21、ユイナの秘密
「君たちのパパは二人とも男の人だ」
「えー!?」
驚いて声を上げたのは私だけ。足元の小さな人体模型たちは互いに顔を見合わせ、観念したようにうなずきあった。
「正解」
ついに一人が代表して、おもしろくなさそうに答えた。
不思議なことだらけで、どうやって質問しようか考えていたら、人間サイズの人体模型と骨格標本がカタカタと音を立てて近づいてきた。ミニサイズと違って迫力がある。私は思わず体をこわばらせた。
「これはこれは、久しぶりにスタンプラリーに挑戦している子たちかい」
右半身の筋肉がむき出しになった人体模型が笑顔で話しかけてきたので、私は思わずあとずさった。笑うと顔の筋肉が動いて本当に怖い。
「僕たちのところまでたどり着いたってことは、ついに大階段の鏡に知らない自分の姿を映してもらえるね」
骨格標本も骨を鳴らしながら親しげに、私たちへ拍手を送ってくれる。落ち着いた声から恐ろしい存在ではなさそうだと思いつつも、返事ができない。
だがナツキは明るい笑顔でうなずいた。
「うん! おじさんたちが七不思議の六番目だもんな!」
動じていないどころか、彼女の興味はほかのところへ向いていた。
「おじさんたち、素敵ですね。男の人同士で家族を作っているなんて」
「ハハハ、きみはいい子だね」
ガイコツが豪快に骨を鳴らして笑いながら、細い指の骨をナツキの肩に乗せた。
「僕たちの関係を笑ったり、おびえて逃げ出したりする子供もいたもんだが」
おびえて逃げ出すのは、動いてしゃべる人体模型と骨格標本が怖かったからじゃないかな?
「だから小さな模型くんたちがウチらを警戒していたんだね」
ナツキが、いまやすっかりおとなしくなったミニサイズの人体模型たちを見下ろした。
「きみの言う通りさ!」
「パパたちのキスシーンを見てから真実を知ると、大騒ぎするうるさい子供が多くてね」
「やっぱり人間ってバカだから」
チビくさいのが口々にしゃべり出すと、大きな人体模型がそのうちの一人を抱き上げ、
「こらこら、バカだなんて言うもんじゃないよ」
と、たしなめた。
チビどもが私とナツキを足止めしたのも、歓迎されていなかったのも理由があったのだ。チビたちにとって七不思議めぐりをする子供は、パパたちをいじめる悪いやつらだったのかも知れない。
だが心優しいナツキは違う。
「きみたち自慢のパパ二人が愛し合っているのを見て大騒ぎするやつらは、確かにおバカさんだよな」
ナツキはうなずきながら、人体模型に抱き上げられている口の悪いミニサイズの頭をなでてやった。
「ウチらはいろんな愛の形があるって勉強してる優等生だから、安心してくれよ」
ナツキが優等生だなんて! 笑い出したいのをこらえる私には気付かず、ナツキは言葉を続けた。
「男女だけじゃなく、男同士でも女同士でも愛をはぐくめるって、ウチは素敵なことだと思うんだ」
さりげないナツキの言葉に私は頭をなぐられたような衝撃を受けた。男同士のカップルがいるってことは、女同士もあり得るのか。
だが、そんなこと当たり前じゃないかと、すぐに思い直す。テレビのニュースで、女性同士のカップルが自治体から証明書のようなものを発行してもらって、喜んでいる映像を見たことがある。でも知らない外国で起こっている戦争と同じくらい、遠い世界のニュースだと思っていた。
ちょうど遊びに来ていたおばあちゃんが、「おかしな時代になったね」ともらすのを聞きながら私は、塾の宿題を終わらせなくちゃと焦って問題集をひらいたんだ。
私は忙しい毎日に没頭して、複雑な悩みを抱えた自分の心から目をそらしていた。大きな問題をはらんだ世界の政治から顔をそむけるのと同じように。
見ないふりをしていた自分の気持ちに気付いてしまった私は、ふらふらとガラス張りの戸棚に寄りかかった。
ナツキが「告白すると叶う鏡」を見に行くと言ったとき、どうして胸が苦しくなったのか、今なら分かる。
――私、なっちゃんを好きだったんだ……。
いつからだろう。私はずっと、恋をする自分を無視して、恋バナで盛り上がるクラスメイトたちに腹を立てていた。
「私、バカみたい」
ぽつりとつぶやいた言葉は、
「わあ、虹のスタンプだ!」
と、はしゃぐナツキの声にかき消された。手に持ったままだったスタンプ台紙を見下ろすと、六番目の空白に七色の虹がかかっていた。
「どの色もきれいだろう? 世界にはいろんな愛の形があって、幸せを感じる瞬間も人それぞれなんだ」
人体模型が慈愛に満ちた声で虹の理由を説明した。
それぞれに違う光を放つ愛はどれも美しく、重なり合って空にかかる瞬間は夢のようだろう。
だが私は、自分が普通じゃなかったことにショックを受けていた。
何がそんなにショックなのだろう?
考える間もなく答えは出ている。
私はマイノリティに「普通じゃない人たち」というレッテルを貼り、差別しているからなんだって。「性的マイノリティの人たちを差別なんかしてない」と言っていたのは大嘘だったのだ。自分には関係のない話だと思い込んでいたから、差別の対象にすらならなかっただけだ。
一般常識代表みたいなおばあちゃんが眉をひそめる「おかしな人たち」と同類に落ちてしまうのかと思うと恐ろしい。私の中に巣食う差別の心が、私自身に針を刺し、苦しめる。
「さあ、これでスタンプはすべてそろった。大階段へ行ってきなさい」
人体模型が祝福するように、私とナツキの背中を押した。プラスチックでできているはずの彼の手は、不思議とあたたかく感じた。
理科準備室から出ても、まだ中では騒がしい会話が続いているようだ。血はつながっていなくても本当に仲の良い家族なんだ。
「ついに六つのスタンプが集まったぞ!」
ナツキは台紙を頭上にかかげ、廊下を飛び跳ねるように下駄箱のほうへ進んでいく。
「踊り場の鏡って正面玄関の前にある大階段だよな?」
振り返ったナツキに、私はうつむいたまま答えた。
「なっちゃん、私ここでリタイアする」
スマホライトで照らした小さな輪の中には、私のうわばきしか見えない。
「大階段へはなっちゃん一人で行って」
ナツキは七不思議めぐりの最後に好きな人の名前を教えてくれると言っていた。でも自分の気持ちに気付いてしまった今、なっちゃんの好きな人なんて聞きたくない。うれしそうに男子の話をする彼女なんか見たくない。
大人げない私はきっと感情的になって、ひどいことを言ってしまうだろう。あんなヤツのどこがいいのとか、信じられないとか、嫉妬にかられて愚かな発言をするに決まっている。そんな醜い自分の姿が大階段の鏡に映し出されるなんて最悪だ。
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