03 ルナ・マリーローズ ①
「お久しぶりでございます、
休日の朝、一人部屋に戻ったあたしは惰眠を貪っていたのだが。
ドアをノックされて何かと思い扉を開ければ、メイド服の銀髪女性がお辞儀していた。
「わ……、お久しぶりですね、ココリネさん」
「覚えておいででしたか、恐縮でございます」
顔を上げるとアイスブルーの瞳があたしを覗き込んでくる。
彼女はココリネ・リプトンさん、ルナの従者だった。
「忘れませんよ、ココリネさんみたいな綺麗な人」
「あら……そうやって何人の女性を口説き落としてきたのでしょうか?」
「口説いたりはしてませんよっ」
そんな見境ない女のように言わないで欲しい。
「そうでしたか。ですがつい先日、四人の淑女とお付き合いする事になったと伺ったばかりですが……?」
「うぐっ」
そ、そうだよね。
ルナの従者なんだから知ってて当たり前だよね。
あたしって今現在四人同時と恋愛中なんだから、他者から見たら口説きまくってる人と思われても仕方ないのか。
「私のような従者では楪様とは釣り合いませんので、どうかここはお見逃し下さい」
「え、あの、いや……説得力ないのは分かるんですが、本当に口説いているつもりはなくてですね……?」
「では純粋に褒めて頂いたと?」
「あ、当たり前じゃないですか!」
ようやく誤解を解けそうだったので、力強く頷く。
そう、あたしは謙虚な女。
そんな欲張りな事はしないのだ!
矛盾しているのは自覚あるからツッコまないでねっ!
「なるほど……天性の人たらし、ですね?」
「全然分かってくれてませんね?」
「あんな眉目秀麗な令嬢の方々を射止めておきながら、私のような者まで褒められるのですから、その素養はお有りかと」
それはココリネさんの自己評価が低すぎる。
彼女もヴェリテ女学院にいても何ら違和感のない美貌の持ち主なのだ。
本当に綺麗なんだから、綺麗と言っちゃうのは仕方ない事だ。
「ココリネさんも素敵な人って事ですよ、これは客観的事実です」
「……まぁ。まだ口説かれているのでしょうか?」
「無限ループ!」
口元に手を添えるココリネさんの仕草は上品だが、あたしは言えば言うほど疑念が濃くなるという負のスパイラル。
もう余計な事は言わないでおこうと思った。
「そ、それでココリネさんは何をしに来たのでしょうか……?」
やっと本題だ。
どうしてルナの従者である彼女が寄宿舎を訪れ、あたしの前に現れたかという事である。
「はい、お召し物をお届けに参りました」
すると、ココリネさんの手元にはやけに大きな箱があった。
白いシンプルな外装に、ブランドの文字が大きく中央に配置されている。
あたしは手を出した事のないハイブランドの物だ。
……ん? 届けに来た?
「あたし、そんな高そうな服は買ってませんが?」
「はい、買われたのはアンナ様ですから」
「……??」
“アンナ・マリーローズ”はルナのお母さんの名前で、英国有数の企業を束ねる会長さんだ。
そんなお方が買われた物があたしに? はて?
「ルナお嬢様と一緒にお召し物を見に行かれたではありませんか」
「……あ、えっと」
「まさか、ルナお嬢様との思い出を全てお忘れに?」
「はいっ、そんな思い出もありましたねっ!」
いえ、本当は覚えていたんです。
ただ、ちょっと、思い出したくなかったというか。
忘れた事にしたかったというか。
だって自動車が買えるくらいの洋服……オートクチュールを、英国の大物に買ってもらうんだよ?
自分事で考えたら普通に怖くない?
何か粗相があったら島国の女子生徒一人なんてどうにも出来ちゃいそうじゃん。
「ご安心ください、国際問題になるようなリスクに手を出すほどアンナ様もお暇な人ではありませんから」
「いや怖いですって! リスクとか暇とかの問題なんですもんねっ、実力はあるんですもんねっ!」
あと心を読んで勝手に返事するのやめてもらっていいですか?
「アンナ様がそこまでする可能性が有るとすれば、ルナお嬢様が傷ついてしまった時でしょうね」
おほほ、と上品に笑うココリネさんだが、あたしは寒気を覚えていた。
今の一言で、すっごい怖い事実確認をしないといけなくなってしまった。
「……えっと、ちなみになんですけどアンナ様は、ルナの恋愛事情をご存じで?」
状況を整理しよう。
英国の大物アンナ・マリーローズ。
その娘ルナ・マリーローズに恋人が出来た。
その恋人は悪名を轟かせていた女子生徒で、現在同時に四人と付き合っているらしい。
うん、あたしがお母さんだったら、そんな恋愛絶対許さないわ。
絶対に秘密にしておかねばならない。
「娘の恋愛事情に興味がない母が、どこにいるでしょうか?」
うん、時すでに遅しだった。
「すいませんすいませんすいませんっ! 邪な気持ちはありませんから! ちゃんとルナを愛してますからぁッ!」
「ルナお嬢様をないがしろにしてはいませんか?」
「まさかっ、皆平等に愛していますっ、優劣はありませんっ!」
「あら、愛って四等分出来るものでしたっけ?」
す、鋭すぎる……!
ココリネさんの質問が鋭角すぎる……!
だが、ここで諦めてはならない……!
あたしは誠実さをアピールするしか方法はないのだっ。
「た、例えばですけど、子供が何人いたって愛は一人ずつ注いでいるでしょう……? それを等分とは表現しないはずです、愛はいつだって100パーセントなんです」
「なるほど、説得力のある返答ですね」
「……あ、ありがとうございます」
「そのお達者な口上で、数々の女性が虜にしてきたのでしょうね」
「ぐふっ」
こ、これはこれで言葉巧みに
それも全て身から出た錆。
あたしが本気である事は、行動を持って示すしかないのだ。
「楪様、何だかお一人で追い込まれているようですが。私もアンナ様も他意はありませんから、ご心配なさらないで下さいね?」
「へ?」
てっきり、あたしは認められないものだと思っていたのだけど……。
ほら、この服も手切れ金として渡すとかも有り得そうだもんね。
「むしろアンナ様は楪様に感謝しておられます。“いつも一人で何事にも無関心だったあの子が恋を知るだなんて……”と感動されていらっしゃいました」
「そ、そうだったんですか……?」
「アンナ様は世界のトップを走るお方。そのような方の感性は常識に囚われません」
そうか、それで同性同士でも、複数人と交際していても許してくれるのかっ。
……いや、本当にそれでいいのか?
あたしとしては、とても嬉しいけれど不安にもなる。
「ですがルナお嬢様との人生を共に歩むという事は、アンナ様の世界に触れるという事でもあります。その覚悟だけは必要になるかもしれませんね」
「……は、はい」
ココリネさんも皆まで言わないが、それ相応に敷居の高い世界である事は容易に伝わってくる。
いずれ、あたしが彼女の世界に見合う人間がどうかを試される日が訪れるのだろう。
正直、それに応えられる自信はあまりないけれど……でも、やらなければいけないのならやってみせる。
あたしは本気なのだから。
「それに、私は本当に嬉しかったですよ」
「えっと、何の事でしょうか?」
喜んでもらえるような場面ありましたっけ?
責められるようなポイントしか思いつかなったのですが。
「謝罪と同時に“ルナを愛してますからぁッ!”と素直な想いを伝えてくれた事です。その気持ちさえ持って頂ければお二方の絆は永遠だと、僭越ながら確信しております」
そう言って、ココリネさんは柔らかな微笑みを浮かべる。
“あなたもその笑顔で、数々の人を恋に落としてきてませんか?”
と、聞きたくなったのは秘密だ。
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