熊転生

白火取

第1話 転生したら熊だった

シャケうんまっ!やっぱ魚は鮮度だわ。寄生虫が怖いけどアニサキスで死んだ熊なんて聞かないし、イクラ食べ放題するしかないでしょコレ。数少ない役得だし。あー塩鮭で白米食べたい、刺身はもう飽きた。塩欲しい塩。


はぁ〜。栗食べたい。甘栗のなる木があったらいいのに。熊じゃ栗拾っても茹でられない。鍋と水と焚き火、どれもハードル高い。今日も今日とて山ぶどう食べてるけど、生の果物はもう飽きた。ドングリは苦かったし栗は硬くて切なくなる。ホックホクの味覚が恋しい。


と言うわけで、転生しちまった。ヤバい奴に。誰にも負けない強さとか欲しがったのが間違いだった。後悔先に立たずってまさに俺だよ。転生特典がこんなことになるなんて思ってもみなかった。確かに種族超えちゃうヤツも流行ったよねー好きだったけどさ。ここからどう逆境を乗り切れと。泣ける。


転生したら山の中だった。んで、山の生物の頂点に立った。まったり採取と狩猟のスローライフ。力があって一応二本足歩行できたから、ログハウス作ってみようかなんて現実逃避した時期もあった。でもね。木組の仮宿、山賊に見つかった。


うさぎ獲って帰ってきたら知らないおっさんが俺の干しぶどう食ってたから思わず吠えたさ。そしたら熊を見る目で立てこもられた。おい、そこ俺のウチ。出てけよ。壊せないでいたら、安全地帯だと勘違いしやがって居着いた。ふざけるな。水汲みに行った隙におっさんと家の間に割り込んで、なんとか川に追い落として帰ってきたけど、家の中は散々になってた。泣きたい。


それからログハウスは諦めて洞穴にしたけど、たまーに人間が雨宿りしてくる。宿賃くらい置いてけよと勝手に荷物の中の食べ物を漁らせてもらってる。人間は寝たふりしながら震えてて申し訳ない。食べ物くれれば襲う気はないんだけど、コミュニケーション取れる気がしないんだよなぁ…。みんな熊を見る目で見るし。


まあ、俺以外の熊に遭って襲われたら可哀想だから、せいぜいビビらせて俺のナワバリに入ってくる馬鹿は死ぬぞって教育してあげてんだと思うことにしてる。やってることは人間だとただの追い剥ぎ野盗なんだけどなぁ。熊に身ぐるみ剥がれたとは思わないらしい。悲しきディスコミュニケーションかな。


ある時、5才くらいの子供を拾った。山の中を泣きながら歩いていた。口減しかな、狼に喰われてしまうだろうに可哀想に。泣き疲れて木の根元に倒れ込んだところを拾って洞穴に連れ帰って、毛皮饅頭してやった。夜は冷え込むからな、気づかないで寝ろよ。


朝起きたそいつは「くましゃん」と抱きついてきたので、おいおい危機感ねーぞ野生の熊舐めんなよ、とツッコミ入れそうになった手をグッと我慢した。熊パンチしたら死んじまうわ。とりあえず備蓄の干し肉と干しぶどうを出してやったが、干し肉は硬くて食べられないようだった。煮てやれればいいのだけど生憎火がなくてな。溜まり水は飲むなよ、後で水場を教えてやるから。


「馬車が山賊に襲われて、お父さんと逃げたんだけど、犬がしつこくて。お父さんが犬をなんとかするから走れるだけ遠くに走れって…」おいおい熊に身の上話するなよ、泣けてきちまうだろ。山賊死すべし慈悲はない。同族を殺す奴らに異種族が天誅下してやんよ、力とは守るために使うものだからな。だから今だけは安心して寝ろ。と言いたいところだが吠えるとビビらせてしまうので我慢我慢。


熊ュニケーションは諦めて、干しぶどうを食べて子供が寝たところをそっと外に出る。五感を研ぎ澄ます。熊の呼吸壱の型、探知。人間の何倍もの嗅覚と聴覚を頼りに悪い気配を探す。色彩が消え、匂いの濃淡で空間を描き直す。ああ、ほんの5km位離れたところに悪い気配の塊発見。しゃーないな、やってやりますか。


熊の呼吸弐の型、出没注意!


猟犬ごときが俺の敵になると思うなよ!俺のケモ臭に反応して威嚇しにきた奴らは軽く蹴散らしてやった。異常を認識した本隊がやってくる。さてさて、そんな装備で大丈夫か?弓矢の射線は木で通らないし、長剣の取り回しは遅い。まずは低い姿勢からの速攻タックルで倒れたところを顔踏み付けてヒットアウェイ。熊のスピードと体重舐めんなよ。軽く交通事故だわ。この近距離で飛び道具?弾幕薄いよ!俺の方が速ぇわ。腕を咥えて振り回し、変な方向に曲げればOK。ざっとこんなもんかな。


小隊組んでた所を見るとただの山賊じゃねえな、政治がらみか。どこの世界も世知辛いねぇ。でも子供を泣かすのはダメだ。対人特化だったのが裏目に出たな。山で獣に勝てると思うなよ。一応リーダーっぽいやつの服を剥がして、ポケットの小物も漁っておこう。


さてさて、親は…ここで尋問して土に還す予定だったのか、ちょっと熊じゃ厳しいな。うーん、回復の泉かポーションでもある世界だったら助かるんだけどなぁ。て、お前意識戻ったのか。熊に襲われた目でこっち見んな、事実だけど二度見すんな。仕方ない、食べ物漁るフリして去ろう。おっと、ついでに子供の服の切れ端落としておこう。ウチで預かってるけど伝わるかな。


ああ、やべぇ!あの顔は子供が熊に喰われたと思って逆上してる顔だ!いや誤解、誤解なんだけど解く術がない。まあ生きる活力になったなら俺は悪役にもなるぜ!あばよ!うお、なけなしの何か投げてきた!マーキングか、まあいい甘んじて受けてあげよう。ほんの5kmだけど人間には迷子になるのに十分だからな。


洞穴近くの水場でマーキングを落とす。後は自力でなんとかしろ。ついでに熊パンチで魚を獲る。焼ければ子供でも食えると思うんだけどな。生肉と生魚、どっちがハードル高いかね。洞穴に戻ったら子供はまだ寝ていた。お土産の山賊もどきのザックを近くに置いておく。食べ物か火種が入っていればいいな。一応生肉狩りに行ってこよう。


運良く子鹿を捕まえて戻ったら、愛しい恋しいカップラーメンの匂いがしていた。お、ま、え、それを俺にくれ!!カップ麺がある世界線だったのかよ、最高!魚やるから焼いて食え。肉も熊爪で小さくちぎってやるから焼いて食え。火種最高、カップラ至高、なんでもあげるから一口ちょうだいそれ。


「くましゃんも食べる?」


うおおお!危機感のない5才児最っ高!神様ありがとう!この出会いに感謝します!ああ、泣けてくる。五臓六腑に染み渡る。人間の食べ物の味を知った熊は人里に降りてきて危ないって、それ俺の未来だよ。もう引き返せない。普通のご飯が食べたい。誰か飼ってくれないかな。あ、これこいつ経由で人間にとりなしてもらえないかな。こっそり親に駆除される気もするけど、犬ご飯でもいいから白米食って死にたい…。カップラあるなら白米だってあるよね神様、信じてる。俺に慈悲を下さい。

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