ハッピーエンドなんて存在しない?
「おはよ!」
「また来たのね……」
朝の談話室の一角でそんな会話が繰り広げられる。帰ってきた言葉に苦笑する男子は
初めて出会ってから数日、栄のコミュ力と粘りがあってか、恋野も少しずつ話す言葉数が増えてきた。
「最初は返事すらなかったもんなぁ……」
「何か言った?」
睨まれ慌てて首を横に振る栄。そんな栄を恋野は睨むが、相変わらず栄は苦笑するだけで席から立とうとはしない。諦めたように手元の本に視線を落とす恋野だが、心の中は大いに戸惑っている。
今まで恋野に話しかけてくる人はいた。しかしその人たちが入院する原因は、決して恋野のような、半永久的に入院しなくてはいけない代物ではなく、入院も一時的。
そのせいか、恋野は常に話しかけてくる人を鬱陶しいと感じていた。栄もその一人だ。しかし栄が今までと確実に違うのは、恋野から離れていかない点だ。
今までは恋野が塩対応すれば二日後には話しかけてこなくなった。だから、もうすぐ一週間が経とうとしているのに、未だに話しかけてくる栄の存在に恋野は大いに戸惑っているのだ。
「俺、彼女いないんだよね」
窓から外を眺めながらポツリと呟く栄。その言葉にページをめくる恋野の指が一瞬止まる。しかしそれも一瞬で、恋野はすぐに読書を再開する。栄はどうやらそんな恋野に気づいていないようだ。
この日は、それからお互い話すこともなく、日が暮れる頃にお互いの病室に戻った。恋野の頭の中には、栄の呟きが焼き付いていた。
◇ ◇ ◇
それから時は経ち、栄の退院前日になった。約一ヶ月間入院していたのだが、なんと一回も恋野と話さなかった日はない。
そして今日、恋野はいつもの談話室ではなく、屋上のベンチで本を読んでいた。理由は、呼び出されたからだ、栄に。
「悪い、待たせたか?」
屋上の扉を開けた栄は恋野を見つけるなり、そういって駆け寄ってきた。ちなみに、栄は呼び出した時間の十分前に来ており決して遅れたわけではない。恋野が早いだけ。
「あのさ、俺、お前に伝えたいことがあって」
「あっそ、なら早くして」
恋野は、この一ヶ月でかなり栄と喋るようになった。しかし、言葉の棘は取れてなく、むしろ日に日に鋭くなっていっていた。
それも、栄に対する嫉妬心からくるものだ。恋野はもうすぐ退院出来る栄に嫉妬していた。
「お前がこれからもここに居続けるには承知の上だ」
そう切り出した栄。一体何を言い出すのか、とやっと本から顔を上げる恋野。栄は恋野と目が合うといつもの笑みを浮かべた。
「俺はお前が好きだ。付き合ってくれ」
「っ?!!」
目をそらさず言った栄だが、顔が少し赤い。しかしそれ以上に、恋野は目を丸々と見開いて、その言葉を理解すると一気に赤面する。
何か言おうするが、上手く言葉にならないのか、口を開けては閉じてを繰り返す恋野。そんな恋野に手を伸ばし栄は抱きしめる。
「え、ちょ……まだ、いいって言ってない」
「まだ?」
「っ〜〜〜!!!」
慌てたように栄を押し返した恋野だが、今度は耳まで赤くなる。それを見た栄が笑うと、恋野はやっと落ち着いてきたのか、キッと睨んだ。
「ひ、非常識なんじゃない? い、いきなりあんな」
「それは……ごめん」
確かに非常識ではあるが、栄は悪いとは思わなかった。恋野が本気で嫌なら、もっとえげつない罵倒の嵐だっただろう。しかし恋野は恥ずかしがっただけ。故に栄は悪かったとは思わない。
「えっと、返事は?」
「私は、これからも病院から出られないのよ」
恋野もわかっていた、栄がそれを重々承知で告白してきたことを。何より最初に本人からそう聞いている。
「別に会いに来れば良いだろ。面会謝絶じゃないだ」
「それはそうだけど……本当にいいの? 私みたいな奴で。こ、後悔しても私は悪くないわよ!」
思わず大声が出たが、栄は気にする様子もなくただ、「もちろん」と頷いた。即答である。そんな栄を見て恋野は覚悟を決める。
「い、良いわよ……付き合ってあげても」
「ほんとか?!」
「そ、その代わり……毎週会いに来て。も、もし忙しかったら電話で許してあげるけど」
目を合わせるのも恥ずかしくなって顔を伏せる恋野。でもちゃんとしないと、と再び顔を上げたとき、目の前に栄の顔があった。
ずっとこちらばかりで不公平だ、と自分に言い聞かせて恋野は思い切って栄の口に自分の口を重ねる、一瞬だけ。
「っ?!」
「……初めて、だから。初めてだったんだから! ちゃんと、最後まで面倒みなさいよ……」
「お、おう」
こうして、甘酸っぱいながらも二人の恋物語は幕を閉じようとしていた……
……が、しかし。まだエピローグが残っている。短いながら、彼らの今後を描いたエピローグが。
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