ピーチメルバ

@blanetnoir

 


時折足を運ぶ喫茶店がある。


常連、と自称するには烏滸がましい距離感だけど、

ここで味わえるミルクティーと、こじんまりとした空間に積まれた沢山の書籍の景色や、

多弁ではない人たちの会話が行き交う景色が好きで、時折ミルクティーを飲みにいく。




この店は店主の淹れる珈琲が評判で、

その店主は風貌も会話のセンスも少し個性的、その癖のある人物像が常連客に刺さっているらしい。

このお店ができる前の、店主の修行時代からの付き合いがあると店の中で語っている人に出会ったこともあり、

<店と客>の関係性という言葉では淡白すぎるくらい、この店の常連客からは店主や、彼が淹れる珈琲への熱き情が感じ取れた。


かくいう私は、

珈琲を飲むと大方頭痛がきてその後の1日が台無しになる体質のため、

可能な限り喫茶店に来ても珈琲は頼まない。

珈琲好きな友人に連れられて行った珈琲自慢のお店で何かを頼む際は、メニューの中に必ずある紅茶を選ぶことがほぼ決まっているので、


初めてこの喫茶店に来た時は、少し変わった名前のついたミルクティーを頼んだら、それが存外に美味しく、あまりに気に入ってしまったのでそのミルクティーを目当てに何度か足を運ぶようになってしまった。



という訳で、

今日、私はひさしぶりにこの喫茶店に来た。


本日の目当ては季節限定のスイーツで、甘く煮た桃に赤いシロップを纏わせ、バニラアイスが添えられてサーブされる。


SNSでそろそろ提供終了予定と告知されているのをみて、慌ててやってきた。


梅雨の時期にありがちな不安定な空模様でどんよりと重い雲が掛かっていたけれど、

雨は止んだので足元はそれほど汚れずにお店にたどり着くことができた。


久しぶりのお店に入ると、出迎えてくれたのはいつもの店主ではなく、店主代理と噂の新しい顔だった。

SNSで聞き及んでいたので特に驚くことはなかったけれど、

注文の際、「店主がいないためドリンクはアイスのみ」と聞いた時には動揺した。


私が好きで頼むミルクティーはホットのみなので、

今日はそれが頼めない。

代わりにアイスのミルクティーを注文した。


店主代理はキッチンで私の注文の用意に取り掛かったが、

キッチンの側にあるカウンター席には常連客らしい中年夫婦と思しき男女が座っており、静かに話をしていた様子だったが、店主代理が勝手の分からないキッチンで紅茶の用意に困っている様子に助け舟を出していた。


狭い店内ではちょっとした会話も筒抜けなところがあるけれど、

私の信条は、人の会話は耳に入っても気にせず、自分の時間を楽しむ、なので

具体的な言葉はあまり拾わずにいたが、

しかし



「いろいろメニューがあってもこの店に来る人が頼むものなんて、ふつう珈琲だけなんだから」


この言葉に潜む棘のついた感触に、意識が向いてしまった。


どうやら珈琲以外のものを頼もうとする客の注文なんて、大切にする価値などないと言いたげな様子だった。


その後私の机に運ばれてきたアイスミルクティーのスマートなグラスには、2:8の割合で下に茶色のティー、上にミルクが注がれていた。


混ぜて飲むのが作法だろうが、なんとはなしに思うことがあり、

くっきりと2色に分かれたままストローで下のティーを吸い込んでみた。

砂糖で煮詰めたのかと聞きたくなるほど甘いシロップのようなティーが口の中にじんわり広がった。

そしてストローで2色の層をかき混ぜて、スイーツと合わせてゆっくりと完食した。


私は店に数多ある書籍の中から気になる本を2冊ほど選んでざっくりと目を通していたが、その間誰も会話なく、空調機が冷たい空気を吐き出す音が静かに空気を揺らしていた。



        ◇ ◇



以前店主と話をする機会があったとき、

店主の修行時代にいた店が私のお気に入りの飲食店であったことを知り、

店主はいたく嬉しそうだった。


そのお店でも私は珈琲は頼んだことはなかったし、その店はそもそも喫茶店ではなかったので、そこで珈琲の修行をしていたのは意外だったが、


こうしたご縁があるならば、

私は私のできる形で店主が営むこのお店の力になりたいな、と思ったことを覚えている。

珈琲の飲めない客が、珈琲の美味しい喫茶店で珈琲を頼まずに時折ミルクティーを飲みに行くことを、私以外の人間がどう思うのかなんて分からないが、

私なりのこのお店への愛の形だと、思っていた。



珈琲が自慢のお店で珈琲を一度も頼まないお客は傍目にはどのように映るのだろうかと、注文をする度に少し気まずい思いは実のところ毎回あった、でもそれ以上にあのミルクティーは魅力的だったから、気になどしないよう意識していた。



ただ、




このお店の中で、常連客が、珈琲以外の注文をした人に対して棘のある目線や言葉を向けてくるならば、嫌な思いをしてまで行きたい訳ではない、と思ってしまった。




当然ながら、お店に行く、行かないの選択は、本人の意思だから、

理由がどうあれ、最後にとった行動は、私の責任なので、

「常連客が珈琲を頼まない客に冷たい気がする」なんて理由で私の足が店から遠のいても、だから何?という話だろう。



ただ、



お気に入りの喫茶店を愛する気持ちがあるならば、

お店を長く続けてもらうためにはお客が必要で、そのお客を常連が遠のけてしまうようなことは、ゆっくり自分の首も、店主の首も絞めているようなものだな、と思うなどした。




「推しは好きだけど、推しのファン層が怖くて、イベントには行きたくないんだよね。」




そんな会話をしていた誰かを思い出す。

まさに今の私の気持ちに近いのかもしれない。

ただしネット上で会えるような推しはいろんな形で支えることができるかもしれないが、

喫茶店を推す人は、来店するしか推す形がないのだから、

足が遠のいたらそれまでになってしまう。



私は同担である誰かの足が推しから遠のいてしまうような言動はしないようにしよう。




このお店で常連になりきれない私は、ライト層の気軽さで、自分にも周りにも程よく甘く推していこう、なんて思いながら、家路についた。

帰り道も傘を使わずに歩けてよかった。




ちなみにスイーツは大変甘くて美味しかった。

白いアイスと柔らかな桃と赤いシロップが、スプーンで口に運ぶごとに皿の中で溶け合って、まろやかな桃色に変化していくのに見惚れながら、

甘味は人生に絶対必要だ、

などとよく分からないけれど当然なことを噛み締めていた。

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