうゲームじゃないから、そういう事も出来るのかっ。
でも、何というか、心の準備というヤツがっ。
「いや、やっぱり早いよねっ、こういうのはもうちょっと順序があるかとっ」
恋人になってすぐエッチはさすがに若者が過ぎるっ。
もっとこう清く正しいお付き合いというのがヴェリテ女学院の生徒として、淑女としての在り方ではないだろうかっ。
四人同時に付き合ってる人間が言っても説得力ないのは分かってますよっ!
「……順序?」
「え?」
今度はルナの方が首を傾げる。
あれ、あたしが暴走しすぎた……?
めっちゃ恥ずかしいヤツじゃん。
「むしろ、順序は先を越されてるんだからルナはルナのやり方にする」
すると今度はルナの手が足首の方へと下りていき、ソックスに触れる。
そのままするりと脱がされると、当然だけどあたしの素足が露わになるのだが……って待て待て!
あたしの足がどうしてルナの顔の前にあるんだ!
失礼すぎるじゃんっ!
あたしは急いで足を引こうとするが、ルナに足首を掴まれていて呆気なく阻止される。
「ルナ、ちょっと、あたしは足を見せるような趣味はないんだけどっ」
「ルナは見たいよ」
「そんな至近距離じゃなくてもいいよねっ」
「ううん、この距離じゃないとダメ」
なんでだっ、綺麗じゃないこんなものをルナの顔に突き出すなんて。
あたしはあたしが許せないよっ。
しかし、ルナはお構いなしにその距離を近づけていく。
な、なんでっ!?
「可愛いね、ユズキ」
「う、うええっ!?」
すると、ルナはあたしの足に唇を重ねると、そのまま舌を這わせた。
指先から甲にかけて、艶めかしい感触に襲われる。
「ちょ、ちょっと……る、ルナ……っ」
あまりに非現実的な光景と、体験した事のない感覚に眩暈を起こしそうだった。
恥ずかしさと同時に不思議な高揚感も生まれる。
ようやくその舌先があたしの足から離れると、アイスブルーの瞳が柔らかな光を帯びた。
「ほら、ここに
まさか、ルナにとっての芸術があたしであるという比喩だとは。
過大すぎる恋人の評価にあたしは戸惑うばかりだった。
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