18、幼なじみの恋を応援すべきだと思っているけど
なっちゃんってこんな感傷的なタイプだった!? きっと恋をして変わっちゃったんだ。
「島本さんには大切な人がいるのね。素敵なことだわ」
お姉さんの言葉に私は逃げ出したい気持ちでうつむいた。
「えっ、うっ」
間の抜けた声を出すナツキにお姉さんは、まるで先生みたいにアドバイスしてくれる。
「生きている今、大好きな人と過ごせる時間を大切にするといいわ。気持ちを隠したり意地を張ったりせず、彼に優しくするのよ」
「彼、じゃないんですけどね」
ナツキはボソッと否定した。
まだ付き合ってないから「彼」とは呼べないもんね。大階段の鏡の前で告白する計画を立てている段階なんだから。
私は面白くなくて、ピアノのいすに座ったまま足をぶらぶらと動かしていた。
「お姉さんはつらくないの?」
ナツキは話を変えるように早口で質問した。
「私は幸せよ。だっていつも鶴岡くんの愛に包まれているもの」
お姉さんは恋する乙女らしくあごの下で手を組んだ。
「今でも私とリサイタルで演奏した曲のCDをかけて、子供たちの前で歌っているのを見ると、彼の愛に包まれていると感じるわ」
恐怖のツル
私は横に立っているナツキのタンクトップを引っ張り、小声で耳打ちした。
「三十年もずっと、亡くなった恋人のことを想って歌ってるなんて、ツル
これが愛というやつか。
「ただのハゲじゃなかったんだな」
恋人を前にナツキがあり得ない発言をしたので私は青くなったが、お姉さんはまったく怒らなかった。
「すっかり禿げちゃったわね!」
口元を押さえて笑い出す。
「私と付き合ってたころはフサフサでハンサムだったのよ。細身でスタイルも良くてかっこよかったんだから」
べた褒めなさる。お姉さんの言葉からは愛があふれていた。まるでナツキが好きなアニメキャラについて語るときみたいに。
だが嫌な気持ちはしなかった。不思議と私の心にもあたたかい明かりが灯って、ふと愛って素敵なものなんだろうなと思ってしまった。
きっとナツキも素敵な恋を見つけたんだ。
そう思うとなぜか鼻の奥がツンとして、私は泣かないように目に力を入れて見開いていた。
もう恋する人をバカみたいだなんて言わない。お姉さんを見ていたら、愛することも愛されることも、とっても尊いことなんだって分かったから。
巨大スライムとじゃれてた勇者だって幸せそうだった。相手がだれであっても、何であっても、愛する気持ちが私たちを笑顔にするんだ。
……私もいつか、だれかを愛してみたい――かな?
「次は理科準備室ね。頑張って!」
ひとり物思いにふけっていた私は、お姉さんの明るい声で現実に引き戻された。いよいよ六番目の七不思議だ。
私たちは五つのスタンプが押された台紙を手に音楽室を出た。だれもさわっていないのに音もなくドアが閉まる。教室からはまたピアノの音色が聞こえてきた。
「理科室だから一階に戻らなきゃな」
ナツキが私の手を優しくにぎる。同じ特別教室棟とはいえ、またスマホのライトだけを頼りに暗い階段を下りなければならない。
「ツル
黙っているのが怖くて、私はナツキに話しかけた。
「ほんとだよ。すっかり泣かされちまった」
ナツキはまだ感動しているようだ。
「なっちゃんってそんなに涙もろかったっけ」
私はつい冷たい声を出した。頭では、幼なじみの恋を応援すべきだと分かっているのに。
昼間、聞こえてきた塾の女子たちの会話を思い出す――「あいつが好きなの!?」と驚きの声をあげるような相手に恋をしている友達に対して、あの子は応援する姿勢を見せていたじゃないか。
「だって考えてもみろよ」
となりでナツキが口をとがらせた。
「大好きだった、きれいでピアノのうまい女の子が死んじゃうんだぜ? きっと二人は将来を誓い合ってたと思うんだ」
まさかツル
「ツル
「怖いこと言うなよー!」
ナツキは私とつないでいないほうの手で自分のショートカットの髪をなでた。
「冷めてるなあ、ユイナは」
「だって私、クラスの男子に興味ないんだもん」
男子たちの顔を一人一人思い浮かべても、ナツキの好きな人なんて見当がつかない。
「うん、いいことだ」
となりから思いがけない反応が返ってきて、
「は?」
私は薄闇の中でナツキの横顔をまじまじと見つめてしまった。私が恋のライバルにならないから喜んでいるの? なんだかナツキらしくないと思っていたら、
「だってさぁユイナ、この世界は広いんだから、クラスの男子だけ見て恋愛に興味がないって決めつけることもないんじゃないか?」
そういえばお母さんにも同じようなこと言われたな。理想の人に出会っていないだけだって。
私がだまったまま足を運んでいると、ナツキは続きを話し出した。
「愛の形なんて人それぞれだぜ。みんな顔の形が違うみたいに、ウチらはいろんな個性を持って生まれてきてるんだ。だれもが思春期になったら異性に恋をするなんてつまんないだろ?」
「なっちゃんの言う通りだね。勇者みたいに女の子よりスライムが好きな人もいるしね」
「え、まあ」
なんだか歯切れ悪い。私の回答はナツキのお気に召すものではなかったようだ。
「うーん、もしかしたら――」
ナツキがめずらしく不安そうな声を出した。
「ユイナは自分が一番好きだったり?」
「えー、なにそれ!」
私は階段を踏み外しそうになった。愛って素敵だなと気付いた矢先にナルシスト認定されるなんて悲しすぎる。
ナツキは取りつくろうように、
「いや、ユイナってすごくがんばり屋さんじゃん。がんばるのは未来の自分になるためなのかなと思って。恋する相手は理想の自分、みたいな」
「私、がんばり屋さんかな?」
まったく自覚がない。私はナツキみたいに寝る間も惜しんで徹夜でゲームをするなんて考えられないし、趣味も習い事もほどほどに要領よくこなしてきた。
「ユイナ、いつもすごく勉強してるじゃん。ピアノの練習もがんばってるんだろ?」
「勉強もピアノも楽しいからやってるだけ。お母さんも喜んでくれるし」
「なんだ、よかったよ」
ナツキが心底ホッとしたように息を吐いた。彼女が安心する理由が分からない。私がナルシストだったら何か困ることでもあるのだろうか? 尋ねようと口をひらきかけたとき突然、階段の電気がついた。
「ひっ」
まぶしさに目をつむり、私はとなりのナツキにしがみついた。
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