後編 サンタクロースの来ない家

 教室に盛大な拍手の音が満ちる。

 授業参観に来ている保護者の方々からの拍手だった。

 両手で顔を覆っていた。

 瞳から喜びの涙が溢れ、顔を上げられない。

 それでも拍手の音は止まない。


「良かったですね」

「お母さんの頑張り、息子さんに届いてますよ」

「幸せ者ですね、お母さん」


 周囲の保護者の方々が声を掛けてくださっている。

 私の背中を擦ってくれる方もいた。

 思い切って顔を上げ、必死で笑顔を作る。

 そして後ろを向いて微笑むヒカルに、私も拍手を贈った。


 ヒカル、ありがとう。

 ヒカルは、ずっとお母さんのことを見ていてくれたんだね。

 お母さん、ヒカルからとっても素晴らしいプレゼントをもらったよ。

 親としてこんなに嬉しいプレゼントは他にないと思う。

 お母さんは、世界一幸せな母親です。

 ありがとう。本当にありがとう。


 鳴り止まない拍手の中で、私は息子へ精一杯の笑顔を返した。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 放課後の保護者会では、ヒカルの作文の内容について、以前私に土下座を強要して暴言を吐いたけんじ君の母親に非難が集中。子どもに一体何を教えているのかと。

 当たり前の話だが、シングルマザー・シングルファーザーの家庭はたくさんあり、このクラスにも何人かのシングルマザー・シングルファーザーがいた。みんながそれぞれ苦労を抱えながら、子どもの幸せを第一に必死で子育てをしている中で「片親は貧乏で蔑む存在だ」と子どもに教え込んでいる家庭があれば、それは当事者からすれば怒りの対象となるのは当然である。

 担任の教諭もこれについて発言し、けんじ君の母親がしていることは、無用な偏見の目をけんじ君に刷り込むのと同じであり、最終的に困るのはけんじ君本人なので即刻やめるように諭した。

 しかし、けんじ君の母親はそれに反発。自分の考え方や発言、行動、しつけには何ら問題はないとして、保護者会を途中退席した。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「お母さん、お帰り!」


 夕方、保護者会からアパートに帰るとヒカルが待っていた。

 タンスから引っ張り出したであろう赤いサンタさんの帽子を被り、キッチンのテーブルの上にはクッキーやビスケットといったお菓子、そして牛乳が置いてあった。


「サンタさんは、お菓子と牛乳を置いていくんだよ!」


 ドヤ顔で胸を張る私のサンタさん。


「ふふふっ。サンタさん、それは逆ですよ」

「えっ?」

「プレゼントをもらう子どもたちが、サンタさんのお腹が減ってはいけないからって、お菓子と牛乳を置いておくのよ」

「そうだったんだ! うわぁ~、恥ずかしいぃ~!」


 顔を赤くするサンタさんに微笑みかける私。


「じゃあ、サンタさん。お母さんと一緒にこのお菓子を食べてくれますか?」

「うん! 食べる!」

「じゃあ、手を洗っておいで。お母さん、着替えてくるからね」

「わかった!」


 狭いアパートの部屋の中を、頭にかぶったサンタさんの帽子のポンポンをふりふりさせながら、ドタドタと賑やかに洗面所へ走っていくヒカル。

 そんな息子の姿を見て、私は自然に微笑んでいた。


 ここはサンタクロースの来ない家。

 でも、私はこの家でサンタクロースと一緒に住んでいる。

 私のことを一番に想ってくれる私のサンタクロースだ。

 いつか反抗期が来て「ババァ!」なんて言われる時が来るのかな?

 それも息子の成長。仕方のないことだ。

 だから今、この時間、この瞬間の幸せをしっかりと噛み締めよう。

 私のすべてを無償の愛にして息子に注いでいこう。

 いつか息子が巣立っていくその時まで。


 愛する息子と、私を支えてくれるすべての方へ心からの感謝を込めて。

 季節外れだけど、メリークリスマス。



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サンタクロースの来ない家 下東 良雄 @Helianthus

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