19、ひとだまの秘密を見抜け!

「だれか来たのか!?」

 ナツキが叫ぶと同時に天井の電気は消えた。

「一体なに!?」

 私はナツキの腕を抱きしめたまま、ふるえることしかできない。あともう少しで一階だというのに。

「だれかいる」

 ナツキが階段下を指さした。あのあたりは確か電気スイッチがある場所だ。恐る恐るスマホのライトを向けると――

 細い人影のようなもの!?

 壁ぎわの闇が一層濃くなっている。

「ユイナ、調べるぞ!」

 階段の途中で立ち止まっていた私の手を引き、ナツキが足を進めようとする。

「待ってよ、なっちゃん! オバケのところに行くつもり!?」

 悲鳴に近い私の声が薄暗い階段に響いた瞬間、人影がバラバラに崩れた。

「キャー!」

 私はナツキの肩に顔をうずめ、恐ろしい光景を見ないようにする。

「なんだあれ。だるま落としみたいな――」

 ナツキは階段の途中で仁王立ちになったまま、電気スイッチのあたりに目をこらしていた。冷静なナツキに救われて私も顔を上げ、彼女の視線をたどる。だが私の目に映ったものは――

「ひとだま!?」

 階段の下からふわりふわりと、不気味な紫や緑の光が浮かび上がってきた。あり得ない色をした炎に泣き出しそうになる私とは反対に、ナツキは薄闇の中で階段の手すりから身を乗り出して、目をこらしている。

「ユイナ、よく見てみろ。ひとだまの下に棒がついてる」

「え――」

 ナツキに指摘されてスマホのライトを向けると、どうやら木の棒にくくりつけた布から異様な色をした炎が燃え上がっているようだ。

「なんだっけ、あれ。見覚えがあるんだけど――」

 さまざまな色をした光を見ながら、私は記憶をたどる。

「墓場で見たのか?」

 ナツキが怖いことを言うが、違う。夜にお墓参りなんてしないもん。

「思い出した!」

 私は自分でも驚くような大声を出してしまって、慌てて声をひそめた。

「科学クラブが学習発表会で見せてくれた炎色えんしょく反応だよ!」

 毎年、秋に行われる学習発表会は文化系クラブの見せ場だ。運動系クラブと違って試合や大会のない私たちは、学習発表会に向けて作品を作ったり、活動の成果をまとめたりする。私の所属する英語クラブでも英語劇の公演をおこなった。

「なにそれ?」

 だがナツキはまったく記憶にないらしい。私は簡潔に説明した。

「丸めた古い布に塩とかサプリの錠剤とかミョウバンとか、いろんなものをとかした液をしみこませて火を付けると、変わった色の炎ができるの」

「よく覚えてるな。さすがユイナだ!」

 ナツキはまた私の髪をぐしゃぐしゃにしてなでた。

「なら怖いことは何もないな! 降りるぞ」

「ちょっと待って」

 右足を一段下におろしたナツキのタンクトップをうしろから引っ張る。

「あの棒をもって走り回ってるの――」

 私の声は再びふるえ出した。

「人間じゃないよね……」

 身長があまりに小さすぎるのだ。生まれたばかりの赤ちゃんだってもっと大きい。

 今なら人影が崩れた理由も分かる。小さな彼らが肩車でもしていたのか、何人も重なってスイッチまで手を伸ばしていたのだ。

「よっしゃ、ウチがつかまえてやらあ!」

「待ってよ、なっちゃん!」

 私の制止など聞くはずもなく、ナツキは階段をかけおりて行った。

「くおらー! 待ちやがれってんだ!」

 廊下に飛び出してゆくが、たいまつを持った小さな影はそれぞれが異なる方向に逃げ出し、なかなかつかまらない。

「なんであんなに怖いもの知らずなの?」

 取り残されて不安になった私は一人で文句を言いながら、片足ずつ慎重に階段を下りた。

 一階の廊下にたどり着いたところで、

「火の玉だけ奪ってきた」

 ナツキが誇らしげな笑顔で木の棒を持って戻ってきた。棒の先では緑色の炎がたよりなくゆれ、物が燃える独特のにおいを放っていた。

「ユイナ、次の七不思議ってなんだっけ?」

「動く人体模型と骨格標本」

「それだ」

 ナツキが人差し指を振り下ろした。

「え?」

 わけが分からず私はぽかんと口を開ける。

「さっきのやつら、ちっこい人体模型なんだよ!」

 ナツキは棒を持った右手の横に左手をそえて、三十センチくらいの幅を示した。

「あっ、各班に配られるサイズの!」

 私はようやく合点がいった。人体模型と骨格標本という言葉から、実物大を想像していたのだ。だが「人体のしくみ」という授業で理科室に集まったとき、班ごとに小さな人体模型が配られたのを思い出した。

 ナツキは特別教室棟の薄暗い廊下に緑色のたいまつをかざし、叫んだ。

「お前らの正体がミニサイズの人体模型だってことは分かってるんだぞー!」

 だが一切返事はない。

「ウチらはひとだまの正体だって見抜いてるんだぞー! なんだっけ、給食反応?」

 急に自信なさそうに私を振り返った。

「炎色反応」

 私がすぐに答えると、

「え―― ええ食反応だってことは見抜いてるんだぞー!」

 また廊下に向かって声を張り上げた。しかし理科準備室からはなんの答えも返って来ない。ただ、しんと静まり返った廊下が横たわっているだけだ。

 私を振り返ったナツキは不満そうに唇を突き出していた。

「ウチらオバケの謎、解いたじゃんねえ」

 言われて手にしたスタンプカードを確認するが、やはり六番目の白丸にスタンプは浮かび上がらない。最後のひとつなのに。このスタンプさえ手に入れば、知らなかった自分に会えるのに。

「まだ何か謎があるのかな? そういえば骨格標本には会ってないよね」

「理科準備室まで行かないとだめか」

 しぶしぶナツキは廊下を進み始めた。手にしたたいまつを見上げ、

「こうして見ると全然怖くないな」

「うん。ただの化学反応だからね」

 理屈さえ分かれば怪奇現象も恐れるには値しない。

「あと一個。さっさと片付けちまおうぜ」

 威勢のいいナツキの言葉にうなずいた私は、また息をのんで足を止めることとなった。

 白いつるつるとした廊下の床に赤い液体が音もなく、私たちの足元へと忍び寄ってきたのだ。

「やだ、真っ赤な血が――」

 私はまたナツキの二の腕にひたいを押し当てた。

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