エピローグ

 アマガエルと出会ってから数年。何度目か分からないが、ボクは春を迎えた。


 ──ぽちゃん。


 音を立てて、何かが池に入ってきた。ボクが音のした方に身体を向けると、緑の小さい何かがこちらに向かって泳いでくるのが見えた。


 その何かがはっきり見えたとき、驚きと愛おしさで胸が満たされる。そこにいたのは、アマガエルだったのだ。


「今年も帰ってきたわよ」

「おかえり」


 アマガエルは、出会った頃と比べとても老けた。本人に指摘したことはないけど……


「私、もう少しで死ぬわ」


 唐突にアマガエルが放った一言に、ボクは思わずひげをピンと伸ばす。それを見たアマガエルはケロケロと笑うが、すぐに真剣な表情になる。


「今日が最後かもしれない」

「そんな──」

「でも! 来世は鯉になって、貴方に会いに来るわ」


 ボクには、それが彼女なりの別れの言葉で、ボクを悲しませないための言葉だとわかった。なら、ここで泣きわめくのも良くないよね。


「待ってるから、絶対来てね」

「えぇ、もちろんよ」




 こうして、鯉とカエルの恋物語は一旦幕を閉じた。今度幕が開く時はきっと、鯉と鯉の恋物語になっているだろう。


 ◇ ◇ ◇


 ──パタン。


 本が閉じられる音が響く。


「あんた、またその本読んでたの?」

「うん。良いでしょ、好きなんだから」


 そう話すのは二人の女性。一人は二十歳になったばかりでもう一人のその女性の母親。本を読んでいたのは二十歳の女性で……


「これから結婚式とは思えないわね」

「だ、大丈夫よ、お母さん。き、ききき、緊張なんてしてないわ」

「どこがよ……」


 二十歳の女性、改め恋野琉明こいのるあ、改め栄琉明さかえるあは自己暗示をかけるように、大丈夫大丈夫と呟く。もうすぐ結婚式。病院で会ったあの日から約四年が経った。


 最近の彼女は、だいぶ身体がよくなり既に退院して瑠衣とアパート住まいだった。医者曰く、琉明が精神的に良い状態が続いたのが良くなった要因、らしい。


 退院直後、瑠衣を両親に紹介した琉明。両親も琉明を間接的に救った瑠衣の存在を悪く思うわけもなく、こうして何のトラブルもなく結婚式が開かれていた。


 琉明は本の表紙の文字を指でなぞる。


(この鯉の生き方は私に似ていて、カエルは瑠衣みたいで……そういえば、私と瑠衣も鯉とカエルよね。でも彼らは一度別れる。鯉と鯉になるために)


「ん? どうしたの」

「お母さん、私、瑠衣と別れることはないわ」

「当たり前でしょう、何言ってるのよ」


 そう、当たり前のことだ、と琉明は思うが、より強くそれを確信付けることが琉明にはあった。


(さかえるい、さかえるあ。彼らが鯉と鯉なら、私たちはカエルとカエルだわ。これから先は彼らとは別の道を歩く。だから別れない)


「そんなことより始まるわよ、恥かかせないでね」

「なっ。そんなことするわけないでしょ」

「そ。それじゃ頑張ってね」

「え、えぇ。もちろんよ」




 こうしてこちらの鯉とカエルの恋物語も一旦ここで幕を閉じることになる。もう一度幕があがるとしたら、それは既にカエルとカエルの恋物語だろう。


 「鯉(たち)とカエル(たち)の恋物語」

 これにて終幕である────



 ──おまけ──


瑠衣「俺だけ出番なかったよな?」

琉明「うるさいからじゃない?」

瑠衣「えぇ……まぁいいや。俺には琉明がいるしな」

琉明「……バカ」

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鯉とカエルの恋物語……そしてその先の物語。 黒兎 ネコマタ @123581321346599

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